異世界諸国の概要について

@Garunisu

第0話 ボルゴダ族の首都ガザフとは

北の森に住まうボルゴダ族の地――その中心にある王都ガザフは、かつての英雄ラジェドが建てた統一ゴブリン王国の旧都だ。今や王国は崩壊し、ガザフも数多くの部族が入り乱れて支配する都市のひとつに過ぎなくなったが、それでも昔も今も、ここはゴブリンたちの中心であり続けている。城下町を中心に、スラム、農村、狩猟民のキャンプが渦を巻くように取り囲み、同時代のどのゴブリン都市よりも広く、騒がしく、生々しい息づかいを放っている。


城のすぐ近く――中心部には族長や重職に就く者たち、その家族、そして上級の使用人らが住まい、行政と政治の要となる施設が集まっている。そこから坂を下ると城下町が広がるが、これもまた上町と下町に分かれている。


上町は中心部に隣接し、上層の町民たちが行き交う華やかな地区だ。踏み固められた土がむき出しの大通りを軸に、それでもどこか計画的に整えられた街並みは、東の人間たちの都市を思わせるほど整っている。門を抜けてすぐの場所には、ガザフの人々が古くから信仰してきたアルターン神の神殿がある。とはいえそれは人間やエルフのような石造りの建物ではない。壁も天井もない大きな広場で、中央にはアルターン神の左手が変じたと伝わる聖火アル・ゴーダが燃え続けている。


その周囲では、骨や皮、草で織られた衣をまとった火の巫女たちが日々舞を捧げ、聖火アル・ゴーダは嵐の日にも決して消えたことがないという。歴代の族長はこの聖火アル・ゴーダの火の粉を浴びて聖別され、やけどを負わなければ統治の権能を得る。逆に焼かれた場合、継承権を失い、次点の候補者が同じ儀式を受けるのが慣わしだ。族長の継承は血統だけで決まるものではない。前族長が順位をつけた継承者候補を一位から順に聖別の儀式にかけ、やけどせずに聖別された者が族長となる。だが候補の順番を巡る対立や陰謀が絶えない。


また、東の人間たちから伝わったゴルナ教や、南のエルフによるニーナ教の寺院も並び、ガザフの宗教は多彩である。ボルゴダ族は比較的宗教に寛容であり、他宗教も「アルターン神の聖域」を犯さない限りは自由でよいとされている。国教という概念はないが、君主(族長)の選出にアルターン神の儀式が関係するため、実質的にはアルターン信仰が国の中心的地位を占めている。火の巫女とは昔からある一族(一般に「巫女の一族」と呼ばれる)の女性が継ぐ職業であり、その一族の家長が神殿長として聖別の儀式や巫女の舞を取り仕切る。


宗教だけでなく文化も入り混じる上町では、南方の諸部族を経て伝わった――もとはエルフの声楽から派生した――独特の発声による歌である「ボンガ」が流行しており、有名な声者の公演には各地からゴブリンたちが集まってくる。最近はこれを北方風にアレンジした《サラーテル》(“サラー=弾ける”、“テル=声”)が庶民にも広がっている。職人街もまた賑わいを見せ、革細工や骨の装飾品などの名工の工房が並び、裕福な町民や商人たちはその近くの整然とした居住区に暮らしている。

さらにこれら上層及び中心部の住民の社交場として、人為的に整備された御用狩猟場や宴会場なども用意されており、人気を博している。


そしてさらに門をひとつ越えれば、下町にたどり着く。ここには町民の大半――工房の弟子、兵士、中小商人などが肩を寄せ合って暮らしている。市場や酒場、製炭所が立ち並ぶが、どれも上町に比べれば泥くさく粗雑だ。だが、下町には下町の熱気がある。夜ともなれば私闘場フェーデル・ボルグから歓声が響き渡る。ここでは武力による自力救済が認められ、勝者の言葉がそのまま裁きとなる。下町の司法は剣と拳で支えられているのだ。


この私闘フェーデ制度は、統一王国ができる以前から続く古い伝統で、ゴブリンの「力こそ正義」という思想の象徴でもある。下層民にとっては、十分な和解金を払えぬ者が正義を求める唯一の場でもあった。手続きはこうだ。まず被害者が私闘管轄官に訴えを出す。管轄官は事件の重要性を審査し、重大だと判断すれば加害者を召喚する。双方の言い分が食い違えば私闘成立だ。(もっとも、案件の重要性の判断には賄賂が付きまとうのも日常茶飯事である。)このとき、加害者が罪を認めれば刑吏場で罪に応じた罰を受け、召喚を無視すれば指名手配されるか、代わりに親族が呼び出される。私闘フェーデはアルターン神の下で平等に行われ、用意された武具を身に着けて一対一で戦う。もっとも、実際には退役兵やスラム民が代理で戦う「決闘代理人」が立つことが多い。古くはこの制度がなく力が全てを言わしていたが、近年は金のある者ほど強い代理人を雇えるため、今では力と同じく財も正義となった。私闘フェーデに勝った側が絶対的に正しいとされ、被害者が敗れた場合は虚偽の訴えとして罰を受け、加害者が敗れた場合は罪に応じる罰に加えて虚偽報告の罰を受ける。一方で、より貧しい者たちは私闘フェーデの費用すら払えず、密かに「野闘」と呼ばれる非合法な決闘で自力救済を行う。それでも、彼らにとって戦うことは権利であり、誇りでもあるのだ。


文化面では、演劇もまた庶民の娯楽として親しまれている。特にスラム民や流浪の人間が行う即興劇は人気で、広場の片隅には常に笑い声が絶えない。


さて、城下町の外側――最後の木製の柵を越えると、スラムが広がる。ここに暮らす者たちは「汚民ドーマン」と呼ばれ、町民から差別されている。死体回収人、掃除人、処刑人、日雇い労働者など、都市の最下層を担う彼らは、日々の糧を求めて泥の中を生きる。下町の市場に行けば、汚民ドーマン価格と称して法外な値をふっかけられるため、ほとんどが自給自足で暮らしている。女や子どもは衣服づくりや果実拾いなどの内職でどうにか食いつなぎ、余剰を持つ者は闇市を開いて族長の目を盗み、独自の経済圏を築いている。


このスラムに治安を守る族兵はいない。代わりに、「ラポル家」「ダゴン家」「バールフ家」といった有力ギャングたちが縄張りを持ち、略奪者や他のギャングから住民を守る代わりに、見返りとして独自の法と税を敷いて支配している。闇市もまた彼らの庇護のもとにある。だが、この力の均衡は脆く、抗争や縄張り争いは日常茶飯事だ。資金源を求め、農村や下町に密輸網を張ることもしばしばである。


スラムの経済は特異だ。城下町で流通する公式の貨幣は、族長の命令の下、貨幣の鋳造技術と権利を有する一族が鋳造・発行している。一方でスラムにおいて貨幣とはギャングが縄張りを保持するためにスラム民から徴収し、族長へ納める上納金であり、各ギャングは縄張り内のみで流通する独自通貨(金属貨であったり物品貨であったりする)を制定している。ギャングはこれを半ば強制的に一般貨幣と交換させるなどして集め、独自の経済圏を形成するが、抗争で支配が変わればその通貨は無価値に転じる。したがって出稼ぎをするスラム民は稼ぎをすぐ下町で使い切り、税として納める分だけを手元に残し、残りは物々交換で暮らすのが常だ。


さらに外に出れば、農村と狩猟民のキャンプが点在している。農村では比較的穏やかな暮らしが営まれ、行商人が都市と農村を定期的に往復しながら、作物や家畜の副産物を取引して生計を立てている。農村は自治的な組織として運営され、収穫量の三割を税として納めることで自治権を得ている。村は村長によって管理され、地域の掟や収支は村内で処理される。狩猟民は特別な地位を持つ。族長の許可を受けて都市圏内を自由に移動し、野生動物や害獣を狩り、その肉や皮を都市に卸す彼らは一種の特権階級だ。狩猟民のキャンプは団長の統率下にあり、定期的に獣を卸すことで自治を維持している。上町の市場に直接商品を卸すことも多く、腕の立つ狩猟団の中には上町の御用狩猟場に放つ獣を選定し、安全に運搬する任務を担う者たちもいる。


こうして、族長はガザフ中心部とその都市圏を直轄し、それ以外の都市や地方には側近を諸侯として置き統治させている。地方によっては民主制を敷くこともあり、統治形態は地域の慣習に応じて多様だ。ガザフの行政は城下町までを体系的に管理し、徴税官を通じて税収を集めている。農村や狩猟民の自治は税と引き換えに保障され、スラムはギャングによる事実上の委託支配が行われている――都市にとってスラム民は忌み嫌う対象であると同時に必要不可欠な存在であるため、排除も統制も容易ではなく、ギャングがその役割を請け負うことで不安定な均衡が保たれている。


ゴブリンたちは独自の文字を持ち、記録や契約に用いる。教育は限定的で、下町や農村では職能訓練が中心となり徒弟制度を通じて技術が継承されるにとどまるが、上町には行政にかかわる教育機関があり、行政官や会計、法務を学ぶ者が集う。識字や公式記録は上町の特権であり、政治と経済の運営はそこから支えられている。思想面では「力こそ正義」という信条が広く受け入れられており、伝統的な秩序と社会的実益を正当化する理念として機能している。


こうして、ガザフは城を頂点に、上町・下町・スラム・農村・狩猟民が幾重にも重なって生きている。それぞれが自らの掟と誇りを胸に、互いに交わり、憎み合い、支え合いながら――この北の森の都を動かしているのだ。

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