第4話 女子寮のルームメイト

『銀のアテネと魔道具の街』

―― ルームメイトたち ――


 魔術学院での入学手続きを終えたアテネ=グレイは、支給された学生証と寮の鍵を手に、女子寮棟へと向かった。


 学院の敷地は広大で、丘の斜面に沿っていくつもの施設が立ち並んでいる。

図書塔、実験棟、魔道競技場――どれもが荘厳な造りで、見上げるたびに胸が高鳴る。

 道沿いの桜並木はピンク色に染まり、まさに入学シーズンのはじまりに相応しく、柔らかな風に花びらが舞っていた。


 石畳を歩きながら、アテネはふと笑みを浮かべる。


(こんなに素晴らしいところで……学べるなんて嬉しい)


 孤児として育ち、まさか貴族の支援で王都の学院に入学する日が来るなんて、少し前の自分には想像もできなかった。


 


 女子寮は、学院本棟の東側にある三階建ての洋館風の建物だった。


 入り口では、腰に大きな鍵束を下げた女性が出迎えてくれた。白髪まじりの茶髪をお団子に結った、ややふくよかな中年女性だ。


 「はーい、あんたがアテネ=グレイちゃんね? 寮監のエリザおばさんよ。よろしくね」


 「よろしくお願いします!」


 ペコリと頭を下げるアテネに、エリザは目を細めて笑った。


 「まあまあ、そんなに緊張しなくてもいいのよ。学生生活ってのはね、勉強と同じくらい、人との関わりが大事なの。しっかり食べて、しっかり眠る。健康、これが第一。いいわね?」


 「は、はい!」


 エリザに案内され、アテネは自分の部屋へと向かった。

 寮は基本的に三人一組の相部屋で、各ユニットは共用スペースと、仕切られた小さな個室三つで構成されていた。

 共用スペースには円卓と椅子、簡易の魔導暖炉と小さな書棚が備えられており、窓からは学院の庭園が見渡せる。


 「へぇぇ……すごい……」


 つい口から感嘆の声がもれる。

 これまで孤児院や養育施設で集団生活を送ってきたアテネにとって、「自分だけの個室」というだけでも信じられない贅沢だった。


 トランクを床に置き、壁の棚を一通り眺めたあと、アテネは共用のソファに腰を下ろした。


(これから、ここが……わたしの居場所になるんだ)


 感慨にひたっていたそのときだった。


 「――あら、お久しぶりね」


 おどけるような口調とともに、ふわりと香水の匂いが漂ってきた。

 入口に立っていたのは、つい数時間前に駅と学院前で出会った少女――カテリー二=フォン=クロイツベルグだった。


 「カテリー二さん!」


 アテネが立ち上がると、彼女はにこやかに片手を上げた。


 「ふふ、これも運命かしら。まさかルームメイトになるなんて」


 後ろから、別の少女が姿を現した。スラリとした体格に、濃い青の長髪をゆるく後ろでまとめている。顔立ちは整っており、どこか彫像のような気品があった。


 「わたくしは、パトラ=イラクリオン。魔法科所属、イラクリオン伯爵家の者よ。よろしく」


 「わ、よろしくお願いします……! アテネ=グレイです!」


 パトラはわずかに目を見開き、アテネの銀髪に視線を留めると、「ふうん……銀髪ね」と呟いたきり、それ以上は何も言わなかった。


 三人はそれぞれ、自分の個室を確認しに動いた。アテネの部屋は廊下の一番奥、東向きの窓がついた明るい部屋だった。


 「うわー、すごい広い部屋……ベッドがふかふか……! 机もあるし、棚まで……豪華すぎる!」


 アテネが声を弾ませていると、共用スペースのほうからパトラとカテリー二の声が聞こえてきた。


 「ちょっと狭いわね……まあ、学生寮だから仕方ないのかしら」


 「そうね、クロイツベルグの使用人たちの部屋よりも……だいぶ小さいわね」


 「狭い部屋での忍耐力作りも勉強のうちということかしら」


 二人の会話に、アテネはこっそり笑ってしまった。


(この広さで「狭い」なんて……やっぱり育ちが違うなあ)


 アテネが共用スペースに移動すると、カテリーニと目が合う。彼女はふと思い出したように声をかけてきた。


 「そういえば、アテネ。洋服、大丈夫でした?」


 「あっ、これからクリーニングに出そうかと思って」


  それからアテネは慌てて自分の鞄から銀貨を取り出し、差し出した。


 「これ、助かりますけど……おつり、後で渡しますね……」


 けれどカテリー二は、手を振って受け取ろうとしなかった。


 「おつりはいらないわ。あなたが無事だったし、服もそれでクリーニングすれば問題ないでしょう。あ、おつりの代わりに――」


 カテリー二の琥珀色の瞳が、少しだけ細められる。


 「もし、わたしが困ったときには、一度だけでいいからお願いを聞いてくれる? 難しいことは言わないわ。多分ね」


 「……はい! もちろんです!」


 アテネは力強く頷いた。


 「じゃあ、それで銀貨の件は解決ね」


 アテネの手に戻された銀貨は、どこか温もりを感じるようだった。


 「ふふ……なんだか嬉しいな」


 アテネは、しばらくのあいだその銀貨を手の中で眺めていた。光が当たるたび、虹色に反射するようで、まるでお守りのようだった。


 それを見ていたパトラが、首をかしげた。


「銀貨が、そんなに珍しいものなの?」


「えっ、あ、いや……その、こんな高額なの……嬉しくて」


 アテネが慌てて弁解すると、カテリー二がふふふと優雅に笑った。


「そうなのね、嬉しいわ。アテネにとって、わたしとの友情の思い出だから特別なものなのね?」


「うん……特別な、思い出です」


「そうだね。三人の特別な出会いを喜ぼうではないかしら」

 パドラが嬉しそうに、声を挙げる。

 こうして三人の共同生活が始まった。

 

 その夜、アテネは早速、貴族院の後見人であるおじい様宛に、手紙を出すことにした。一週間に一度なので早い方がよいだろうと思い。


 そこにはルームメイトになったカテリー二やパトラのこと、そして、貴族のご令嬢にとって、銀貨が珍しくないということ、大きな部屋なのに小さいと言ったりして驚いたことなどを楽しく書いたのだった。


 階級も、育ちも、興味も異なる少女たち。


 けれど、この寮の一室で、彼女たちは同じ釜の飯を食べ、同じ夢に向かって学び、そして、ぶつかり合いながら友情を育んでいくのだ――。


 それはまだ始まったばかりの、春のような物語だった。

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