第39話 暴力の源流への帰還 🔪
崖から突き落とされそうになった後、金田大介は、自分の人生が父と兄から受けた虐待のコピーであることを強く自覚していた。彼は、石山や水野への暴力を反省するのではなく、**「自分をこんなモンスターにした父と兄」**に対する、制御不能な憎悪と恐怖に支配され始めた。
金田は、自分が暴力の連鎖から完全に自由になるためには、その源流を断つしかない、という極端な結論に達した。
彼は、巨田市から離れ、実家のある地方の工場地帯へと車を走らせた。彼の脳裏には、幼い頃に浴びた「汚い」「ゴミ」という言葉と、兄の安全靴の衝撃が絶えずフラッシュバックしていた。
実家に着くと、金田が知る家族全員が集まっていた。長男である兄は、父の工場の経営を手伝っており、もう一人の弟も、年末の挨拶のために来ていた。弟もまた、父と兄からの支配に苦しんできたが、その苦しみを外に出さず、金田を無視することで生き延びてきた。
父、勝雄は老いてなお、威圧的だった。彼は金田のやつれた顔を見るなり、吐き捨てるように言った。
「なんだ、大介。お前、また職を転々としてるそうだな。まったく、汚らしい。お前のような落ちこぼれは、わしの顔に泥を塗る」
この**「汚らしい」**という一言が、金田の理性の箍を完全に外した。彼の全人生が、この一言によって否定されたように感じた。
その夜、金田は、酒に酔った父と兄が寝静まるのを待った。弟もまた、父兄への長年の恨みを抱えており、金田の異様な目つきを見て、無言で金田の計画に加担する意思を示した。
金田は台所から包丁を持ち出し、まず父の寝室に入った。弟は、恐怖で震えながらも、部屋の外で見張り役を買って出た。
金田は、寝ている父の顔を見下ろした。その顔は、幼い頃の彼を支配した**「暴君」**そのものだった。
「これで、終わりだ」
金田は、父の体に包丁を何度も突き刺した。それは、彼が妄想の中で石山に突きつけられた憎悪を、実体化した行為だった。
次に、金田は兄の寝室へと向かった。兄は目を覚まし、抵抗しようとしたが、金田の目を見た瞬間に怯んだ。その目に宿る狂気は、かつて兄自身が金田に浴びせ続けた暴力の魂だったからだ。
金田は兄を力でねじ伏せ、無言で包丁を振り下ろした。
弟は、父と兄が殺害された後、金田と共に、裏庭の工場の廃材置き場の奥深くに、二人の遺体を埋めて隠蔽する作業を手伝った。
夜が明け、金田は血にまみれた作業着とシャベルを洗い流しながら、ある種の解放感を覚えた。しかし、それは罪悪感と狂気が混じり合った、穢れた解放だった。
彼は、自分が石山や水野に振るった暴力が、**「指導」ではなく「虐待の連鎖」であったことを認め、その源流である父と兄を「滅多刺し」**にして断ち切った。
しかし、その行為は、彼を暴力の連鎖から解き放つどころか、殺人犯という、最も深い闇へと突き落としただけだった。
金田は、弟と顔を見合わせた。言葉はなかった。二人の間には、共有された殺人という絶対的な秘密と、父兄への長年の憎しみだけが残った。
金田の人生は、石山や水野の人生を壊した罪の上に、父兄の死体という、取り返しのつかない重荷を背負うことになった。彼の真の逃亡が、今、始まったのだ。
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