モフ賢者は今日も明日も立ち止まらない

青銅正人

力学

第1話

 少し寒くなって来た今日も、研究室にこもって思索と実験に勤しむジャービル。彼は、伸びた茶色の毛も疎に生えた黒いヒゲも気にせず、ただひたすらに世のことわりを明らかにしようとしていた。


 彼に許された魔法術理研究院での生活の終了まで、残り1年を切っていた。その後の生活の目処は立っていなかったが、彼はそんな些細ささいなことは気にしていなかった。

 世界の隠された真理の一端が、明らかになろうとしていたからだ。


「ビル、相変わらず役に立たない事をやっているのか?」

研究室のドアを勝手に開けて入って来た魔術師のマントをまとった白髪の女性が言った。

「えっと、…… 、しばらく振り。何かすすけているみたいだが大丈夫か?」

「お前、私の名前を思い出せなかったな。ごまかせてないぞ」

ジト目でマントの女性は言った。続けて、気だるげに付け加えた。

「負け戦が続いているんだ、煤けもするさ。何か気分が良くなるような話はないか?」


「それそれ! すごいことを見つけたんだ。今論文にまとめているんだが、力の相互作用に物体の大きさは関係ないことがわかった。重さと言うかその親戚と速さが重要だったんだ! 世界をうまく限定して区切ると、相互作用の前後で変化のないものが分かりやすくなったので、それが分かったんだ!」

「……それの何処が気分良くなる話なんだ? ……ビルに気の利いた話を期待した私が愚かだったな」

「君は魔術師団なんてものに就職するから、この発見の素晴らしさが理解できなくなったんだよ。ちょっと待ってろ。面白い実験をしてやる」


 白衣を翻して研究室の奥に駆け込んだジャービルは、大きなテーブルと丸い板をいくつか持ち出して来た。

「このテーブルには、上に載せたものを表面から一定の高さに保つ魔法が付与してある」

「? そんな魔法あったか?」

マントの女性は首を傾げて聞いた。

「この研究のために僕が作った。実験系への擾乱じょうらんを最小限にしたかったから。基本、風魔法のマジックブロウだ。空気が動くと実験的に不味いから、風は出てない」

こともなげに茶髪の研究生が返した。


「風魔法なのに風が吹かない? ……、それ論文に書いたか?」

「何で書くんだ、こんなの? それよりも、これを使った研究の方が大事だろう?」

「いやいや実用面で利点があるだろ! 例えばそのテーブルを上下ひっくり返してやると、どうなる?」

「実用? そんなのどうでも良いじゃないか! 僕が手に入れたいのは、この世の真理なんだ! 何だっけ? テーブルをひっくり返したらだっけ? そんなのテーブルが浮くに決まってるだろ。地面の方が重い……! おお!これも新しい理論の証明に使えるな! 君冴えてるよ!」

いつも笑っているような顔をいっそう輝かせて、茶髪の研究生は嬉しそうに言った。


 テーブルの上に、2枚の同じ大きさの直径1指ほどの円盤が1腕ほどテーブルから浮いていた。マントの女性には、何か理解ができない頭が痛くなるような光景だった。

「こっちの石板を、もう一方へ向かって真っ直ぐに滑らせると、衝突後ぶつけられた方がぶつかって来た方と同じ速さで移動する。一方ぶつかって来た方はその場で止まる。ぶつかる場所が正面からズレるともっと面白いが、説明が長くなるので、ここではやらない」

ジャービルは、一方の円盤を押してもう一方にぶつけながら説明した。

 今でも十分に話が長い、とマントの女性は思っていたが、先を促した。

「それで?」


「で、ぶつける方の円盤を2指の大きさのものに替える。1指の円盤に、これをぶつけるとどうなると思う?」

「? ぶつけられた方は、もっと飛ばされる」

「雑な表現だな……。まあ良いか」

「何か馬鹿にされた気がするんだが?」

「じゃ実験」

先ほどと同じ結果になった。

「おい、どう言う……」

「待て。最後までやらせてくれ。話は後だ。今度は別の1指の物をぶつける」

 今度はぶつけられた円盤が、明らかに一度目よりも速いスピードで飛んでいった。


 2指の円盤と最後の円盤を渡されたマントの女性は、何かに気づいた顔になった。

「大きい円盤が軽い、最後の円盤が重い!」

「ぶつけた結果は、ぶつける円盤の大きさじゃなく、重さの一種で決まるってことだよ」


 円盤を女性から取り返したジャービルは、大きな円盤と重い小さな円盤を接触させてテーブルの上に置き、何やら紋様が描かれた薄い紙を間に捩じ込んだ。

「バースト!」

 ジャービルの声と共に紙が光り、円盤が互いに反対方向に飛ばされた。大きな円盤が小さな円盤より速く。

「!!」

「どうだい、重さが重要だって分かったろ」

「ああ……ところで、さっきの紙のようなものは?」

「あれか、狭いところに力を加えたくて作った。大したものじゃ無い」

マントの女性は、口をパクパクさせて何か言いたげだった。


「これで、学生時代にどうして僕が魔法戦に勝てなかったかが分かった。次やる時は、重石おもし入りの服を着てやろう。絶対に勝てるぞ。フッフッフ……」

 マントの女性は、自分より頭二つ背が低い友人を呆れ顔で見ていた。

「どう言うことだね?」

「まだ説明がいるのかい?」

 マントの女性は茶髪の研究生の言いように少しムカついたが、直感がここは大事なところだと囁いてくるので、その声に従うことにした。

「すまん。詳しく教えてくれ」


「最後に見せた実験で明らかじゃないか。はぁ……、簡単に言うとだね。僕たちが魔法を撃つ時には、ってことだよ。この力に吹き飛ばされないように、僕らはんだ。だから体が小さくて軽い僕の魔法は、学園の誰よりも弱かったんだ。見なよ、バレット!」

そう言うと、ジャービルは壁に向かって、石礫の魔法を右手で撃った。石は壁にあたると砕け散った。


「で、こうする」

ジャービルは、研究室の本を服の下に何冊も入れて、さらに左手に抱えられるだけ抱えて言った。

「バレット!」

石が壁にあたり、壁が崩れて直径1腕ほどの穴が開いた。

「しまった! 壁が壊れた。弁償だ……金が無い、どうしよう」


 尻尾を垂れた茶髪の研究生に向かって、マントの女性は言った。

「壁の修理代は、うちの家で持とう。代わりにさっきのテーブルとテーブルにかけた付与の術式をくれないか? 悪いようにはしない」

「……、そんなもんで良いのか! いくらでも渡す! ……、壁代はほんとに頼むぞ。ここを追い出されたく無いからな」


 尻尾を激しく振りながら、いつも以上の笑顔で、見上げてくるジャービルを見下ろしながら、ジト目で女性はため息混じりに言った。

「それから、私の名前をいい加減覚えろ」

 ジャービルの目線は、女性からそっとそらされた。

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