なあ春日、覚悟しろ?(side西野)
遠山ラムネ
なあ春日、覚悟しろ?
ある朝教室に入ったら、なんだか妙なざわめきを感じた。ちらちらと視線も感じる。
………なんだ?俺別に、なにかしでかした記憶ないけど
思い返そうにもなにも浮かばない。ただただうっすら不愉快だなと思っていたところへ、クラスでつるんでる奴がよってきて、にたぁと笑いかけられた。
「西野くーん、聞いたぜー?」
「はぁ?なにが?てかなんなんこれ。俺なんもしてねぇよ」
「またまたぁ、君、噂の的ですよー?」
「噂?」
どうやらなにかの噂の中心に、はからずもなっているらしい。
全く思い当たらないが、どうも、周囲は何かを信じている。
「噂ってなに」
「えー、だから西野くんのー」
「あーっ、うぜえ!いいから早よ言えや!」
「だーから西野が、3年の先輩と付き合ってるってやつ。あの、美形で有名な」
はああ?
いや、俺いま、誰とも付き合ってないけど
てか、今までだってないけど
「なん、で、そんなことに……」
「先週のー、金曜?西野が先輩の傘に入れてもらってんの誰かが見たって」
「いや、それは……」
それは逆だ!金曜の放課後、帰ろうとしたら結構な雨が降り出してきて、で、先輩が傘なくて困ってたから。じゃあ駅まで送りますよ、って。
なにやら察してきたらしい友人が、不服そうな声を出す。
「えー、この噂、ガセなん?」
「カケラもあってない」
「まじで付き合ってない?」
「ないよ」
「てか、先輩とどういう関係なん?」
「委員会が一緒。金曜あったんだよ、委員会」
ちょっと傘に入れて歩いた程度で、このざまだ。
噂ってほんと碌でもないな。
あああ、めんどくさいなぁもう
当面の間、こんなことをあちこちで聞かれたり囁かれたりするのかな。
げんなりしていたら、後ろの方で、ガンってやけに荒っぽい音が響いたから振り返る。
明らかにブスくれた春日が、胡乱な目でこっちを見ていた。
うっわぁ、なんか怒ってるし……
春日に対して、ここ最近、特にやらかした記憶もない。だからこれもたぶん、この噂が原因なんだろう。
春日は幼馴染だ。
小中高とたまたま学校が同じでした〜、なんてレベルよりは、ちょっと重めの。
家も近かったし、どこで繋がりがあったのか、親同士も仲が良かった。よく互いの家に預けられては、子供時代の暇な時間を過ごしていた。
当時の俺は平均よりも小柄で、春日はわりとデカかった。俺はおとなしめだったし、春日はだいぶお転婆だった。半年ほど誕生日がずれていたのもあって、春日はいつだって、強かったし、偉そうだったし、年上ぶっていた。
同い年の弟、くらいに見えていたのではないか。もしかしたら、今でも。
あー、だから怒ってんのか
なんの相談もなしに、しかも3年なんかと、って
単純だなぁ
まぁ、そこも可愛いんだけど
「噂、訂正しとく?」
「いいや、とりあえず、当面ほっとく、し、今日も先輩から呼び出されてるから、行ってくる」
「え、それって、お前、まじ狙われてんじゃね?」
「どうだろうな」
俺にとって、そんなことはどうでもいいんだ。
ずっと背中に感じる重ための圧が心地よくて、ついちょっとだけ笑う。
そうだ、そうやって、気にし続ければいい。
さっさと実感しろよな。
従順な弟分は最初から、弟なんかじゃないってこと。
「なーにニヤニヤしてんだ?」
「えー?べつにー?」
なあ春日、覚悟しろ?
こんなふって沸いたチャンス、みすみす逃すわけないだろ。
どれだけ待ってたと思ってる。
鞄から教科書やらを出して机にしまいながら、頭の片隅でふわふわと考える。
さて、とりあえず、どんな言い訳をしようかな
むしろもう少しだけ煽っておこうか
つい、顔が崩れ気味になるのを、やべって思って、俯いてごまかした。
だってさぁ、仕方ないよな?
ドキドキして、ワクワクして、どうしようもねぇよ。
まだ、春日がじっとりとこっちを見ているのがわかる。どんな顔してるか振り向いて確認したいけど、ここはグッと堪えるべきとこだろ。
長きに渡る、春日攻略計画もそろそろ大ラス。
絶対、失敗なんかしない。
Fin
なあ春日、覚悟しろ?(side西野) 遠山ラムネ @ramune_toyama
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