第13話 ​🎯 神栖の夜、看板破壊の競演

 1. 競技としての破壊

​ 2040年1月16日深夜。千葉との県境に近い工業地帯、神栖市。

​ 広大な化学プラントの陰に立つ、廃墟となった給水塔の最上階。二つの人影が、強力なライフルを構えていた。一人は、顔に疲れと苛立ちを刻む山田。もう一人は、初めて登場する、冷笑的な目をを持つ男、**雑賀さいが**だ。

​ 彼らが狙っているのは、そこから約800メートル先の交差点にある、古びたコンビニの看板だった。ターゲットは、「サークスK」**の、夜通し光る巨大な電飾サインだ。

​「ルールは知ってんだな、山田。人命は絶対不可侵。外壁や柱はセーフだが、看板の支柱を狙いすぎて、倒壊で通行人に怪我でもさせたら、即刻AI射殺だぞ」

​ 雑賀がスコープから目を離さずに言った。

​「わかってるさ、雑賀。俺の人生は賠償金で終わりだ。これ以上の負債は要らねぇ」

​ 山田は皮肉げに返した。彼の銀行強盗失敗は、この破壊競技の参加者たちの間で半ば伝説となっていた。彼は今、この破壊ゲームで**「名声」と、わずかな違法な賭け金**を稼ぎ、絶望を紛らわせている。

 2. 非致死性の標的

​ 彼らが使用しているのは、改造された高精度対物ライフルだ。弾頭は、看板の樹脂や金属をピンポイントで貫通し、内部の電飾基盤を破壊するよう調整された非殺傷用の特殊徹甲弾である。

​「勝負は一発。看板のロゴをどれだけ完全に、そして派手に破壊するかだ。成功報酬は、今月のAI裁判の罰則データと、非課税の現金チップだ」

​ 雑賀が先に引き金を引いた。

​ ヒュッ

​ 弾丸は夜空を切り裂き、800メートル先のコンビニ看板に吸い込まれた。

​ バチッ!

​ 火花が散り、看板の「K」の文字が半分消えた。これはかなりの高得点だ。

 3. 山田の復讐の弾丸

​ 雑賀の成功に、山田は歯を食いしばった。彼はスコープを覗き込む。コンビニの看板は、派遣切りした会社でも、首相でもない。ただの**「資本主義のシンボル」**だ。

​「クソッたれ…」

​ 彼の指が、ゆっくりと引き金に触れる。

​ 狙うのは、看板の中央、最も目立つロゴマークの核だ。破壊の光景は、一瞬の解放であり、彼の積もり積もった絶望を爆発させるための唯一の手段だった。

​ ドォン!(消音機を介した鈍い音)

​ 山田の弾丸は、雑賀の弾痕の数ミリ横をかすめ、ロゴマークの心臓部に命中した。

​ ババババン!

​ 雑賀の破壊は「K」の文字の一部だったが、山田の一撃は看板全体に派手なショートを引き起こし、電飾が連続的に破裂した。コンビニの看板は一瞬で光を失い、闇の中に沈んだ。

​「…パーフェクトゲームだ、山田」

​ 雑賀はライフルを収め、悔しそうに呟いた。

 ​神栖の夜に響いた破壊の音は、2040年の日本で、**「人を殺さない」**という唯一のルールを守りながら、人々が絶望と怒りをぶつけ合う、日常的な光景の一つに過ぎなかった。

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