第19話 アテネ、レオナルドとの恋

旅立ちと魔道具師の誓い


 ミコノス島の夜は、ふだん静かだった。

 だけどこの夜だけは、特別だった。


 村の広場で行われた小さな打ち上げは、島にとって、そしてアテネにとって、大切な一日を祝う場になった。

 子どもたちは子犬のように走りまわり、大人たちは笑いながら飲み物を手に語り合う。


 アテネの作った《シレーネ》が村に水をもたらしたこと。それは、ただの便利な道具以上の意味を持っていた。島に住む人たちにとっては、未来を変える光のように感じられたのだ。


「はい、これ、レモン入りのサングリア。少しアルコール入ってるけど、飲んでみな。隣国発祥のワインカクテルだよ」


 村の女性がアテネにグラスを手わたす。(この国は18歳から飲酒可能)

 夕日色の飲み物は、氷と果物の香りに包まれて、きらきらと光っていた。


「……おいしそう。いただきます」


 アテネはグラスを軽く持ち上げて、そっと口をつけた。


 甘くて、すこしだけ苦くて、でも飲みやすかった。


「アテネ、こっちにもあるぞ。こっちは島のぶどう酒らしい」


 レオナルドも、すでに少し顔が赤くなっていた。彼もまた、村の人たちにすすめられた飲み物を楽しんでいた。


「ふふっ、なんだか……あたまがフワフワするかも……」


「それ、完全に酔ってるな」


 二人はグラスを合わせて、笑い合った。


 火がともされた広場で、ふいに風が吹いた。アテネの髪がさらりと揺れて、月の光に透けた。レオナルドは思わずその横顔に目を留めた。


 魔道具を前に真剣な顔をしていた彼女とは違う、やわらかな表情。

 その一瞬、何かが胸に触れた気がした。


     ◇ ◇ ◇


 パーティーの後、二人はふらふらと夜道を歩いて別荘へと帰ることになった。

 海風に吹かれながら、狭い石畳の道を進む。


「ねぇ、レオナルドさん。こっちで合ってる? なんか、見たことない壁がある……」


「うーん……たぶん……こっち……いや、まてよ?」


 二人とも、すっかり酔っていた。


 何度か道をまちがえ、笑いながら戻り、ようやく別荘にたどりついたころには、もう星が空いっぱいに広がっていた。


     ◇ ◇ ◇


 部屋に入ると、アテネはソファにばたんと倒れこんだ。


「つかれたぁ……」


「だろうな。飲んだし、歩いたしな」


 レオナルドはキッチンから水を持ってきて、アテネに渡す。


「はい、島の英雄様。お水をどうぞ」


「う……ありがとうございます……」


 アテネは水を飲み干して、息をついた。

 そしてしばらく、二人は何も言わずにただソファに並んで座った。


 時計の音すら聞こえない静けさ。けれど、落ちつかない気持ち。


「レオナルドさん」


「ん?」


「……ありがとう、いろいろ。わたし、学院では魔道具を“自分のためだけに”作ってた。でも、ここでは……“誰かの幸せのため”に作れた」


 アテネの目が、うるんでいた。

 レオナルドは、黙ってそれを見つめた。


「人の役に立てるって、こんなにうれしいんですね」


 その声は、ほとんどささやきのようだった。


 レオナルドは、ふいにそっと手を伸ばした。

 ためらいながら、でも確かに、その手はアテネの手に触れた。


 アテネは驚いて、顔を上げる。


「……レオナルドさん……?」


「アテネ。ずっと思ってた」


 レオナルドの声は、いつもより少しだけ低くて、まっすぐだった。


「最初は、アテネの魔道具に対する情熱がすごいって思ってた。でも、それだけじゃなくて……努力する姿とか、誰かのために何かできないかと一生懸命になる姿に……見ていて、心が動いた」


「え……?」


「僕はアテネのことが、好きだ」


 それは力強い言葉だった。


 アテネは何も言えなかった。

 でも、胸の奥が、熱くなっていくのを感じた。


「お酒のせいかもしれませんが、ここで告白すると……私も実は……レオナルドさんのこと、出会った頃からずっと気になってて……」


「うん、たぶん僕も酔ってる。でも、だからこそ正直に自分の気持ちが言えた気がするんだ」


 二人は見つめ合った。

 そしてゆっくりと、手と手が重なり、心もそっと寄りそっていく。

 見つめあう二人の距離が近づき、そっとアテネは目を閉じた。

 優しい口づけを二人が交わした。


 それから二人だけの静かな夜の部屋で、やさしい時間が流れていった。


     ◇ ◇ ◇


 翌朝、アテネは目を覚ますと、頭と体が少し重たかった。


「……飲みすぎたのと……それにレオナルドさんが……」


 心は不思議とあたたかく、体の痛みが昨夜のことが夢じゃなかったことを実感させてくれた。


 ベランダに出ると、レオナルドが海を見ながらコーヒーを飲んでいた。


「おはよう。ごめんな。昨夜は無理させすぎた。体の方は大丈夫か?」


「おはようございます。初めてだったので、まだなんていうか……」


 アテネは顔を紅くしながら、レオナルドの隣に座って、同じように朝の海を見つめた。


 白い波がきらきらと光っている。まるで別世界のようだ。

 いろいろなことがあって今までの自分とは、まったく違うような経験をした。

 そして、これから自分は何をするべきなのか? 魔道具の方向性について迷いがあったアテネだったが、落ち着きを取り戻し、決意を口にする。


「レオナルドさん、私……決めました」


「何を?」


「もっといろんな町に行って、困ってる人たちを魔道具で助けたい。今回みたいに。誰かの生活のために作る魔道具師になります」


 レオナルドは笑って、うなずいた。


「その時は、俺も隣にいていいか?」


「はい。……一緒にいてくれたら嬉しいです」


 その言葉に、レオナルドは小さく頷くと、アテネをそっと抱き寄せる。アテネがレオナルドに体を預けてゆったりとする。

 それから二人の瞳が見つめ合うと、アテネはゆっくりと目を閉じると、レオナルドがその赤い唇に優しく口づけを落とすのだった。


 そんな二人を、ミコノス島の朝日が静かに照らしていた。


     ◇ ◇ ◇


 そしてその日、アテネは村人たちに見送られながら、ミコノス島を出発することになった。

 小さな船の上で、アテネはもう一度、島を振り返る。


 白い町と、青い屋根、そしてあの風車が、ゆれるように見えた。


「ありがとう、ミコノス。また必ず戻ってくるわ」


 そしてアテネの夏休みの旅は、終わりを告げる。

 これから理想の魔道具師になるために、学院生活へと戻るのだった――。

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