世界がもう一度始まった
飯島ゆづる
第0話 プロローグ
「なんでよ……なんで、こんな世界になっちゃったのよッ!」
少女の叫びが、割れた窓ガラスに反射して歪んだ。
焼けた風が頬を打つ。アスファルトはところどころ溶け、焦げた匂いが鼻を刺した。
息をするだけで胸が熱い。
木刀を構えた少女は、汗で滑る手を握り直す。
その先、オオカミが低く唸った。
体格は普通よりひとまわり大きく、毛並みの先が赤く燻っている。
喉の奥で火の粉が弾け、鼻先からわずかな熱気が漏れた。
地面に散った破片がパチ、と小さく火を噛む。
「……姉ちゃん」
背後からか細い声。
振り向くと、弟の少年が地面に手をついてこちらを見上げていた。
頬に血、腕に擦り傷。だがその瞳にははっきりと意識がある。
「立てる?」
「……うん」
少年は息を詰め、ふらつきながら立ち上がる。
少女は木刀を前に構えたまま後ずさった。
「逃げるよ……!」
ひと呼吸、視線が合う。
次の瞬間――少女は「今!」と声を上げ、弟の手を引いた。
足元のガラスが砕ける。
走り出した刹那、背中に衝撃。
ボン――と空気が爆ぜ、熱が肌を焼く。
「っ――ぐ、ぁ……!」
焦げた布と皮膚の匂いが一気に広がった。
地面に転がり、木刀が手から離れる。
視界がぐらつく。熱い。息ができない。
遠くで弟が叫んでいる。
「姉ちゃん!!!」
声が震えている。
少女は動けない。指先が、焦げた地面の感触を掴むだけ。
オオカミが唸り、跳んだ。
炎の尾を引きながら、獲物に向かって一直線。
口の奥で火花が散り、牙が光る。
それが迫る――。
ガブッ――。
ーーあの朝、世界がもう一度始まった。
ピピピピピ――。
耳を刺す電子音。
枕元に朝の光が差し込んでいた。
汗が首筋を伝う。
窓の外では蝉が鳴いている。
世界はまだ壊れていなかった。
空が割れるまでは――。
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