願いを1つ
宵月乃 雪白
白と青の二色
ハロウィーンが終わり、町はまだ1ヶ月以上先のクリスマスに向かって飾り付けがされ出した。
役場と図書館の横に植えられた並木には地元の共産組合からの寄付として、3年前からささやかなイルミネーションが開催されている。イルミネーションといっても並木に七色に光る、LED電球が設置されただけで決して豪華ではないけれど、その慎んだような並木だけが光る様子は華やかであった。
いつもの帰り道。並木が植えられているささやかな坂を1人。いつもより多い荷物を抱え、ゆっくりとそれはもう牛歩に近い速度で歩いている。
と言うのも仲のいい同僚が関東のどこかへ行ったらしく、そのお土産としてスノードームをくれたからだ。
いくら頑丈に包装してあったとしても転けたりでもしたら、せっかくジブンのために選んできてくれたスノードームをこの目で見ることなく割れてしまっては意味がない。心配性なジブンはお土産の袋を大金でも運ぶかのようにぎゅっと、それでいてジブンでも気づいてしまうくらい挙動不審で側から見たら怪しい人になっている。
車通りが激しいこの道に歩道はあるけれど利用者はごく一部で、ジブンのような会社員が通るのは少し異端に見えるだろう。けれどそんなこと気にしたってしょうがない。
明かりに照らされた並木。7色の中でも特に白や青といった色は、ここではない未知なる世界に連れて行ってくれているようだ。
いつもなら10分も経たないうちに着く家も、今日は2倍の20分かけ川沿いにあるジブンのアパートに着いた。
「ただいま」
家の中へと足を踏み入れる。いつもなら寒すぎて全身が震え出すはずなのに今日はどうしてか暖かく、とてもいい匂いがした。お店のスープのようなこの美味しそうな香りはきっと、近所の人の夕食だろう。この前なんかはバーベキューの匂いがしたからそうに違いない。ジブンは3日目の腐りかけのいい味が出だしたカレーが夕食だ。今日は少し手を加え、とろけるチーズを胸焼けしない程度に入れてみようかな。
外の暗さと家の中の明るさの差が思ったよりも激しく、目がチカチカとして痛い。今朝電気を消し忘れたのか。家に誰もいないのに電球は一体何を照らし続けているのだろう。
玄関は奥の灯りのおかげでうっすらと足元が見える。いつもいつも掃除しないといけないなと思っていた玄関も何故だか綺麗になっている。
早く靴を脱いでしまいたいのに、革靴は足と共に凍りついたかのように引っ付いて離れない。
荷物を一旦床に置いてしまえば楽なのだろうが、荷物を取るときのしゃがむその動作が腰にくるから極力やりたくないのだが………
「おかえりなさい。ご飯とお風呂どっちにしますか?」
「えっ?」
そう素っ気ない、けれど懐かしい胸の高鳴るような声で面を上げる。
開け放たれたリビングへと続く扉。逆光越しにうっすらと見える彼女は、いつしかプレゼントしたデニム生地のエプロンに身を包み、何気ない様子で、相変わらず見惚れるほどの綺麗な佇まいで直立していた。
「どうかされました?」
そう不思議そうにジブンを見る彼女の目は前と変わらず凛として、目の前の ことを真っ直ぐに見ている。
「ううん。なんでも……ないよ」
喉がカサカサして上手く声が出ない。話したかったことが沢山あるはずなのに、言葉が渋滞したように上手く出てこない。
「そうですか」
久しぶりに聞く温かいその声。出会った頃よりも少しだけ、笑顔とまでは言わないが微笑むようになった彼女はジブン以外の人間にその表情を見せたことはあるのだろうか。
「お荷物持ちますよ」
「重いからいいよ」
あまりの出来事に感情と理解が言葉に追いつかず、ジブンでも思っていた以上に素っ気ない言葉を口にしていた。一言謝ろうと彼女の方に目線をやると彼女は「ちゃんとわかってますよ」と言わんばかりに、ジブンが一番好きな表情を浮かべた。だからジブンは何も言えず、ただ黙ってさっきのことがなかったかのようにモゾモゾと虫のような動きで靴を脱いだ。
「あっ、これねもらったんだよ同僚の人から旅行のお土産にって。中、一緒に見よう?」
「はい」
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