第四十話 放課後の音楽準備室

 十月二十八日、月曜日。一希かずきは昇降口にいた道也みちやを呼び止めた。

「『ジャック』のスクープ記事、見たぞ。親父さんがいろいろ探ってるみたいだな」

「ああ。例のテロ騒ぎもあるし、警察を刺激したくないから書けないこともいろいろあるらしい」

 道也は小声で答えた。

「そうか。なんにしても、早く解決してほしいもんだよ」

 一希はそう言いながら上履きを取りだした。


              ○


 一方真優美まゆみは、土曜日のほまれとの会話を思い出し、授業中も憂鬱な気分だった。

(兄さん、『銀星ぎんせい大学は生まれ変わらないといけない』と言ってたけど、そのために爆弾を使うつもりなの? 何も知らずに受験する秋恵あきえちゃんたちが、かわいそうだと思わないの?)

 真優美は一希の席をそっと見た。あいかわらず退屈そうに授業を聞いている。

(放課後になったら、一希くんに兄さんの話をきいてもらおうかな)


              ○


 放課後の音楽準備室では、一希が無言でギターをひきながら新曲の練習をしている。真優美はノートを開きながら、そのメロディに合うような詩を考えていた。

『あなたの指が奏でるメロディが わたしの心をくすぐるの

雲のベッドに乗って どこまでも軽く 暖かい空の上』

 その時、音楽準備室のドアがいきなり開き、吉松よしまつ先生が顔を覗かせた。また怒られると思った真優美は、思わず肩をすくめる。

「先輩、遅くなってすみません」

 吉松先生の背後から、工藤くどう山崎やまざきが入ってきた。吉松先生が説明する。

「クリスマスに、合唱部が養護施設でミニコンサートを開くことになった。それで折角だから、クラッシックギター同好会にも協力してもらおうと思ってな」

「さすがにあの曲は無理だけど、クリスマスソングを弾き語りします。先輩もどうですか」

 山崎の誘いを一希は断った。

「クリスマスはアルバイトがあるからな。残念だけど遠慮するよ」

「お前たちもそろそろ横澤よこざわに頼らず独り立ちしないとな。それじゃ失礼」

 吉松先生はそう言うと音楽室に帰っていった。真優美は一希に話しかける。

「先生、なんだか優しくなったわね」

「こないだの『隅西すみにしニュース』を聞いて、クラッシックギター同好会を見直してくれたらしい。今日はそろそろ帰るか」

 一希はギターを置くと立ち上がった。


              ○


 帰りのバスを待ちながら、真優美は土曜日の兄との話をした。一希は顔を曇らせる。

「土曜日に『ニューホープ』でリラさんが『ジャック』のスクープ記事を見てたんだ。道也の親父さんに渡した資料が役に立ったと思うんだが、リラさんはいつもと同じ雰囲気で『卒業したら雇ってほしい』と社長さんに言っていたよ」

「兄さんと付き合ってるリカさんが公会堂の爆破を手伝ったのは分かるの。でも、日陰ひかげ先生はどうして二人に協力しているのかしら」

 真優美の問いに一希は考え込む。

「『ジャック』の記事だと、銀星大学の学生運動崩れのテロリストが怪しいと書いてあった。もしかしたら日陰先生が二人を使って何か企んでるのかもな。でも、今の俺にはもっと切羽詰まった問題があるんだ」

「問題って?」

 真優美は一希が音楽準備室でずっと静かだったのには、別の原因があるのではないかと初めて気づいた。

「『ニューホープ』が破産するかもしれないんだ。俺のバイト代も待ってくれって親父に言われた」

「そんなに大変なことになってるの? うちのお父さんの銀行でお金を貸してくれるかもしれないから頼んでみるわ」

 真優美は一希の顔をのぞき込むが、一希の表情は変わらない。

「君のお父さんの銀行って確か、『墨桜ぼくおう信用金庫』だよな。うちのようなキャバレーでも大丈夫なのか」

「分からない。でも、家のことが心配で一希くんが音楽を作れない方が心配だもの」

「その気持ち、ひとまず受け取っとくよ」

 ようやく笑顔を見せた一希を見て、真優美はほっとした。

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