第十話 恒例行事
第十話
一
メイキョー王都のトウゲンで、スティングの代わりになりそうなダガーを鍛冶屋に注文し、完成まで一ヶ月ほど待たされた。
特注品なので代金もかなりかかったが、エメラルド・ボア討伐に貢献したということで設定報酬の半分を貰っており、装備一式を買い揃えることが出来た。心臓を守る胸当てに、普段使いの短剣とナイフ。今回、胸当てはハードレザーでなく鉄板とした。革だと手練れの相手にはあっさり貫かれてしまう。
三代目となるスティングはとにかく貫通力を重視しており、柄から注入した毒血は尖った先端部のみに流れるようになっている。切る機能を捨て、大型の太いアイスピックみたいな代物だ。鋼鉄ではなく災害級大型魔獣の爪の端材を削って作ったもので、恩恵が込められているため非常に頑丈で、鉄板もあっさり貫いた。
これで、よし。
出発の準備は出来たが、微妙に気が重くなる。師に作ってもらった二代目スティングを失ったことを報告に行くつもりなのだ。ついでに魔物領域やゴールデン・ホーン討伐の話もするつもりだった。
別に報告は義務ではないし、道具にこだわるなとも言われている。しかし、やはり、行っておくべきだろう。
トウゲンを出て北東へ歩く。途中、襲ってくる狼の群れにスティングを使って試したが、握り心地が微妙に悪い。鍛冶屋の目の前で握った時は合っていると思ったのだが。やはり師の作った二代目は凄い出来だった、ということだろう。
毒の注入自体はスムーズだった。腕を噛みつかれながら二頭始末すると、ひっくり返って痙攣する仲間を見て割に合わないと判断したのだろう、群れは逃げていった。
メイキョー北部の大都市ホクトからは、セントラル山まで徒歩で二日か三日かかる。ホクトの宿で食い溜めしておき、道中は干し肉を齧る程度にして街道を北東へ歩いた。そびえ立つ巨大な山を目指して。
シュルツの関係者や賞金稼ぎに襲われることもなく、野宿を二回。この夜のうちに着きそうだと思いながら歩いていると、前方に人が立っていた。
二人。大きな荷物は持たず、こちらを向いて立っている。コダンを待っているのか。
ちょっと嫌な予感がしたが、だからといって逃げるという選択肢をコダンは持っていなかった。
二
同じペースで歩いていく。距離が縮まって相手の姿がよく見えるようになる。
二人は若い女だった。武器は持っていないようだが、一般人とは違う妙な雰囲気がある。自信、だろうか。熟練のハンターのような……いや、それとも違う。コダンはうまく言葉に出来ない。
二人ははっきりと、コダンを見ていた。一人は微笑を浮かべている。
コダンが近づいても二人は特に動きを見せなかった。話しかけることもなく、ただ、コダンを見ている。
値踏みされていることに、コダンは気づいた。
賞金稼ぎか。武器がないなら魔術師だろうか。今のところはっきりした殺意はないが、戦闘の準備はしておいた方が良さそうだ。コダンはシャツの内側に右手を差し込み、スティングの柄を握る。仕込まれた棘がチクリと親指の腹を刺し、毒血を刃の先へと流していく。
二人の女はまだ動かない。微動だにしない。
十メートルほどまで近づいたところで、コダンは足を止め、声をかけた。
「俺に何か用か」
二人の女は黙って互いの顔を見合わせる。それから、微笑していない方の、目つきの悪い女が言った。
「何というか、ダメダメだな。隙だらけの穴だらけだ」
見知らぬ女にいきなりダメ出しされてコダンは面食らった。だが、攻撃してくるつもりはなさそうだ。
「自己治癒能力と毒に全振りだな。いや、呪術も少しあるな。恩恵頼りの力押し、か。師匠の弟子でこういうタイプは珍しいな」
「……ということは、お前達は」
言いかけて、次の瞬間喉の冷たい感触に気づく。
微笑している女が目の前にいた。いつの間にか。女の持つ細長い剣がコダンの喉に触れていた。
「いけませんねえ。姉弟子にはちゃんと敬語を使わないと」
女の声は優しかったが、コダンの反応次第で微笑したまま首を落としてきそうな、そんな恐さがあった。
首を切断されても生き延びてきたコダンだが、今回は死ぬような予感がした。相手はこちらのことを理解している。
キリキリと緊張感が高まり、しかし、ただ死ぬよりはせめて一矢報いなければと、右手のスティングに力を込める。
だがそこに目つきの悪い女が声をかけた。
「やめろ、リルエス。ビギナー相手にイキるな」
微笑みの女はスッと剣を引き、瞬きの間に元の場所へ戻っていた。素早過ぎて、コダンの感覚では動きが捉えられないのだ。
「ま、忠告しておく。言葉遣いを気にしないカイストも多いが、相手によっては即死する。お前はルナクス様に敬語を使っているか」
「……使っている」
「なら、私らにも敬語を使え。私らはお前の姉弟子であり、お前より遥か高みにいる。敬語を使うなら特典として、適宜指導してやる。お前がカイストとして歩き続ける間はな。さあ、まず自己紹介してみろ」
強引だ。コダンは反発を感じるが、彼らはどうやらカイストで、コダンよりずっとずっと強く、コダンの姉弟子で、敵という訳ではなく、一応親切心で言っているらしい。
「俺は、コダン……です」
山での修業期間中に習った丁寧語を使うと、目つきの悪い女は「ふむ」と言った。
「意外に素直だな。毒使いスタートならもっと性格がねじ曲がってると思ったが。……マックギリーだ」
マックギリーと名乗る女は外見的には二十代前半に見えた。白いロングコートを着た体の輪郭は細く、ちょっとした拍子にポッキリ折れそうな気がした。ボサボサの髪に三白眼なのだが、凄く整った顔立ちで妙な色気を感じさせる美人だった。
「私はリルエス。先生の高弟の中では『ルーンの
微笑む女が言った。年齢はマックギリーと同じくらいで、やはり凄い美人だ。こちらは胸と尻が大きくて動きにくそうに思えるのだが、実際の動きは目にも留まらなかった。細長い剣は何処に行ったのか、今は持っていない。
マックギリーとリルエス。どちらも師からか、カ・ドゥーラからか、聞いた覚えのある名前だった。
「珍しく三刃が揃ってる訳だがちっとも嬉しくないな。折角の機会なのに、一人当たりの愛が減ってしまう」
「私は別に四人プレイでも構いませんけどね。あー、もう一人あの女がいましたねえ。ビギナーのくせに、日頃先生を独占して」
なんだかよく分からない話をしている。ただ、三刃が揃ったと言っているのにここには二人しかいないのだが。コダンのことを数に入れている訳ではないだろうし。
急に耳元で低いくぐもった囁きが聞こえ、コダンは凍りつくことになった。
「コダン君、あなたのせいでライバルが増えそうなんだってね。エリクサーなんか持ち帰ったから、押しかけ現地妻がカイストを目指し始めたって」
振り返ってみるが、背後には誰もいない。
正面に向き直ると、顔に触れそうな距離で黒い布があった。
「ミラニケ・ファ。通称『後ろの影』ね。三刃の一人で、二刃に抜け駆けされて、凄くムカついているの。ルーン様の本音が聞けるチャンスなんて、十億年に一度もないのに」
黒い布袋を頭からかぶった女が自己紹介した。目や口の穴はなく、コダンからは顔も視線も全く分からないのだが向こうからは多分見えているのだろう。もしかすると何か武器を持っているかもしれないが、黒いポンチョに似た衣服で手も足も隠れていた。
コダンが何か言い返す前に、その姿が陽炎のように揺らぎ、いつの間にか二人の女の横にいた。幻術だろうか。
「いや、あれはライバルにはならねえだろ。半端な覚悟でカイスト目指したって長続きしねえよ。精々今世を楽しんでもらうさ。邪魔だけどな」
マックギリーが言って、それから冷めた目をコダンに向けた。
「問題は……お前だ。鈍いが、鈍いなりのねちっこさを感じる。こいつは続きそうだよな」
「続くというのは、カイストになるという意味ですか」
であれば嬉しかった。
「ほら早速気を抜きましたね。ダメじゃないですかこれは。恩恵頼りだし」
リルエスに微笑したままけなされ、少し凹む。確かに、コダンはカイストになれそうだと思って気を抜いたようだ。
「今のはリルエスなりの激励だ。問題はな……お前、男か、女か。自分でどっちだと思ってる」
マックギリーの質問に、コダンは胸の奥に痛みに似た感覚が沁みた。
「男として振る舞ってるが、遺伝子的には女だろ、お前。幼少期だな、下半身をなくして再生した時に、内臓のことなんて分からなかったから形だけ作った。周りが男ばかりだったからそれに似せたんだろ。ホルモンバランスは結果的に男寄りになってるな。お前、心は男か、女か。どっちだ」
それは、ルナクスに弟子入りした際、既に指摘されていたことだった。そしてコダンはとにかく生き延びることと強くなることが大事だったので、性別のことを気にしたことはなかった。
セントラル山を下りて普通の人と関わるようになって、色恋沙汰というものがこの世界にあることを知った。それで、後になって振り返ってみて、エレンヒルドが師に抱いている感情に思い至ったのだ。
「俺は……分かりません。あまり考えたことがないので」
コダンは正直に答えた。
「人を好きになったり愛したりはないのか。好きになったとしたら相手は男か。女か」
マックギリーが畳みかける。
「好きというのは、あまり……嫌いではない、というか、あまり死んで欲しくはないな、と感じる人はいましたね。ポッポルとか、シュテムとか……シュテムは死にましたけど」
「ハルモのポッポルに、シュテム・パラニアか。ふうむ……」
マックギリーは俯きかけた姿勢から三白眼で見上げるようにコダンを観察している。
「先生のことはどう思ってるんです。ルナクス様は」
リルエスが尋ねた。
「師のことは……この世で一番信頼している人ですね。強くて、何でも知っていて、揺るがない。僕もあんなふうになりたいと思っています」
「……どうも、恋愛感情とは違うみたいね」
いつの間にか横に立ち、黒ずくめのミラニケがコダンの耳に囁いた。喋り終えるとまたすぐ元の場所に戻る。
マックギリーが言った。
「まあ、いいだろう。様子見だ。もしこの先お前がライバルになりそうなら、その時に正々堂々と蹴落としてやるよ。それまでは、私達は優しい姉弟子だ」
「あまり優しくないですよ私は」
リルエスが微笑したまま切り返す。この人の微笑はもしかすると見せかけだけかも知れないとコダンは思った。
「では、先輩として一言、アドバイスを。急所はもっとしっかり守りなさい。特に脳幹部の『魂の座』。幾らタフなつもりでも即死するから。この奥ね」
最後の台詞と共に後頭部の下辺りを撫でられてゾワリとした。振り向くともうそこにミラニケはいない。
「さて、お前は師匠に会いに行くんだろう。これを持っていけ」
マックギリーが普通に歩み寄り、何処からか手提げ袋を出してコダンに渡してくる。
「日本酒とワイン、どちらも大陸外の最高級品だ。それからつまみにチーズと生チョコだ。あー、生チョコは早く食べないと味が落ちるなあ。今夜辺り食べてしまわないとなー」
何故か悩ましげな顔をしてボサボサ髪を掻き上げてみせる。
「師へのお土産ですか。自分で渡した方がいいのでは」
「成功率の問題だ。ジンクスとも言うが。お前が渡してくれ。それと伝言も頼む。『ネシュリが第一歩を踏みました』とな。それだけでいい」
「分かりました。けど、どういう意味です」
「ネシュリというのはお前の先輩だ。別の世界に転生してガルーサ・ネットに登録した。カイストとしての第一歩を踏んだのさ。それを師匠に報告したら、今夜はお祝いになるんじゃないかなー、と、ちょっとばかり思ってる訳だ」
「よく分かりませんが……とにかく師に渡して伝言ですね」
「それからこいつはお駄賃だ」
マックギリーが次に差し出したものを見て、コダンは胸がキュッと熱くなるのを感じた。熱さは首から頭まで昇り、多分今コダンの顔は真っ赤になっているだろう。
見覚えのある細い鞘に、見覚えのある窪みと棘がついた柄。
師に作ってもらった二代目のスティングだった。
「売り飛ばされていたのを回収しておいた」
「あ……ありがとうございます。あの、買い取り金額は」
「気にするな。安かったからな。物の価値の分からん商人だったよ」
マックギリーは皮肉な冷笑を浮かべてみせた。シュルツは深く考えずに売り飛ばしたのだろう。『セントラル山の狩人』の作と知られればかなりの高値がついていた筈だ。
とにかくコダンは心の底から感謝して、マックギリーに深く頭を下げた。
「では、行ってこい。健闘を祈る」
マックギリーのその言葉を最後に、三人の女は音もなくスルスルと街道から離れ、消えた。
師に頂いたスティングが戻ってきた。三代目も作ってしまったけれど、予備にすればいい。コダンは元気が湧き上がるのを感じながら足早にセントラル山へ急いだ。
三
師ルナクスは三刃からの土産を無表情に受け取り、ネシュリについての伝言を聞いて「そうか」とだけ言った。師は感情を表に出さない。
ただ、酒を渡した時、夕食を作っていたエレンヒルドが目の色を変えたのには驚いた。酒にどういう意味があるのか、コダンには分からない。
それから、前回の帰郷からこれまでにあったことをコダンは報告した。面識があったらしい『不死身のシュテム』が死んだことも伝えるが、やはり師は無表情なままだった。
シルバーウルフのギンは床に寝そべってのんびり尻尾を振っていた。多分カ・ドゥーラはギンに憑いて話を聞いているのだろうけれど、口出しせず静かにしていた。
「ところで……今日、姉弟子に言われたことで、気になることが出てきました」
コダンが言うと、師は「何だ」とだけ返す。
「俺は、師を愛しているのでしょうか」
ガチャン、とエレンヒルドが食器を落とした。コダンの後方、ドアの向こうでも何かがぶつかるような音が聞こえた。誰か外で聞いていたのだろうか。
「ふぇっ、ふえっ。これはまた。ふぇっふえっ、ふぇっ」
カ・ドゥーラの笑い声が聞こえた。
師は眉一つ動かすことなく、相変わらず感情を交えぬ声で言った。
「それは俺に聞くことではなく、お前自身の心に聞くべきことだ」
それはそうだとコダンは思い、おかしな質問をした自分が恥ずかしくなった。
(第十話 完)
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