大英雄の修行旅、荷物持ちは最凶魔王~英雄と魔王の行脚奇譚~

西奈 喜楽

序章 導入

序章 導入

序章 一


 世界が開けていた。

 蒼一色の天幕に、ちらほらと羊雲と小さな積雲が浮かんでいた。

 通り抜けるそよ風は頬を優しく撫で、眼下に広がる緑色の海に、漣を立てている。

 起伏のある草原は、それこそ大海原のように何処までも続いているかのように見えた。

 2人の旅人は、漣に流されまいとするかの如く、ザッザッと足を踏みしめていた。

 目の前の丘を越えるために、膝下の草を掻き分け土を力強く蹴る。

 息は上がっていない。体力も減っていない。

 ただ噛み締めるように。

 ――………………。

 前を歩いていた旅人の1人が、いち早く丘の頂上へと差しかかろうとしていた。

「おぉ…………っ」

 差し込む陽射し。旅人は手影を作りながらも目の前の光景に感嘆したのだった。

「………………。」

 その旅人は女性だった。

 しかし、服装は全くもって情景とも旅人とも似つかわしくないものだ。

 陽光を艶やかに反射し、微風に靡く紫色の髪はウェーブがかかっている。肌は濃い褐色で、耳は長く尖っていた。

 身につけているものは、黎く輝く鎧であった。

 背中には重厚な鞘に納められた大剣が背負われている。

 流石に軽装ながらも、高級感溢れるその甲冑は誰から見ても騎士である事がまじまじと伝わってくる。

 そう、言わずもがな彼女は騎士であり、一王国の英雄である。

「見えましたかー?」

 背後から陽気な声が伸びてきた。

 若々しさと渋さを混ぜたような、落ち着く声。

 後続の相方を置いて来てしまったことに気づき、慌てて声を返す。

「すまないっ、急いてしまった……」

 後ろを振り向き声を上げるも、彼はもう辿り着いていた。

「おや、中々これは――」

 顔を出したのは秀麗な青年、こちらは甲冑などではなく旅には似つかわしくないダークスーツ。申し訳程度に上はヴェストとタイのみである。

 背中には少し大型と見受けられるブリーフケースが革のベルトを通して背負われていた。

 ガサ、ガサと、体が揺れるたびにブリーフケースの左右にぶら下げている野宿道具が音を立てていた。

「悪かった、荷物を持たせておいて」

 重ねて謝罪をする。

 

 傍から見れば、確かに貴族騎士とその従者である。


「構いません。『荷物持ち』ですから」

 軽くあしらうように、にっこりと青年は微笑んだ。

 慣れたようなやり取りだ。

「いやぁ……、それは」

 しかし、女性騎士の方はやけに申し訳ない面持ちである。

「かなり良い景色、ですね」

 青年は目の前の光景を視界いっぱいに、溜息を着くように言った。楽しみに満ちた微笑みを称えている。

「…………。」

 女性騎士は青年の視線の先へ目をやる。

 緑の大海、青空。

 その遥か先には、光輝く孤島のように、大きな都市が佇んでいた。

 白く堅牢な城壁都市。

 誠に壮観である。

「流石に、徒歩は長かったな」

 ――……ようやく、人心地ついた。

 硬い表情筋を綻ばせ、溜息をつく。

 ――…………いや、箍を解くな。都市を後にするまでは。

 しかしすぐさま、凛々しい顔つきに戻った。

 

 そのはずである。彼女は、由緒正しき大国の騎士であり、"大英雄"と称される人物である。

 ―――こうして旅をしているのも、『修行』だ。

 彼女は、自らに鞭を打っているのである。


「休憩するか?」

 荷物持ちの青年に、声を掛ける。

「いえ、」


 そしてその修行旅の傍らに控える、荷物持ち。

 ―――修行行脚に付き合ってくれている、……彼は従者ではない。

 ただの青年ではない。

 彼は……、


 史上最凶の、魔王である。


「早速向かいましょう。楽しみになってきました」


 これは、大英雄の修行行脚旅に魔王が荷物持ちとして同行するという、何とも滑稽で阿呆らしく荒唐無稽な、『奇譚』である。

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