【あやかしキャラ文芸×短編ミステリー】最強魔王の筆頭配下、古書を探して『美少女探偵ムーブ』ひとり旅

皆月いつか

前編◆古書を探して隣国へ行ったら、トラブルに巻き込まれた

 我が名はルナ。俺Tueeeを地でいく、最強の魔王に仕えるである。

 こう話すと、やたらゴツいのやら、やたら肉感的なのを想像されることだろう。しかしわれは黒髪ショートに色白の肌、淡いブルーのメッシュが絶妙に映える、小柄で可憐な美少女なのだ。


 見た目は少々頼りないかもしれないが、主の武力による無双にも、暗躍するための知略にも、常に一手先を読めるよう気を配っている。自称するのははばかられるが、なかなか気の利く側近であると自負しておる。


 さて、そんな我だが、あるじと出会う前は森で採れた薬草を売ったり、趣味で買った古書を読んではまた売ったりして、人間社会と長く調和していた。


 人間社会に定住し、参謀さんぼうムーブも板についた今時分、ふと一冊の本のことが頭をよぎった。

 『遥か青の彼方へ』という全七巻から成る読み物なのだが、著者が出版社と誤植を巡って大喧嘩したとかで、完結編の七巻が早々に絶版となってしまい、殆ど流通していないと、馴染みの古書店の店主から聞いていたことを思い出したのだ。

 暫くぶりに訪れた店先で聞くと、著者の生まれである隣国になら、幾らか流通しているかも知れないとのこと。

 それをふと、我が主である魔王に話したところ「たまには羽を伸ばして、隣国へ遊びに行ってみてはどうか」と、とんとん拍子で暇を貰える運びとなった。せっかくなので、店主から聞いた「古書市」が開催される日を目掛けて、訪れてみることにした。


◇◇◇


「──ふむ。地続きなのに、国をまたぐだけでここまで空気が違うものか」


 始発から汽車を乗り継ぎ三時間ほど──初めて訪れる異国の風、人々、すべてがルナには新鮮に見えた。言語は共通だが、端々でイントネーションの違いがあり、非日常を思わせる。お目当ての古書市の会場は駅から歩いて十分ほどだった。広場が多くの売り手と客で賑わっている。


 ドンッ──────


 走ってきた青年が目の前でよろけて、あわやぶつかるというところで、ルナがしかと受け止める。


「すみません、すみません」


 青年は、一頻ひとしきり謝ると、ずれた眼鏡をかけなおしてまた走っていく。見れば皆バタバタと走り回っているようだ。


せわしない者が多い街じゃのう────」


 広場には所狭しと店が並ぶ。ある店では本が段ボールにびっちり詰め込まれ、またある店では平積みにされ、簡易テーブルに並べている店もあった。新旧入り混じる紙とインクの匂いが、ルナの好奇心を刺激する。

 入り口に近い店から順に、お目当ての本を探す。店により特色があり、趣味が合いそうな店もあれば、特定のジャンルに先鋭化した、初見には俄かに近寄りがたい店もある。


「ふむ。探してみたものの、なかなかお目当ての巻はないものじゃ」


 一巻から六巻はしばしば見かけるが、やはり七巻はない。広場の果て、川沿いの奥まった店に来た時、店主の老翁ろうおうが帳簿に使うノート、その下に置かれたお目当ての本を見つけた。


「おお、ついに出会えたか。店主、そこのノートの下に置かれた『遥か青の彼方へ』の七巻が欲しいのじゃが」


「ん? ああ──随分目ざといねお嬢ちゃん。

だけどごめんね。これは誤ってうちから持ってきてしまったもので、売り物ではないんだ。こんなしょうもない本より、もっと良い本は沢山あるよ」


「その本を探していたんじゃがのう。しかし私物であるなら仕方ない。他を当たるとしよう」


「若いのにこんな本を……物好きだねえ。でもそんなに大したものでは……」


 店主が淡々と話す中、背後から急に大きな声が響く。


「そんなはずはないです!!」


 よく見ると、さっきルナとぶつかりそうになった眼鏡の青年ではないか。


「その本の題字の誤植、それは初版本。実に百万以上の値打ちがある! 店主、その本を一体どこで?」


「この本にそんな価値はないよ──昔からうちにあった本さ。探せばあと何冊かは転がってるはずさ」


「そんなこと! こんな稀少な本がそうそうあるはずもない。それをどこで手に入れたのか……もしかして……」


 優しく諭すように話した店主に、青年は鬼気迫る様子で尋ね続ける。


「何をしているの、クラリス?」


 今度は身なりの良い、令嬢といった風情の女が、青年に声をかける。


「お、お嬢様……何故ここに?

いえ……その……例の初版本を見つけまして」


「なんですって! じゃあこの店主が犯人なの?」


「いえ、犯人が売却したものを持っている可能性などを考えて、聞き取りを……」


 これは一体何が起きているのか────

 呆気に取られるルナを余所に、もう一人の登場人物が堂々と割って入る。


「警官です。一部始終見ていましたが、あなた方三人はそこの少女を騙さんとする、劇場型詐欺をくわだてているのでは?」


 警官はルナを指差して、目深に被った帽子から全員の顔をじろりと見渡す。


「そんな、とんでもない!!」


「その通りよ、なんて無礼な。

この店主が、昨日我が家から盗まれた私のコレクションと同じものを持っていたので、お話を伺おうとしていたところですわ」


「ふーむ、本当ですかな? その本を拝見しても?」


 警官は店主から本を受け取ると、ジロジロと眺める。


「ご自宅の盗難の件、被害届は出していますか?」


「いえ、まだ────」


「え? クラリス、私昨日警察に届け出ておくよう言ったじゃないの」


「も、申し訳ございません!」


「ふむ、状況はわかりませんがねえ。一度店主には署でお話を伺いましょうか」


「参ったな、こんな本のために……。

今日は店仕舞いか」



「お時間は取らせません。さあ」


 警官は店主の腕を掴み、引き寄せる。


「ちょっと待ってくれ。売上金だってある。せめて店くらい畳ませておくれよ」


「持ち物は売上金だけでいい。さあ急いで。

お二方、被害届は窓口が変わるのでね、後ほど署に来てください」


「はあ……わかりました」


 ここまで黙って聞いていたルナが警官に語りかける。


「警官殿、一つ聞いても良いか?」


「なんだ? 見ての通り忙しいんだ。早くしてくれ」


「では、単刀直入に────。

貴殿は今日は此処へ、何をしに来られたんじゃ?」


「警備に決まっているだろう。これだけの規模のイベントだ。トラブルが毎年ある。仲裁から、必要に応じて今回のように署まで連行することもある」


「ふむ、警備はこの広い会場を一人で?」


「そんな訳ないだろう、警備は十人以上で────」


「なら何故────応援を呼ばんのじゃ?」


 全員の視線が警官に集まる。


「何をいう……。貴様もしょっぴかれたいのか?」


「罪状は?」


「ああ?」


「警官に質問をしただけの、いたいけな少女をしょっぴく罪状を教えてくれんか?」


「ぐっ……」


「最初に、事情も聞かず、劇場型詐欺などと強い言葉で全員を揺さぶったことも気になっておった」


 警官は言葉を返せない。


「まさかあんた、偽警官なんじゃないか?」


 クラリス青年が令嬢を左手でかばう姿勢を取る。令嬢もクラリスの背に回る。


「違う! 見てわからんか。俺はれっきとした────」


「おい、マーク。どうした? トラブルか?」


 巡回していた別の警官がやってくる。


「いや、簡単な諍いだ。俺一人で大丈夫だ」


「そうか、近くを巡回しているから応援は早めに呼んでくれ」


「了解────」


 応援の警官は一同の顔をじろりと見回すと、無線で何かを話しながらゆっくり離れていく。


「ほら見たか? 俺を偽警官なんて────

あれ? あのガキ、何処へ行きやがった?」


「クラリス、この方が本物の警官なら、同行して窃盗の被害届を出しにいきましょう」


「……はい、お嬢様」


 人混みの奥からルナが戻ってくる。


「すまんすまん、人の波に呑まれてしまってのう────小さくて可愛いと、こういう時に難儀するな」


「ふん、話は済んだぞ。お嬢ちゃん」


「それは何よりじゃ。最後に一ついいか警官殿────いや、マークよ」


 名前を呼ばれたマーク警官が眉間をひくつかせる。ルナは目を細めて淡々と問う。


「何故お主は身分証を見せんのじゃ?

身分を疑われた際に、まず見せるのが身分証じゃろう。まさか不携帯ということもあるまいに」


「そ……それは……」


「お主が持っていた本が、いつの間にか消えていたのが気になってのう。ちょうどその分厚いベストなら、中に本の一冊くらい入りそうなんじゃが如何だろうか────」


 マークの目が泳ぎ、急に挙動がおかしくなる。


「何を言う、俺は何も……もういい、失礼する」


「待たんか、本を返せ!」


 店主が掴んだ手を、マークが振り払う。


「知らん知らん、お前らなどに付き合って────」


「そこまでだ────マーク」


 先ほどの警官と、複数名の警官がマークを取り囲む。


「人波に呑まれたと話したがな、あれは方便で、ちょいと先ほどの警官殿に話を聞いてきたのじゃ。

過去に、警備中の何らかのトラブルにかこつけて、警官が問答をしているうちに、高価なものが無くなったという被害は出ていないか────とな?」


 応援の警官が応える。


「ああ、まさかとは思ったが、似たようなことが何度かあり、つい先日も起きたばかりだった。

警官の特徴は曖昧、身分証も見ていない、それは偽警官の仕業とされて未解決だ」


「制服を着て帽子を被られると、注意が分散して顔が曖昧になる。権威を悪用した、卑劣な手法じゃのう」


「ふざけるな、不愉快だ! 俺は早退するぞ」


 無理矢理逃げようとするマークを他の警官ががっしりと掴む。ベストの内側からは「遥か青の彼方へ」が出てくる。


「これは──俺の私物で────」


 ルナが一喝する。


「いい加減にせんか、コソ泥め。その身を捧げて、民を護るべき立場にありながら、欲に塗れ私腹を肥そうなどと恥を知れ。

余罪も調べればすぐに分かること、往生際が悪いぞ────」


「その通りだ。余罪も必ず追及する。ご協力感謝します。後ほど皆さんにも事情聴取を────」


「儂は結構だよ。そんな本ごときで、時間を取られる方が面倒臭い。返してもらったし、不問とするよ。早く立ち去ってくれ────」


 店主が忌々しそうに呟き、明らかな拒絶の姿勢を見せる。


「しかし──────」


「たまたま彼が勘違いして、ベストの内側に仕舞っただけじゃろう。儂は知らんよ」


「そう言われても──────」


 警官と店主の押し問答を見て、苛立ちを抑えきれない令嬢が声を上げる。


「私のコレクションの話がどこかに言ってしまったじゃない。この店主、やはり怪しいんじゃなくて?

警察に押収されると困るとしか思えないわ」


「確かに……やはり署にご同行を」


「ええい、警官ども! 揃いも揃って風見鶏か貴様らは!

儂はこの本を、家から間違えて持ってきただけと言うたろうが!

寄ってたかって、こんな本一冊で!!」


 本を叩きつけようとする店主の手と肩を、穏やかにルナが支える。


「どうか落ち着いて────気持ちは分かるが、本たちに罪はない」


「────!」


 何も言い返せない店主の手から本を抜き取ったルナは、そっと店先の他の本の上に重ねる。


「場が混乱しておる。順に紐解くとしよう。

まずお嬢さん、其方はコレクションが盗まれたとのことだが、その本に、何か特定できるような特徴があったりはせんのか?」


「そうね、ええ。古い本だからページの脱落があった筈よ。たしか三章────

あと、譲り受ける前に父がつけた珈琲の染みがどこかに……表紙だったかしら」


「お嬢様、裏表紙ということはありませんか────?」


「クラリス……?」


「クラリス青年よ。お主はあの本を読んだことがあるのか?」


「い、いえ……」


「ならば何故、本の特徴を?」


「そ、それは……」


「見たところご令嬢は、かなり良い身なりをしているようじゃが、貴女の家に外部から侵入をすることは可能なのか?」


「セキュリティはきちんとしていると思うわ」


「なら、犯人は高いリスクを犯して侵入をして、本一冊を持って逃げたということになるのう」


「……」


 黙りこくる令嬢の代わりにクラリス青年が答える。


「昨日は、たまたま誰かが窓の鍵を閉め忘れていたようで……物色中に慌ててそれだけしか取れなかったということも……」


「真っ先に狙うなら貴金属類じゃろう。無くなったのが本なら、それだけを狙っていたと考えるのが自然ではないか?」


「発覚が遅れるように本だけを狙ったのでは?」


「それも妙な話、現にすぐに気づかれているではないか」


「……たまたま私が読みたい気分だっただけ。出先の晴れ空があの本と重なって──そうじゃなければ気づかなかったと思うわ」


「たまたま、か。しかし事実としてご令嬢は気づいている。口ぶりから、他のコレクションも確かめたが、それ以外の被害はなかったと理解する。

ならば、本目当ての侵入者がいたと考えるのが自然ではないだろうか。

しかしそれも、所持を大々的に吹聴していたならまだしも、ただ持っていただけなら、その本を目当てにするそもそもの道理が怪しくなる。明らかな侵入の痕跡がないのであれば、本を失くしただけ──と捉える方が腑に落ちるのではないか?」


「それは……」


 歯切れの悪いクラリスを見て、令嬢は穏やかに言う。


「────もういいわ。確かに、あの本が盗まれたのはそもそも思い違いだったのかも知れない。もう少し、探してみるわ。

店主の本のページの脱落と、裏表紙の珈琲染みだけ確認させて頂戴」


 警官が令嬢に本を見せて確かめる。


「ありませんね、ページもしっかりしているし、それらしき染みもない」


「脱落なんかするはずもなかろう。儂が昔、一度読んだきりじゃからな。

元より乱丁落丁ならあるかも知れんがな」


 店主は淡々と答える。


「それなら、私はもう関係ないわね。

お爺さん、疑ったりして御免なさい。皆さま、お騒がせしました。

クラリス────貴方は此処に残って、ちゃんと帰ってきて報告なさい」


「は、はい! お嬢様」


「……必ずよ」


 止める警官の手を振り払うと、令嬢はそのまま会場から出ていってしまった。警官はうんざりした声で呟く。


「まったく、どいつもこいつも好き勝手な……」


「なあ、店主もあの女も勘違いって言っていることだし、この手を離してもらえ……」


「そんな訳ないだろう、マーク。お前の容疑は何ら変わらない」


 警官とマークのやり取りを余所に、ルナは全員の会話を、頭の中で何度も反芻する。頭の中でピースが重なり、そして一つに──────。


「なるほど、繋がった!」


「ん? どうした、お嬢さん?」


 呟くようなルナの声に気づいた店主の問いに、ルナは自信満々の笑顔で答える。


「うむ。

謎はぜんぶ解けた!

真実は常に一つ!

不可思議という勿れ────と言ったところじゃ!」


「……ふむ。

よくわからんが、いま、途轍もない地雷を三枚抜きした感があったぞ────」


「店主よ、案ずるでない。今日は祭り。

あらゆる旅の恥はそこの──────

カドカワが、水に流してくれることよ」

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