アイドルマネージャーの野望

@kin_kin

第一話:マネージャーは燃え尽きた

ステージの光が、まるでそこに立つ少女たちが


**現実ではなく幻なのでは**


と思わせるほど、眩しく輝いていた。

観客の歓声は波のように押し寄せ、照明は白い奔流となってステージ全体を包み込んでいく。


アイドルグループ《Happy☆nessハピネス》のワンマンライブは無事に成功。見ていた誰もが「最高だった」と言うだろう。


――ただ一人、マネージャーの俺・小野以外は。


「小野さん、見てくれました?最後のポーズ、完璧でしたよね!」


ステージ裏で、担当アイドルのゆきが笑顔を向けてくる。


もう一人のあいなも、汗を拭いながら手を振った。


髪にはキラキラしたスパンコールが絡まっていた。


俺は小さく頷いた。「うん、良かったよ」


口ではそう言ったが、心の中は空っぽだった。


横からあいながスマホを取り出し、早速SNSに写真をアップしていた。

「今日のライブ、最高すぎた♡ #感謝 #Happy☆ness」

投稿ボタンを押す音が、やけに耳に残った。


ライブ前日に遅刻して、練習は一時間で切り上げ。


SNSには「今日もかわいい私」ばかり。


ファンはそれを褒めちぎり、数字が伸びれば努力したと錯覚する。


「……早く帰ってくれ」


心の奥でつぶやいた。


努力もせずに、人気を手に入れるやつがいる。

努力しても報われないやつもいる。


そのどちらにももう興味がなくなっていた。


「打ち上げって結局どこのお店なんですかー?」


「俺は知らない、撤収したら事務所に片付けにいくから、お疲れ様」


俺の目には、実力よりもSNS映えを優先する“アイドルの影”しか映らない。


---


三年前までの俺は、確かに熱を持って働いていた。


運営の方針に噛みつき、社長や上司に食ってかかり、

メンバーには「プロ意識を持て」「トップはそんな甘え方はしない」と叱り飛ばしていた。


今思えば、実績もないくせに、よくあれだけ吠えていたと思う。


——でも、あの日を境に、何かが壊れた。


「だったらもうアイドル辞めたら?」


言ってしまった...

自分が全て正しいと思ってしまっていたのだろう

俺の言葉が響かないことについ苛立ってしまった。


そして注意したメンバーを庇うように、上司も仲間も俺から離れていった。


やがて、そのメンバーだけが人気を集め、華やかに卒業していった。


俺の中の火は音もなく消えた。


それからは、数字と成果だけを追う日々。

メンバーも、もう“人”ではなく、“商品”に見えた。


不思議なことに、俺が熱を失えば失うほど、グループは人気になり

上司や仲間との関係も良くなっていった。


気づけば、心は空っぽで——それが、むしろ楽だった。


---


ライブ後の打ち上げも断り、俺は一人で自宅に戻った。


狭いマンションの1DKの一室。唯一の癒しは、柴犬の茶太郎だけだった。


「ただいま、茶太郎」


尻尾をぶんぶんと振って寄ってくる。

俺の膝の上に座り、撫でろと言わんばかりに背中を向けてくる


その温もりが、唯一“本当の生き物”を感じる瞬間だった。


茶太郎と一緒にソファに寝転び、缶ビールを開けてスマホを見つめる。


ゆきとあいながSNSにあげたライブ写真には、すでに「いいね」が何千もついている。


コメント欄は「最高」「天使」――そんな言葉ばかり。


「俺、何やってんだろな」


気づけば、テレビのニュースでは“戦国時代特集”をやっていた。


--立花道雪--

雷に打たれて下半身不随になりながらも軍を率いた戦国武将。

そしてその娘、立花誾千代と婿・立花宗茂の絆の物語。


“信念を貫いた人たち”


そんなナレーションが流れた瞬間、胸の奥がざわついた。


「信念、か…」


アイドルを支え、数字を追い、スケジュールを詰め、


結局、自分の中に何も残らなかった。


茶太郎がソファの上で丸くなった。


俺には、信念なんてもう残っていない。


ただ流されるまま生きているだけだ。


---


その夜、茶太郎がやけに落ち着かなかった。


カーテンの向こうをじっと見つめ、低く鳴く。


「どうした?」と声をかけたその瞬間、部屋の中でバチッと青白い光が弾けた。


「……え?」


次の瞬間、全身に電撃のような衝撃。


耳鳴りと共に視界が白く染まり、茶太郎の鳴き声が遠のいていく。


---


気がつくと、そこに見えたのは


空は赤く、地平線の向こうで煙が上がっている。

背後で馬のいななきが聞こえた。

手をついた地面は泥だらけ。

泥と血の匂いだった。


手のひらの泥を部屋着のTシャツで拭いながら、息をのむ。


「……ここ、どこだ?」


さっきまでの部屋の床じゃない。


「夢か?」


頬を叩く。痛い。


夢じゃない。


耳を澄ますと、甲冑の音と共に誰かの叫び声が近づいてくる。


「立花勢、押せぇぇぇ!」


――立花?


反射的に顔を上げた。


視界の先に、鎧をまとった武士たちが戦っている。


刀の音、矢の風切り音、そして血の匂い。


完全に、“戦国時代”だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る