ガレージに咲く花

昼月キオリ

ガレージに咲く花


<登場人物>

深青(みお)(24)

龍海(たつみ)(24)





マンションのガレージの中にたんぽぽの花が一輪咲いていた。

アスファルトから突き出ている。


車が走り出す音がする。

龍海の車はたんぽぽに気付くことなく発進した。


たんぽぽの花はタイヤに踏みつけられてくしゃくしゃになった。


深青「龍海君、もっと私のことも考えてよ!」

龍海「考えてるよ!」

深青「私は龍海君みたいに正社員じゃないしお金もあんまりないけどちゃんと悩んでるんだよ」

龍海「でも、俺ほどじゃないだろ?仕事だって付き合いだって」


ペチンと軽い音がした。


あ、俺今彼女に殴られたんだ。

 

全然痛くはないが人生で初めての平手だった。

不意打ちを食らったような顔になる。


その瞬間、急に熱が冷める。

深青は歩き出すとすぐに人混みに消えた。





その次の日だった。

社長に呼び出された。


「龍海君、悪いね」


社長のその一言で

順風満帆なサラリーマン生活はあっさり終わりを告げた。


え、クビ?この俺が?

あり得ない、あり得ない、あり得ない。


帰り道、路地裏で喧嘩している二人組に絡まれた。

空き缶が転がっている。

どうやら二人とも酒を飲んで酔っ払っているらしい。


「何見てんだよ!」

「見せもんじゃねーぞ!」


龍海は胸ぐらを掴まれたまま一人に頭突きをした。


「いってえ!!」


もう一人にも胸ぐらを掴まれたので頭突き。


「ってえ!!やんのかコラー!」


結局、三人で喧嘩したのち、それぞれ顔にアザを作った。




マンションのガレージに車を入れる。


くそ、何でだよ、何で俺がこんな目に合わなきゃいけないんだよ。

今日一日踏み付けられた気分だった。


悪態をつきながらドアから出てはたと気づく。

下を向いていたからだろうか。


たんぽぽが咲いてる。


龍海「こんな場所に咲いてたか?・・・」


くしゃくしゃの花を見る。


そうか・・・。

俺は俺がされたことと同じことをしてたんだ。

ガレージに咲くこの花に。


俺は近くのホームセンターへ走った。

鉢やら土やらジョウロやら色々買ってきた。


急いで帰って来ると

たんぽぽの根が千切れないように丁寧に引っこ抜いた。


鉢に土を入れてたんぽぽを植える。

最後にポンポンっと軽く土をならす。

無事に鉢植えが完了した。

ベランダに出すと窓際にあるカフェテーブルのイスに腰掛けた。


深青に連絡しなきゃな。





次の日。


ピンポーン。


ガチャっと玄関の扉を開ける。

光が差し込み、眩しさに目を細めるとそこには深青が立っていた。


昨日、"会社を辞めた"とメールをしたからだろう。

 

勘のいい深青のことだ。

会社をクビになったと分かっているはずだ。

きっと別れ話でもしに来たんだなと思った。


龍海「なに?」

深青「ケーキ、買ってきた・・・ってうわ!顔どうしたの!?」

龍海「絡まれて喧嘩になった」

深青「もー・・・すぐ病院行こうよ」

龍海「やだよ、昨日から冷やしてたらだいぶ痛みは引いたし大丈夫」

深青「じゃあ明日まだ痛かったら病院ちゃんと行ってね」

龍海「分かったよ」


渋々龍海が承諾すると深青がソファに座る。

俺は立ったまま話しかける。


龍海「つか、何でケーキ?」

深青「だって卒業祝いでしょ?」


いつもの俺なら馬鹿にしてるのかってキレてたよな。

でも、なんだか今は妙に力が抜けてて頭もスッキリしている。


龍海はチラチラと窓の方を気にしている。


深青「なに?窓がどうしたの?」

龍海「いや、花、元に戻るかなって」

深青「花?龍海君が?」


深青をベランダに案内する。

窓をカラカラと開けると龍海がしゃがむ。


深青「うわ、くしゃくしゃじゃん」

龍海「うん」

深青「たんぽぽだよね?」

龍海「うん」

深青「何でわざわざ潰れたたんぽぽ育ててるの?」

龍海「そいつ、ガレージにいたんだ」


深青は車に乗せてもらうことはあっても

ガレージには入ったことなかったのでたんぽぽの存在を知らなかった。


深青は少し考えた後、龍海の隣にしゃがんだ。

そしてもう一度花を見る。


深青「人の痛みがわかる人になったのね」


深澤が龍美の手の甲に自分の手を重ねた。


龍海「この花が教えてくれたんだ、

大事なことを」


深青「そうね」


龍海「あのさ、俺、別れ話持ちかけられるかと思ってたんだけど」


深青「誰にだって上手くいかない時はあるでしょ」


龍海「今までそんなのなかった」


深青「何言ってるの、私たち、ずっと上手くいってなかったよ」


龍海「マジか」


深青「ねぇ、私もこの部屋に住んでいい?」

龍海「え?いや、もっと安いアパートに引っ越さないと」

深青「えー!こんなにいい部屋なのにもったいよ!」

龍海「でも、お金が」

深青「龍海君、貯金してたんだから大丈夫よ、それに私も半分出すし」

龍海「彼女のお金に頼るわけにはいかないよ、住むならこっちが全部払わないと」


深青「じゃあ、今日から頼ること覚えてよ」


頼ることを覚える?


深青「私がこの部屋が好きなの、だから半分払う」

龍海「すぐには仕事見つからないかもしれないだろ」

深青「なかなか仕事が見つからなかったら全部払うから」


龍海「全部って深青の給料じゃ・・・」

深青「足りないなら仕事増やすし私だって龍海君ほどじゃないけど貯金してたし、

大丈夫、なんとかなるわよ」

龍海「深青・・・うん、分かった一緒に住もう、なるべく早く復帰できるようにするからさ」


深青「そんなすぐお金がなくなるわけじゃないんだし、

自分を追い込まないで私たちのペースでゆっくりいきましょうよ」


龍海「俺たちのペースで、か」




数日後。


龍海がベランダに出るとまだ弱々しくはあるものの、たんぽぽの花が立ち上がり始めていた。

龍海は写メを取ると彼女にメールをする。


"たんぽぽ、ゆっくり復活中"


"ほんとだ、可愛い"




それから数日後、実家を出た深青がマンションに来た。


深青「これからよろしくお願いします」

龍海「こちらこそよろしく」


深青がベランダに向かう。


深青「たんぽぽさんもよろしくね」


たんぽぽの花はその言葉に応えるように

風に揺られて深青の方に会釈するのだった。

 

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ガレージに咲く花 昼月キオリ @bluepiece221b

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