第六話 初めてのハガキ

 ほまれがその場を去った後、しばらくして一希かずきが戻ってきた。レコード店の袋を手に持っている。

「適当なのがなくて、すまん」

 一希が差し出した袋の中には、真優美まゆみのノートが入っていた。

「ありがとう」

 袋を受け取った真優美はノートのページをめくった。中には「あなたと、いきたい」と書かれたルーズリーフが挟まっている。

「このことは誰にも言わないでください」

 念を押す真優美に一希はうなずいた。

「ああ。そのかわり、いい詩ができたら俺に見せてくれよ。俺、放課後は音楽準備室でギター弾いてるから」

「ギターということは、クラッシックギター同好会ですか」

 真優美が尋ねると、一希はにやりと笑った。

「さすが『隅西すみにしニュース』のスタッフだ。さか草原くさはらの活躍は、道也みちやからよく聞いてる」

「では今度、『隅西ニュース』の取材候補にリクエストしますね」

「あまり期待するなよ。俺はOBみたいなもんだから」

 一希の瞳が上を向き、黒目の下に白目がのぞく。「三白眼さんぱくがん」という形だ。その眼差しに、真優美は思わず惹きつけられた。


            ○


「それじゃ、そろそろアルバイトの時間だから」

 中に入ろうとした一希を、真優美は引き留めた。

「あの、このお店にリカさんって女の人、いませんか」

「リカって言われても、お店のホステスはみんな源氏名げんじな、つまり芸名で呼ばれてるから、俺も本当の名前を知らないんだ」

 困ったように一希は答える。

「さっき兄に送られてきて、中に入ったんです。ウェーブのかかった長髪で、黒いワンピースを着てました」

 真優美は口づけを交わしていたさっきの二人を思い出した。

「わたし、兄に恋人がいるなんて全く知らなくて。もしリカさんが本当にいい人なら、兄を応援してあげたいの」

「分かった。親父ならホステスの名前も知ってるだろうし、今度聞いてみる」

「ありがとうございます。では、また明日」

 見送る一希を残すと、真優美は頭を下げて走り去った。


           ○


 家に帰った真優美は、ノートを学生カバンにしまうと、いつものように夕食の準備を手伝う。誉は自室にいるようだ。

 テーブルにスーパーで買った刺身の盛り合わせとポテトサラダ、茶碗蒸しが並ぶ。家族四人で夕食の席を囲みながら、真優美は今日の出来事を思い返していた。

(わたしの詩を横澤よこざわくんがギターで弾いて歌う。まるでノゾミさんみたい。そんな日が本当に来るのかな。でもまずはいい詩を作らないと)

 大雨は夜中に関東地方へ近づく、とニュースキャスターが伝えている。真優美が誉をうかがうと、普段と変わらない様子でテレビのニュースを見ていた。

(兄さん、リカさんとどれくらい付き合ってるのかな。聞いてみたいけど、私があそこにいたのがばれるとまずいし)

 真優美は兄の知らない一面に心がざわめくのを感じていた。



           ○


 その夜、真優美はハガキを取り出すと、『FM板東ばんどう ノゾミのリズムで』と宛名を書いた。

『ノゾミさん、初めてハガキを出します。

 昨日嬉しいことがありました。レコード店に「疾風勁草しっぷうけいそう」を買いに行ったら、最後の一枚を買おうとしていたクラスメイトの男子に譲ってもらえたんです。彼は「ノゾミのリズムで」も聞いているそうで、こんな近くにノゾミさんのファンがいたなんて思いませんでした。後で「疾風勁草」も別のレコード店で買えたと教えてもらえました。これからラジオの話をできる友達ができて、学校が少し楽しくなりました。ノゾミさんの公開録音もぜひ行きたいです。それでは失礼します。 ペンネーム フラワーノートより』 

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