アラサーになって今更ですが、久々に再会した垢抜けた同級生のことが好きになってしまった。

藍坂イツキ

プロローグ①


 たった一年だったはずなのに。

 何故か、彼女との思い出はよく覚えている。


 彼女はとても地味だった。

 特段可愛いと言えるわけでもなく、贔屓目で見ても好みとは言えない。

 黒縁の眼鏡に、降ろした長い黒髪が真面目さを際立たせる。

 男子の間で一度も話題に出ることがない、良く言えば控えめで、悪く言えば地味過ぎる。


 今思うに垢抜け前の高校生っていう感じの人だった。


 委員会が同じで、学年が一緒の同級生。

 彼女と俺の共通点なんて、そんなもの。  


「あの、これってここに置けばいいんだよね?」


 作業の話から始まり、

 好きな本について語り合ったり、

 苦手な教科を教え合ったり、

 そして、くだらない話で笑い合った。


 たったの一年だけ、それも図書委員で一緒の時間だけだったけど。


 でも、本当に楽しかった。


 お互いに本音を言い合える仲というか、相性が良かったというか。


 居心地が良くて、隣にいても嫌じゃない。

 緊張だってしないし、等身大の自分でいられる。


 そのお互いの踏み込んでいいラインを分かっていられる距離感がとてもよくて、楽しくて。


 俺は彼女に魅せられていた。

 

 優しくて、気が利いて、隣にいても疲れない。

 等身大で、正直で、お互いに笑い合える。


 それに、ふと湧き上がる。

 こいつって、こんなに可愛かったんだなって。


 俺の話で時より見せるそのはにかんだ笑顔が可愛かった。

 

 純粋で、どこか切なげで、でも嬉しそうな表情が一つ一つ綺麗で。


 それに気が付いて。

 あぁ、俺って好きだったんだなって気づかされて。


 俺だけが知っている、彼女の素顔。


 



 ――でも、人生っていうのはそう簡単には進まない。


 欲しかったものは手に入らないし、ここぞって時に失敗するように。

 この空間は、この距離感は変わるわけなんてないって根拠のない自信は造作もなく打ち砕かれる。


 移り変わらないものなんてないんだ。

 流れて流れて、思春期の頃の時間なんて一瞬で過ぎ去っていく。


 予兆はあった。


「私、○○大学に進学したいんだよね」


 受験勉強の話。


 お互いに勉強が苦手ってわけでもなかったけど。

 彼女は俺よりもちょっとだけ頭が良くて、堅実に先を見つめていた。


「ちょっぴり不安だからさ、塾にでも通おうかなって」


 窓の先、夕焼けを見ながら迷う姿を見ていたはずだった。


「……ここ、居心地良いのになぁ」


 彼女は言っていた。

 もう、図書室ここにはいられない。

 頑張らないといけないから、君とは一緒にいられない。


 そのことに気づくことはできたけど。

 それは数日、いや数週間、もっと言えば数か月遅かったのだ。

 

 翌年、一学年上がって立派な受験生になり、クラスも変わる。

 図書委員に立候補しても、そこには君はいなくて空いた椅子が一つ。


 だよな、って。

 一抹の期待が霧散する。


 


「……あぁ、えっと。何週間お借りしたいですか?」



 俺はその日から、彼女と顔を合わせることはなかった。





★★★





「—―あのぉ、先輩聞いてます?」


 時刻は午前11時。 

 気力が削がれるのは全部、梅雨おまえのせいだと悪態をつきたくなる六月中旬。


 窓の外はザーザーと降りしきる雨で、今年の札幌はいつもとは少し違うらしい。


 まぁ、季節の雰囲気は普段と違えど会社の中まではそうではなく。

 27歳で独身、一般的な会社員こと――小向井太一こむかいたいちは今日も今日とてパソコンと睨めっこ。


「……おーい。このすっとこどっこいナスビ先輩」

「聞いてるよ」


 そんな俺の横から、ムスッと頬を膨らませて顔を出したのは後輩社員の日高朱音だった。


 去年の春にこの会社に入社して、今年で二年目。

 新卒で入ってきたころの初々しさはもう消え去り、今はちょっぴり仕事ができるだけの口が達者な厄介な後輩に成り下がっている。


 その小柄で真面目そうな見た目も相まって同僚の中では人気者で、そこが本当に余計にウザい。


 それに、この先輩に蔑称をつけられるくらいに図太い神経は瞠るものがあるけどな。


 っていうか、言いすぎだろ。

 なんだよすっとこどっこいナスビ先輩って。

 

「ナスビに謝ります」

「いや、まずは俺に謝りやがれ」

「えー……それはちょっと」

「俺、ナスビよりも下の人間かよ」


 さすがにきついっていうか。

 この上司が立場弱くなる状況作った政治家め許すまじ。


 ま、そうは言っても日高は俺にとって初めての後輩でもあり、なんだかんだ言って可愛がってはいる。


 あ、もちろんセクハラ的な意味じゃない。

 てか、日高には彼氏がいるしな。


「んで、そんなことよりもどうかしたのか。聞きたい事でもあったんだろ?」

「そうでしたね。えっとこのコードなんですけどね――」


 俺がそう尋ねると、彼女はまるで人が変わったかのような真面目な質問をし始める。

 こうやって真面目にしていれば楽なんだけど、そう簡単には行くわけもない。


 彼女からの質問は今回も至ってシンプルで、プログラム編集のアプリを開き一つ一つ教えていく。


「—―ってわけだ」

「……?」

「おい、?じゃねえよ。しっかり聞けよ」

「先輩が教えるの下手なんですよ~」


 やっぱり、可愛がるのやめようかな。

 この肝っ玉ぶっとい後輩、誰か欲しい人いないかな。


 ともあれ、あっという間に12時。


 節電のために一旦消灯した職場を抜け、エレベーターに乗りこむ。


 たまに見る女性社員に軽く挨拶をして、一階で降り、受付を通り抜け、外へ。


 エントランスを抜けるとザーッと冷えた空気が流れ込む。

 空模様は先ほどと変わらないようで、俺は「ご自由にお取りください」と書かれているビニール傘を手に取り、少し歩いたところにあるコンビニへ向かった。


 札幌出身。

 この支社に配属されたのも新卒の頃だから、ここに勤めるのも今年で5年目。

 もはや生活の景色の一部になった都会の喧騒には慣れ切ったもので疲れ切ったサラリーマンたちとすれ違いながらいつものコンビニを目指す。


 三分ほど歩いて中に入ると、これまた昼時で多くの人で混みあっていた。

 外は雨だから空いてるかなと期待したが、社会人を甘く見ていたらしい。


 三つのレジはフル稼働し、それぞれ5人ほどのスーツ姿の社会人が並んでいる。


 ツーブロックで強面のベンチャー感のある人から、だらっとした着こなしのスーツ姿のやつれた男に、煌びやかに振舞う綺麗なOLさん。


 普段よく見る人が多く、「俺も頑張ろう」とやる気をもらう。


 そんな俺はというと選ぶのはいつも通りの唐揚げ弁当550円に、トマトジュース。


 この歳にもなると少しずつ健康を意識し始めると聞いていたが、かく言う俺もその流れに逆らえず、トマトジュースを買う始末。


 効果があると思い込みたいが唐揚げ弁当を、コンビニで買っている時点で本末転倒な気もするがそこは痛いから突っ込まないでほしい。


 とはいえ、サラダばかり食べていたらやる気を削がれる気もする。

 そんな理屈を捨てた屁理屈を建前に、目を瞑りながらレジ前の列に並んだ。


「っと。この時間に午後の予定を確認しなきゃだな」


 片方の空いている手で会社用のスマホを取り出し、スケジュール表を確認。


 他部署から来たシステムに関する訂正案の会議に、日高の提出したコードのチェック。

 それに加えて、訂正したプログラムに関する資料を作って報告、他部署との連携会議。


「はぁ」


 こりゃ、残業確定かもしれない。

 

 そんな予定に嘆いていると。

 ふと、俺の前を女性が横切った。


「……」


 後ろで結んだ、栗色の艶やかな長髪に。

 胸の内を擽る、宝石の様に輝く綺麗なルビーレッドの瞳。

 色白で滑らかな肌に、背が高くスタイルいい体型、加えて女優にも引けを取らない整った顔立ち。


 カジュアルスーツに身を包んだ、仕事が出来そうなオフィスレディ。


 一言で言えば、ただの美人。

 知りもしない、言わば知らない美人。


 ほんとなにもないはずだった。

 だって、さっきから俺の目の前を通り過ぎていく人は何人もいたし、気にも留めなかった。

 別に気にすることもない、当たり前の日常の一シーンなのだ。


 しかし、なぜだか俺はそうは思えなかった。


 既視感というか。

 デジャヴというか。


 いや、違う。


 俺は今の彼女を見たことがない。

 別に大学時代もこういう綺麗な女性はごまんといた。


 でも、今目の前にいる彼女は違う。


 ただ、彼女が振りまく雰囲気とでも言うのだろうか。

 訴えかけてくる。

 胸の奥にしまって蓋を閉じ切っていた記憶が、ドンドンと体を揺らす。


 彼女のその何とも言えない表情が、俺の埋まらない傷を抉るように訴えかける。


「っ」


 その原因はよく分からなかった。

 しかし、確実に何かがある気がした。


 だからこそなのだろうか。

 俺は後先も考えず、彼女に話しかけていた。


「あのっ」

「えっ」


 考えてみれば当たり前のことだが、彼女は唐突な声掛けに全身で驚いた。

 ビクッと肩が震えて、振るった腕が俺の右手にぶつかる。


「っあ」


 その衝撃で、持っていた社員証が床へ落ちた。

 

「す、すみません!」


 彼女はなぜか謝りながらその場にしゃがみ込み、俺の社員証を拾い上げる。

 その姿を見て、俺もすぐに頭を下げた。


「いや、その俺が驚かせちゃって……すみません」

「い、いえいえ! 私もびっくりしすぎたっていうか。ははは……」


 社員証を握り締め、苦笑いを浮かべる彼女。

 

 その苦笑いを見て、また胸がぎゅっと締め付けられる。


 おかしい。

 彼女ではないはずなのに。


 あの記憶がズキズキと胸の奥を刺激する。


「あの、それ」


 とはいえ、そんなこと言えるわけもなく。

 彼女の持っている社員証に指を差す。


「ん、あぁ! ごめんなさい。これを――」


 そうして、気が付いた彼女はくるっと表にしながら俺の差し出した手に渡そうとした。



 —―刹那。


 彼女は意識を失うかのように息を止めて、固まった。


「え?」


 レジの前で、数秒間。

 さっきまで普通に会話していたのが嘘だったかのように固まった。


 困惑しているのか、驚いているのか。

 いや両方だった。

 

 喉が鳴り、目がパチパチと開閉を続け、やがて目と目が合う。


「あの……」


 彼女の表情は全く普通ではなかったが、一体何故なのかは俺には分からない。


 接点はないはずだ。

 今日、今、初めて見たはずだ。

 だから、俺と彼女に何かあるわけがないのだ。


 しかし、彼女は震えた喉で声を絞り出す。


「……ぃくん?」


「え?」


 小さな声だった。

 でも、その声音に体が不思議と固まった。



「っ……小向井くん?」


 疑念が予感に変わる。


 俺のことをそんなふうに呼ぶ人は、一人しか知らない。

 

 高校生の頃の、たった一年間だけの、色褪せた思い出が蘇る。


「太一……小向井太一くん、だよね?」


 その瞬間。

 稲妻が背筋を抜け、全身を駆け巡った。


 あり得ない。

 そんなことあるわけがない。


 もう一度、出会えるなんて夢にも思っていなかった。


「……初瀬」

 

 しかし、その声色が予感を確信に変えさせた。


 原因はあまりにもシンプルだった。


 俺の目の前に立っていた綺麗な女性は—―高校生の頃好きになった、その人だった。









あとがき


 時間がかかってしまい申し訳ございません!

 ここからまた始めさせていただきます!


 是非期待を込めて星評価、ハートマークをよろしくお願いします!!


 ※基本不定期更新ですが、ご容赦ください!!

 

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