閑話8 レオナルド視点 ダイアナ【アテネ】への想い
夜の庭園にて ― レオナルドとダイアナ
夜の王城は、昼間の賑わいが嘘のように、静まり返っていた。
祝宴の華やかさはもう遠く、広間に残された花や飾りが淡く月光に揺れている。
石畳を伝う冷たい光は、どこか夢の余韻のようだった。
レオナルドは窓辺に立ち、城下を照らす街灯の列をぼんやりと眺めていた。
胸の中にはまだ祝典の余韻がくすぶっている。
アテネが、ついにダイアナであると公に認められたあの瞬間。
王妃の涙。貴族たちからの拍手喝采。
どれも鮮やかで、どれも彼の心を乱してやまない。
「アテネは今、王室の客間にいるのだろうか?」
そう思い浮かべるだけで、胸がざわつく。
彼女は今、国王と王妃に囲まれて十九年という時間の重みを初めて味わっているはずだ。
だが同時に、これから彼女が背負う運命はあまりに大きい。
レオナルドは魔道具の研究者として理屈で物事を測る癖がある。
血縁を示す魔道具の正確さは真実を突きつけた。
しかし、いくら理屈を並べても心の揺れは解析できない。
「俺はアテネを愛している。彼女が王女でも孤児でも関係ない」
そう言い切れる自分がいる一方で、別の声が囁く。
「だがダイアナにとって俺は、ただのおじさんではないか?」
そんな葛藤に沈んでいたとき、窓の外に白い影が動いた。
月明かりを浴びて庭園に立つ人影。
風に靡く銀糸のような髪。――アテネ、いや、ダイアナだ。
胸が高鳴るのを抑えられず、レオナルドは衝動のまま外へ向かった。
庭園は、夜露をまとった花々が月に照らされ、昼間よりも幻想的に輝いていた。
噴水の水音が静かに響き、薔薇の香りが夜風に溶けている。
「……アテネ」
呼びかけると、彼女は驚いたように振り向いた。だがすぐに、その瞳に安堵の光が宿る。
「レオナルドさん……」
二人は噴水の前で向かい合った。
互いの姿を月が照らし、沈黙がしばらく続いた。
「今日は……おめでとう」
レオナルドの声は震えていた。
「君がどんな名を名乗ろうとも、俺にとってはアテネだ。ダイアナになっても、王女になっても、俺の君への愛は変わらない」
彼女の瞳が大きく揺れる。そして次の瞬間、そっと歩み寄り、彼の胸に顔を埋めた。
「わたしにとっても同じです。アテネでも、ダイアナでも、孤児でも王女でも……愛しているのは、レオナルドさんだけです」
その言葉は、彼の胸の迷いを一瞬で溶かした。
長い夜の不安も、研究者としての理屈も、すべて無意味になる。
ただ目の前にいる彼女の心が真実だった。
レオナルドは震える腕で彼女を強く抱きしめた。彼女の温もりが胸に染み込む。抱き寄せた瞬間、迷いは完全に消えた。
「……ありがとう。君がそう言ってくれるなら、もう何も怖くない」
アテネ――いや、ダイアナは微笑み、彼の顔を見上げた。月光に照らされたその表情は、誰のものでもない彼女自身の姿だった。
そして二人の唇は、自然に重なった。
長くも短くもない、けれど優しい口づけ。互いの想いを確かめ合い、未来を誓うには十分すぎるほどだった。
やがて、庭園の外から衛兵の足音が近づいてきた。王女に護衛がついていることを、二人とも忘れてはいなかった。
「……これ以上は、誰かに見られてしまいますね」
ダイアナが小さく笑う。
レオナルドも苦笑しながら頷いた。
「そうだな。だが今夜のことは、俺たちだけの秘密だ」
彼女は頷き、少し名残惜しそうに彼の手を離した。
「また、必ず会えます。アテネとしても、ダイアナとしても。だから……安心してください」
レオナルドは静かに彼女の背を見送り、心の奥に温かい光を灯した。
迷いはもうなかった。彼女がどんな名を背負おうとも、自分はただ一人の女性を愛し続ける。
夜風が二人の間を抜けていく。
月は高く輝き、王城は静かな眠りに沈んでいた。
そして二人は、互いに微笑みを残しながら、爽やかに夜の庭園を後にしたのだった。
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