第15話 💍 チャペルの破壊者

 1. 乱入の決意

​ 道玄坂での夫婦の争いが終わった翌日。都内有数の高級ホテルにあるチャペル。里見、上杉、北条がディズニーランドで「カップル狩り」を行ったその陰で、また新たな、そして個人的な絶望が爆発しようとしていた。

​ 主役は、元カノの結婚式に招待状もなしに現れた、**山岸やまぎし**という男。

​ 山岸にとって、元カノの結婚は、2040年の冷たい社会の中で残された、最後の「プライド」が砕かれた瞬間だった。彼もまた、佐渡島首相が作り上げた法の抜け穴を武器にする。

​ 彼は、ジャケットの裏に隠し持った高出力のエアガンを握りしめていた。これは、殺傷能力はゼロだが、至近距離で撃てば、皮膚に内出血や激しい痛みを伴う**「非致死性兵器」**である。

 2. 結婚式場での襲撃

​「誓いますか?」

​ 牧師の荘厳な声が響き、新郎新婦が誓いのキスを交わそうとした、そのクライマックスの瞬間。

​ ズンッ!

​ チャペルの扉が内側から乱暴に蹴破られた。山岸が、憎悪に満ちた形相で、エアガンを構えて中央の通路に仁王立ちした。

​「ふざけんな!この俺を捨てて、幸せになれると思うなよ!」

​ パニックが起きる。出席者たちが悲鳴を上げ、席から立ち上がった。

​ 山岸は、迷わず引き金を引いた。

​ ババババッ!

​ 標的は、新郎新婦そのものではない。彼はエアガンの樹脂弾を、二人の背後にあるステンドグラスと、祭壇の花瓶に集中させた。

​ ガシャン! ステンドグラスの美しい模様の一部が砕け散る。

 バシャッ! 花瓶が砕け、水と花が床に飛び散る。

​ 彼の目的は、**「人命を傷つけずに、結婚という神聖な場を物理的に破壊し、記憶にトラウマを刻むこと」**だった。

 3. 誰も手を出せない理由

​ 新郎が怒鳴りながら山岸に向かおうとしたが、新婦がその腕を必死に掴んだ。

​「ダメよ!殺しちゃダメ!触らないで!」

​ 新婦の言葉は、山岸への恐怖からではない。新郎が山岸に手を出して**「致命傷」**を与えれば、**佐渡島首相の「殺人に対する極刑」**が新郎自身とその家族に降りかかることを知っていたからだ。

​ 誰も、この暴れ狂う山岸を、本気で制止しようとしない。なぜなら、彼が人命を奪う一線を越えていない限り、**彼に触れること自体が「リスク」**だからだ。

​ チャペルの天井から、高精度の警備ドローンが数機、静かに降下してきた。

​<警告:山岸拓哉。あなたは現在、器物損壊罪および公衆の平穏を乱す罪を犯しています。人命損壊の危険は確認されません。速やかにエアガンを投棄しなさい。>

​ 山岸は、その光景を見て満足げに笑った。彼はエアガンを床に投げ捨て、両手を広げた。

​「さあ、逮捕しろよ。どうせ、賠償金と、せいぜい二週間程度の社会奉仕だろ?」

​ 結婚式は完全に破壊され、出席者の記憶には、エアガンの乾いた音と、粉砕されたステンドグラスの破片だけが残った。山岸の復讐は、佐渡島体制が許容する、最も個人的で、最も精神的な暴力の形だった。

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