第十七話 働かざる者食うべからず
学園に戻った天明は、上に着ていた制服をゴミ箱に投げ捨てた。黒いシャツとジーンズ姿の天明は、制服を着ている一般生の目には異物のように見えていた。カーネーションの一般生は天明を避けていたが、他の二つの組織に属する一般生は目を輝かせていた。容姿が良いのは当然として、何色にも染まらず自分の色を持つ天明に一目で憧れていた。
そんな彼女達の気持ちなど知る由もない天明は、カーネーションの制服を着ていない店員がいる店を見つけると、その店に入店した。
店は制服のクリーニングを主とした店だった。
「おはようござ―――」
カウンターに立っていた少女が天明に挨拶をしようとしたが、言葉は途中で切れてしまった。同じ女性とは思えない高い身長。そこから見下ろされる威圧感。何処の組織の人間か分からぬ異質さ。およそ午前という明るい時間に感じるはずもない恐怖を天明に覚えていた。
「あ……あ、の……」
次の言葉が浮かばない。そもそも声が上手く出せない。覚えたばかりの恐怖は既に、少女の五感を支配していた。
「人手は足りてるか?」
「ヒ、ヒトデ……?」
「足りないよな?」
「た、足りません! 全然足りません!!」
「よし。じゃあ雇え」
「は、はい!? ヒトデをですか!?」
支離滅裂であっても、恐怖が思考を停止させているせいで、少女は正常な判断が出来ずにいた。
無理もない。目の前には強烈な威圧感を放つ高身長の人間。更に少女はまだ中等部であった。一人で恐怖を乗り越えるには荷が重い歳だ。
「足りないんだろ? じゃあ雇えよ。力仕事なら百人力だぜ?」
「ヒトデがですか!?」
ここでようやく、天明は会話が噛み合っていない事に気付く。更に少女をよく見てみれば、何かに怯えている様子であった。
ふと、天明は横に置かれていた鏡に目がいった。そこに映る自分の姿を見た後、再び少女に視線を戻した。少女は大きく見開いた目で自分を凝視しており、今にも涙が零れそうになっている。
「……あ、違う違う! 別に脅してるわけじゃないんだよ!? ごめんな? あんまり同性と話した事なかったから、自分がどう見られてるか分かってないんだ!」
天明は慌てながらも笑顔を作り、両手を上にあげて敵意が無い事を示した。
しばらくして、ようやく恐怖が収まった少女は、改めて天明に疑問を言い放った。
「あの、それで、ヒトデって?」
「人手って……まぁ、要するに、俺を働かせてくれって事」
「ヒトデ……ひとで……人手? ああ、ああ! 人手の事ですか!!」
「うん。最初からそう言ってる」
「確かにクラブ人数は私ともう一人の子しかいません。でも、ここはヒマワリのクラブです。アナタは何処の組織の方ですか?」
「何処にも所属してない。フリーの人間だ」
「でしたら、お引き取りを―――」
「そう言わずにさー! 頼むよー! 食い物と水さえくれれば滅茶苦茶働くから!」
「ですが、アナタがどんなに頑張っても、組織に入らない限り、点数は入らないんですよ? 手伝ってくれるのは非常にありがたいです。だから、先にヒマワリに所属して、その後またここへいらしてください」
「だから、代わりに君が俺に報酬を渡すんだ。飯と水」
お互い冷静であるにも関わらず、全く話が通じない。組織というものに馴染みがある少女と、組織というものに馴染みの無い天明の差である。一方は何を頑固にこだわっているのかと思い、もう一方もまた同様の思いを頭に浮かべていた。
一向に進まない会話を続けている内に、配達の時間になっていた。予定でいけばもっと前の時間から配達するつもりでいたが、天明との会話に時間を忘れてしまっていた。届ける場所はヒマワリの寮だけであるが、その数は三度往復しなければいけない程に多かった。
「もうこんな時間に!? これじゃあ間に合わない……!」
少女以外にもクリーニングを主としたクラブ活動をする店がある。もし今日の配達を時間内に終えなければ、別の店に客をとられる。そうなるとクラブは解体になり、点数の稼ぎが激減してしまう。
少女は配達する制服を一つの箱にまとめた。ギリギリではあるが綺麗に収まり、後は運ぶだけとなった。
しかし、少女が持つには箱は重すぎた。配達するどころか、持ち上げる事すら出来ない。だからといって小分けしても、配達時間内には間に合わない。
少女が途方に暮れていると、天明は横から箱をヒョイと持ち上げた。
「こいつを持ってけばいいんだろ? 場所教えてくれ」
「え?」
「時間無いんだろ? 早く行こうぜ」
「は、はい!」
こうして、なんとか配達時間内に制服を寮まで運び終えた。その帰り道、少女は先を歩く天明の後ろ姿に頼り甲斐を感じていた。未だ組織に難色を示す意味は理解出来ずとも、一番苦労する配達を一気にやり切った力と体力は魅力的であった。
「あの、さっきのお話なんですけど」
「ん? あー、あれか。悪かったな。俺のせいで時間ギリギリになっちまって」
「それは気にしていません。実際間に合いましたし。それで、改めて聞きたい事があるんですけど。本当に点数が欲しくないんですか?」
「う~ん、なんて言えばいいかな? ここでは点数が通貨になってるんだろ? それが俺的には何だか納得いかなくて、組織には入りたくない。でも食わず飲まずだと、飢え死んじまう。だから手伝うお礼として、飯と水が欲しい」
「なんだか、無茶苦茶ですね……」
「俺もそう思う。でも、嫌なもんは嫌なんだ。それに俺は絶賛思春期。誰かに従うなんて真似は、それこそ死んでも嫌だね」
「じゃあ、手伝いも―――」
「それはいいの。だって手伝いだから」
やはり少女には天明が分からずにいた。無茶苦茶で我が強く、かと思えば見下してるわけでもない。今まで出会った誰とも当てはまらない不思議な人物であった。
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