完璧なあなたの完全なる睡眠

ちびまるフォイ

静かで完璧なる睡眠

「今回もすばらしいよ! まったく君はなんて優秀なんだ!」

「〇〇さん素敵! 今日も完璧ね!」

「君が失敗しているところを見る日はもう来ないだろうね」


「当然です。私はパーフェクトですから」


私はこれまで完璧を求め続けていたし、

それを実現するまでけして諦めることはなかった。


最初から完璧であったわけではない。

ひたむきな努力が完璧な人間を作り上げたのだ。


「ところで〇〇さん、このアプリ知ってる?」


「いや知らないな。知らないから調べておくよ」


「眠っているときのスコアを記録する、睡眠評価アプリなんだ」


「へえ。面白そうだ」


家に帰ってからアプリをインストール。

眠る前にアプリを起動して眠りに入った。


翌朝、目が覚めて睡眠アプリがスコアを弾き出した。



『あなたの睡眠:32点』



「なんだと!?」


完璧な私にとって低い点数は許されない。

もしも、完璧な自分が実は睡眠の質だけ低いなんてバレれば……。


『でも睡眠の質は低いんだよね?』


などと冷笑される可能性がある。

私は常に完璧で完全で無欠でなければならない。

たとえ睡眠だとしても。


「なにが悪かった? 今まで睡眠なんて気にしてなかった……!」


すぐに自分の睡眠に足りない点を洗い出す。

ネットで質のいい睡眠を取るための方法を探す。


「なるほどなるほど。こうすれば質のいい睡眠になるのか!」


睡眠スコア向上のためのあらゆる手段を書き留め、

それらを余すところなく実行へとうつした。


寝る前の就寝ルーティンも大きく改善する。


「まず、寝る前にぬるま湯に入らないと」


たとえどんなに寒かろうと、熱いお風呂はNG。

ぬるめのお風呂に使って体をぬるく温める。


「よし風呂に入ったら、次は夕食だ。

 ……む、すでに3時間を超えている。

 ということは寝るのは深夜か」


就寝の3時間前には夕食を済まさなければならない。


仕事で遅いときも食べてから3時間のインターバルを入れるため、

布団に入るのは今までより遅い時間となる。


「室温はやや低い温度をキープし、

 温かい飲み物で体を温める。

 ブルーライトは全部カットだ」


あらゆる電子機器のコンセントをぶっこぬき、

遮光カーテンで完全なる暗所を作り出す。


無響室に作り変えた寝室で外からの騒音も入らない。

もちろん目覚ましの音だって聞こえない。


「3時間経った。ようし今度こそ満点だ! 寝るぞーー!!」


満を持して布団に入る。

もちろん眠る前に「眠りの質を上げる」とかいうサプリも飲んだ。


あとは睡眠スコアで満点を叩き出し、

明日の朝から気分よく過ごすだけだ。



「……眠れない」


布団に入ってからどれくらい経っただろう。

まどろみが全然やってこない。脳神経の乗り換え失敗したのか。


「まずいぞ。布団に入ってから寝付けないと睡眠スコアが下がる!」


せっかくあれこれ睡眠の質を向上させる努力をしたのに、

肝心の寝入りが遅かったら結局スコアが下がってしまう。

努力が水の泡だ。


「こうなったら奥の手だ!」


用意していた睡眠薬を飲んで倒れるように眠った。



翌朝、自然と目が覚めて睡眠アプリをたしかめる。




『あなたの睡眠:66点』




「なんでだよ!!」


納得いかなすぎてスマホをぶん投げた。


「これだけ必死に睡眠の質を上げる努力をして、

 まだ満点に届かないなんておかしい!

 これ以上どうしろっていうんだ!!!」


自分よりも睡眠へひたむきに努力している人はいないだろう。

そしてこれ以上の努力しようがない。


自分よりダメな人間が、

睡眠のスコアだけ自分より勝っているような展開は許せない。

自分は完璧に誰よりも優れていなければ。


「いったい何がいけなかった。何が足りなかった……?」


アプリには最終スコアしか表示されない。

これでは改善点がわからないじゃないか。


「そうだ、このアプリを解析しよう。

 睡眠の質の評価基準を分析できれば、

 自分に足りていなかった努力の軸がわかるかもしれない」


睡眠アプリのロジックや処理を分析しはじめた。

なにをもってスコアを出しているのか。


わかったことは睡眠アプリの評価点は複数の要素で導かれているということ。


体が動いたタイミング。

眠っている時間。

呼吸およびいびきの回数。

睡眠の規則性。


「どれも自分は完璧のはずだ。なんで66点なんだ」


さらに解析を進めると、手をつけていなかったものが見つかる。


「酸素濃度。ああ、こんなのも評価基準に入れていたのか!」


酸素カプセルなどで代表されるように、

酸素濃度によって人の回復速度はおおいに変わる。

盲点だった。


「自分に足りないのは酸素だったのか。

 そうとわかればあとは簡単だ」


ネットで業務用の酸素発生器を家に備え付ける。

これで自分の部屋は酸素で満ちるだろう。


その日の夜、ふたたび睡眠までの完璧なローテを終えて布団に入る。


「おお? 酸素のせいかな。すごく眠くなってきた!!」


前は睡眠スコア気にしすぎて眠れなかったのに、

部屋が高い酸素濃度になったことでまぶたが重く感じる。


これはいいスコアが出せそうだ。

自然と襲ってくる睡魔の波に乗って、眠りへと旅立った。






数日後、通報があって警察がやってきた。


「被害者は?」


「部屋です」


警察が家に入る。

部屋はわずかな光も漏れないほど真っ暗。


「ライトを」

「はい」


「うわっ!!」


警察はベッドでミイラ化した人間を照らし後ずさった。

通報にあった腐臭はこれが発生源だろう。


部屋の隅にある装置を見て原因はすぐわかった。


「ボス、被害者は……」


「ああ間違いない。酸素中毒だな……」


ふたりはそっとミイラに手を合わせた。



枕元の睡眠アプリは永久に「100点」を記録していた。

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