第2話 不死者に宿る蟲卵

 首を一周する“縫い目”を指先でなぞりながら、俺はメレアに訊ねた。


「……つまり、俺はアンデッドになって生き返ったというわけか」


 紅茶のお替りを飲みながら、黒髪の羽毛種フェーダーは吞気に答える。


「“生き返って”は、いませんぞ。動く死体です。心と思考を持つだけの」

「だったら、俺は腐っていくばっかりか? 猶予期間はどのくらい持つ?」


 メレアはカップをソーサーに戻し、羽根をふるりと揺らした。

 思案の素振りに、彼女の頭羽根の色が僅かに白っぽく変色する。


「ふ……ふひひ……持って一か月、ですかね。呪いで崩壊を押しとどめてるので体が朽ちることはありません。が……魂の方が……持ちませんなぁ……」


「その期間で、お前は俺に何かをさせようとしている。……違うか?」

「お、おぉぉ……! やはり貴方を選んだ私の“鑑定”に狂いはなかったっ!」


 ――鑑定、鑑定眼アナライザー。全てを見通すスキルの眼か。


 俺の名を知っていたのは、死体を鑑定したからだな。

 そうとすると、この羽毛種、かなり悪趣味な女だが。


「それで。お前は俺を蘇らせて、何をさせたいんだ?」


 こちらから問うと、今度は羽根が赤く染まる。

 なんというか、目まぐるしいヤツだと俺は思う。


「……なんだ? 言いづらいことか?」

「……いえ、仲間に……うひっ……ダンジョンに一緒に潜る仲間になって、ほしいんです……下層行くのは……一人だと、危ないじゃないですか……ふひっ……」


 メレアは唐突に、歯切れ悪くなった。


「――はぁ……?」


 わけの分からない要求だが、素直に飲む気にはなれない。

 その“仲間”とやらに、置き去りにされて殺されたばかりなのだ。


 ましてや、違法な黒魔術に傾倒している不気味な鳥女なんかと。


「どうして俺なんだ? 酒場にでも行って適当に雇えばいいだろ」


 カップに紅茶のお替りを注ごうとするので、手で制止する。


「……もう紅茶はいらん」

「いや、私ですね、生きている人とのコミュニケーションが苦手でして……へぇっへっ……」

「それがどうした? 何の関係がある」

「それでぇ……アンデッドとなら……冒険できるかなって思って……」


「はぁ……はぁ?」


 突然、意味不明の論理をぶつけられて、俺の思考は一時停止した。


 生きている人とのコミュニケーションが苦手。

 アンデッドとなら冒険できると思う。それは要するに――。


「死人をパーティメンバーにすれば、生者と会話をしなくても済む、と?」

「はい……。えへ……ふひひひひ……そういうことです……」


 つまり俺は、この狂った人見知りのせいでアンデッドにされたらしい。

 あまりに飛躍した非倫理的思考を前に、思わず天を仰いでしまう。


「お前、イカレてるだろ……。心か、頭のどっちか壊れてるんじゃないか?」

「そんなことないですよぅ……お願いです、私の仲間になってくださいまし……!」


 ……しかし、なるほどだ。今ようやく分かった。

 マンティスを呼び寄せたのは、俺の“悪運”だったんだ。


 もちろん、そんな頼みは聞けない。


 何が悲しくて、こんな頭のおかしい鳥女と仲間に――……。


 ……。


「……いや、なろう。……いいだろう」

「本当ですか!? 仲間になってくれるんですっ!?」

「ただし、ひとつ条件を吞んでもらうぞ」


 俺は縫い目のある、青白い人差し指を突き出した。


「俺の復讐に協力しろ。裏切者の冒険者が三人。これが条件だ」

「――OK。軽い殺人ぐらいならお付き合いしますよっ!」


「……――え? ……え? あ、ああ。……そうだ、それでいい」


 軽い殺人ってなんだ。なんで乗り気なんだ。

 妙なリアクションをされて、つい動揺してしまう。


(……なんなんだ、コイツ……?)


 そう訝しんでいると、メレアが遠慮がちに挙手をした。


「……ところで話は変わるんですが。ちょっと鑑定、してみても?」

「何を? ……俺をか? なんでいきなり?」


「なんだか、その右腕なんですけど。ちょっと膨らみ始めた気が」


 そう言われて視線を落とすと、右前腕の皮が張っていた。

 いや、腫れたとかいうレベルではなく、まるでテントだ。


 何か硬質なものが、皮膚の内側から飛び出そうとしている。


「……なんだこれ。なんだ!? お前が何かしたのか!?」

「ちょっと待ってくださいね……えーと、鑑定っ……!」


 メレアは自分の右目に、二本の指の輪を通して覗いた。

 眠たげな、藍色の瞳がぼんやりと光り始めるのがわかる。


 ――“鑑定眼アナライザー”。


「アーデン・グレイヴフィールド。死因――屍猟マンティスの鎌による頸動脈切断、脊椎の破壊。遺留情動――恨み。活性死者、ステータス……寄生?」


 寄生。いまのは度を超えて、聞き捨てならない言葉だった。


「……寄生? 俺、寄生されてるのか……?」

「ちゃんと卵は取り除いたんですが、ふひひっ」

「ふひひ、じゃないだろ、どうして――ッ」


 喉まで出かかった罵倒が、別の異音に押し流された。


 ぱき、ぱき、と骨の中から氷が割れるような音。

 腕が勝手につり上がり、皮膚を破って鋭い“鎌”が露出した。


「うおおあぉァァァーーーッ!」


 ――少し小さいが、それは間違いなく屍猟マンティスの鎌だ。

 俺の右腕をぱっくりと割って、前のめりに突き出している。


「う、うわぁぁ……ふへら……」

「ドン引きしてんじゃねえ、お前のせいだろうがッ」

「それはそうですが……ふひっ…………」


 メレアは一歩近づき、杖でそっと、鎌の縁を叩いた。

 金属でも人骨でもない、乾いた甲殻の音が響く。


「触るな! ……勝手に動くぞ、こいつッ……!」


 俺の意志とは関係なく、刃が空気を裂いた。

 すぐ傍の薬品棚が倒れて、瓶が砕け散る。


「ふひっ、あ、暴れないでください……!」

「俺がやってるんじゃない。鎌が勝手に動くんだ……!」

「ふむ……宿主が生きている(?)状態で孵化ふかするとこうなるんですねぇ」


 俺の腕の上で暴れ回る鎌を、メレアは寄ってまじまじと観察する。


「近づくなバカ! 怪我するぞ! 蟲下しはあるか!?」

「こりゃあもう、蟲下しじゃ効きませんぞ。発達しすぎです」


 メレアは杖先を床にコツンと打ちつけた。


「……斯くなる上は!」


 床に散らばった薬品を、杖先でなぞり円をひく。

 灰粉の円環、床に描かれたのは魔法陣だった。


 彼女は指先を噛んで切ると、数滴の血を床に垂らす。

 灰で描かれた環には、いつの間に血が滲み始めている。


「アーデンさん、そのまま腕を動かさないでもらって」

「……どうする気だ?」

「契約で従えさせましょう、そう、黒魔術で!」


 メレアの羽根が白色へと沈む。

 思考か、あるいは集中の色だ。

 

「殻翅を曳く。狭路、骨帳の律法を杯とせよ――」


 魔法陣と、そして杖の先端の鳥頭骨が赤光する。

 彼女はそれを使って――勢いよく俺の腕を殴りつけた。


「――デケレ・リギング!」


「……痛ッ……何しやが熱ッッッつッ……!!!」


 杖に触れた生皮が灼かれる。コイツ、魔術印を刻みやがった。

 印から黒い霧状のものが噴き出し、鎌を右腕もろとも覆う。


 やがてその“もや”が晴れると、何の変哲もない俺の腕だけがあった。

 否、そうではない。皮膚の裂け目に、確かに俺は見た。


 硬質なマンティスの鎌が、腕の内側に綺麗に収まっているのを。


「大成功っ。この黒魔術、ゴキブリ払いくらいにしか使えないと思ってましたが」

「ゴキブ……まぁいいとする、大人しくなったのなら。さあ、早く取り除け」


「……えぇ!? 取り除く!? 取り除くですって! なんてもったいない!」


 赤に染まる羽根先。メレアは首をぶんぶんと振る。


「これは攻撃用の付加器官として、大変興味深いですぞ」

「……はぁ? お前、これ使って戦えっていうのか?」


「多分、強いんじゃあないでしょうか。いえ、きっと強いですぞ!」


 確かに、屍猟マンティスの鎌の切断力は相当なものだ。

 人体なぞ容易く一刀両断するのだから。俺が実例だ。


「だからといって、いや……それは抵抗あるんだが……」

「まあまあ、物は試しです。ダンジョン、さっそく行きましょう!」


 ウキウキと羽根をパタつかせ、メレアは外套を羽織った。


「――今日は特に、悪運が振り切れているらしいな……」

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