草原の決戦
強風吹き荒れる草原で、わたしはもう一度剣を構えた。倒すといっても、どうするの?
国王に取り憑いているものは、例えるならそう。悪魔。
しかし、この世界で悪魔はあまり馴染みのない言葉らしい。言葉自体はあるけれど、使うことが禁忌となっているような。
そういえば、アルベールもこの状態になった国王を悪魔とは言わなかったなと、ふと思い出した。
「考えごとをしている場合か?このようなとき、大抵人間は泣き叫び命乞いをするのだがな」
地面に突き刺さった剣は、投げられた軌道を辿って悪魔の手に戻った。
「時間をかけると決めた以上は、たっぷり楽しませてもらうぞ。人間」
また不気味な笑みを浮かべた悪魔はマントを広げた。裏側に、何本もナイフが収められている。
ちょっと待って、このナイフでさっきの攻撃をされたら……!
「お前の考えている通りだ、人間!」
ナイフが二本、続けざまに放たれた。
なんとか避けるが、その先に三本目が飛んでくる。
身をよじって急所は避けたが、左腕をかすった。痛い!
「ははは、もう終わりか?まだまだ踊ってくれ!」
四、五、六と逃げても逃げてもナイフが襲ってくる。致命傷をかすり傷にするだけで精一杯だ。
でも、不思議と怖くない。とてもじゃないけど勝機はない、むしろまだ死んでいないのが驚きだけど、怖くない!
「……くそ、なぜだ」
悪魔がなにかつぶやいた。
「なぜ怖がらない!?ぬくぬく城で育ったはずのお前にとって、初めてと言ってもいい理不尽じゃないか!」
なるほど、反応が気に入らないということか。
「もっと恐怖に震えろ!手足に力は入らないだろう!顔を歪ませ命に執着しないか!」
またも立て続けにナイフが投げられ、傷が増えた。
ああ、そうか。
わたし今、死んでもいいと思ってるんだ。
たしかに分かっていた。
たとえこいつを倒せたとしても、フラナンズ王国は前のように穏やかな生活はできないだろう。あの兵力差では今頃、全滅しているかもしれない。
きっと、アルベールも……!
元々大した思い入れもなく飛ばされたこの世界。フラナンズだけがわたしの居場所だったのに、それを失くした今、どうして死を怖がるのか!
心に闘志が宿ったのを感じた。
せめて死ぬのは、こいつを道連れにしてからだ。
「ある意味執着はしているかもね、王様」
わたしは思い切り笑ってみせた。どうせならこいつの方を怖がらせてやる。
「わたしが、あなたを地獄まで送り返すって決めたの。怖がりなんてしないわよ!」
悪魔の顔が、理解できない生き物を見るように歪んだ。
「……もういい、結構だ。つまらない」
なにかくる。そしてわたしは死ぬ。
直感でそう感じた。
だったら、捨て身で攻撃するのみだ。
悪魔が右手を上げたのを合図に、わたしは半ば投げやりになって突進した。
もう既に素早く動けるような体じゃない。だけど今だけは、風より速く走りたかった。
飛びだしてすぐ、真後ろで地響きがした。だんだんこちらに迫ってきているけど、今さら気にする必要はない。
わたしは走り続けた。狙うは、がら空きの首だけ!
「フッ、所詮人間だな。無策で突っ込むとは獣以下だ」
悪魔が煽ってきた。ここで返事をしてはいけない。足を動かせ!それだけ考えろ!
「──セレーナ様!」
遠くから声がする。馬の駆ける音もたくさんする。
名前を呼ぶ声は、アルベールに似ていた。
ああ、振り向きたい。今すぐに平和な日々に戻りたい。
いや、だめだ。振り向いちゃだめだ。
後ろにアルベールがいるなら尚更、わたしは止まっちゃいけない!
走り続ける!
「おい、後ろから人間が来てるぞ。たしかお前の名だったよな。セレーナ──」
「汚らわしい口でその名を呼ぶな!」
やっと間合いのふところに入った!
「誇り高きフラナンズを愚弄したこと、地獄で後悔していろ! 」
わたしは思い切り跳んだ。悪魔が吹かせた風を味方に、一気に上昇する。
悪魔よりも高い位置まで飛び上がり、全体重をかけて降下した。
捉えた!
わたしは悪魔の首めがけて剣を振るった。
キィィインと、金属音が草原に響く。
一瞬、体が止まった。
でもそんなことはどうでもいい。
力いっぱい剣を振るい、悪魔の首を斬るだけ!
「どりゃぁぁあああ!」
カキン、という音のあと、わたしは地面に向かって落ちていった。どうかな?わたし、ちゃんとやれたかな?
落ちながら上を見上げると、どうも様子がおかしい。悪魔の首がつながっている。
……そんな、じゃあ、わたしが斬ったものはなに?
悪魔の首から、ポロリとネックレスが落ちた。
そっか。わたしはネックレスを斬ったのね。
そっか。……そっか。
ごめん、アルベール。みんな。
ごめん。
わたしは地面に激突……するかと思ったら、また突然、強い風が吹いた。さっきのと比じゃない。
体が真上に飛ばされて、悪魔とすれ違う直前、手を掴まれた。
「おのれ……この人間ごときが! 」
悪魔なのに鬼のような剣幕でわたしのことを睨んでくる。
あれ、そんなにネックレスを斬ったの嫌だった? お気に入りだったの? うれしいな。
わたしはニッコリ笑った。
悪魔は怪物でも見るように顔を歪ませ、手は灰のように崩れていく。
わたしは風に乗って、どこまでもどこまでも飛ばされた。
悪魔の首から落ちたネックレスと一緒に、どこまでもどこまでも飛ばされた。
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