閑話 エルドゥ・ファイナス-③
命からがらの思いでようやく王都に帰還したエルドゥは王都外壁部にある貧民街の変わり果てた様子を目にする。声が出なかった。
家屋は破壊され、食品を並べていたリアカーは転倒し食材は辺りに散乱し…
食器のような工芸品を扱っていたであろう民家は潰され、辺りに破片が散らばっている。
「【魔物】が…【魔物】がやってきて辺り一面破壊しつくしていったんだ…ちくしょう!」
生き残った男が途方に暮れている。その男や周りにいた人間はエルドゥを見て、声を荒らげる。
「お前は…スフォンジー森へ行ってる木こり!お前たちが森の【魔物】を刺激したからこうなったんじゃないか!?許さねえぞ!」
突然の言い掛かりにエルドゥは面食らう。
「違うッ…!俺は【魔物】のことなんか触れていない!」
そう言いつつも心の中で違和感があった。
(本当に?あの場で何があったんだ?俺はなにか知っている?)
エルドゥは目の前の男たちの罵詈雑言を吐いているのは分かったが、心の中の疑問で声が入ってこなかった。
「違うッ…!違うんだッ…!」
エルドゥは悲痛の声で、攻め立てる人々から逃れその場から逃げ出すことしか出来なかった。
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その後、王都から追い立てられたエルドゥは街に居場所がなくなり、危険な森で過ごす事を余儀なくされた。
また、追い立てられたのはエルドゥだけでなく…同じ生業をする者たちは揃って街に戻ることは許されなかった。
街に戻れない彼らは…生きるため、強盗や悪事に手を染めなければいけない場面もあった。
結果、森に追い立てられ命を落とす者も少なくなかった。
中には生活に困窮し悪事に手を染めようとしたものの王国兵に捕縛され処刑された者も勿論居た。
エルドゥは持ち前のサバイバル能力を活かし…また同じような状況のレンジャー仲間と力を合わせ、知識を共有し生き抜く事に成功していた。
結果的に街を追い出された彼らレンジャーたちは…「山賊」と呼ばれ、街の人々に略奪を働き恐れられる存在となってしまった。
王国軍が山賊の制圧に乗り出すものの、森が入り組んだ地形では軍も小隊程度の少人数でしか突入ができない。
また危険な生物が跋扈する魔境は…いかに訓練された軍属兵士と言えども容易に立ち入ることの出来ない環境であった。
山賊制圧に乗り込んだつもりが逆に敗走し装備や物資を奪われ敗走する有様であった。
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王都で兵舎から出てきた2人の女性が並んで歩く。
そのうち片方の女性…赤い髪の女性がもう1人の女性に声をかける。
「リヴィ。ようやく小隊長になれたね!初の小隊任務…山賊掃討の任務みたいだね」
リヴィと呼ばれた銀髪の女性が返事を返す。
「そうねラウニィー。ただ、まだ私の小隊は有力な人員が少ない…。オマケにラウニィーは後衛寄りで、私は前衛寄りとはいえ…あと1枚、強力な前衛が欲しいわね。」
「そうだよね~。いかにリヴィとはいえ複数の大柄な山賊。それに地形のアドバンテージも取られてちゃチョットきついかもしれないし~。う~ん。」
銀髪の女性は赤い髪の女性と一緒に思案する。そうしている間に…銀髪の女性の目の前に2メディルを超える大男が現れる。
「オリビア小隊長!今日もオレと手合わせをしてくれないか!?」
彼は同じ王国軍の小隊長だ。ここのところ連日やってきて訓練を申し込んでくる。毎回叩きのめすのだが…倒しても倒しても懲りずにやって来るのだ。
とはいえ、彼は弱くはない。むしろ小隊長としては強力と言える部類に入る上に体格から正にいま求めている前衛人材だ。
「「いいところに来た!(ましたね!)」」
2人の女性の声が重なった。何も連れていく相手は然るべき承認さえ得られれば部下でなくとも良い。小隊長でもいいのだ。
訓練を申し込みに来た大男は、いつも付き合ってあげている!という名目を盾に小隊作戦に同行と協力を求められたのだった。
彼にとって彼女と一緒に戦えるのは、間近で戦いぶりを見れることを意味する。そのため断る理由はなかった。
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遠路旅路をこなしスフォンジーの森の入口へ到着する。
今の天気は晴れているものの少し湿り気を帯びた感じがする空気を銀髪の女性…オリビアは感じた。
「配置はどうする?」
大男の小隊長…サンドがオリビアに声をかける。
「サンド小隊長。先鋒を頼めるかしら。私は次鋒で攻撃を担当する。ラウニィーは中衛で弾幕。小隊員には両翼と後方警戒にあたらせるわ。」
「了解ー!」
「おう。任せろ。」
森に突入した途端、目の前に2メディル程の大柄なカマキリの生物が姿が現れる。マンティスだ。
その大きな鎌は人間が振りかぶる巨大な大剣と同等程度の威力を持つ。
「止める!頼んだ!」
サンドはマンティスの斬撃を受け止める!盾から鈍い音が響く。
即座に後ろから風のように影が飛び出す。その影は瞬きする間に銀の双剣が閃き、さらに切り返し…都合4撃の剣戟をマンティスに見舞う。
マンティスが苦痛の声をあげる間もなく、次は頭と思われる部位に後方から飛来した鉄の矢が貫通し、そして絶命した。
「あっという間だな。」
サンドは今まで自分の強大過ぎるライバルと見ていた女が自分の横で共闘することに…これ以上ない最高の頼もしさを覚え、魂が震えた。
森を進み、敵性生物を排除しながら進んでいくが次第に道は悪路になり、天候も悪化し雨が降り始める。
「天気悪くなって雨が降ってきたね…見つからないし今日は引き返す?」
ラウニィーは疲れを感じ始め、撤収提案を行った。
「そうね、そうし……来たわよ。」
撤収に同意しかけた時、後方に人の影が見える。
「装備と荷物を全部置いていきな。そうすりゃ悪いようにはしねえ。」
そこには大きな戦斧を持った黒髪短髪の壮年男性の姿が見える。
同時に周囲に同じく人間の気配がする。どうやら囲まれたようだ。
オリビアは山賊の男性の様子を見る。身長はサンドほど高くないがそれなりに大柄だ。180ディル程度ありそうだ。
「黙って従う気は無さそうだな…それに女か。チッ。女は特に殺したくねぇな。」
前線のサンドは盾を構え、オリビアも双剣を構える。後方にいるラウニィーは弓を構え、周囲の小隊長も各々の武器を構えた。
「方陣を崩すな。囲まれている。互いにカバーしながら襲撃に対応しろ。中央の弓使い、魔法士に攻撃を通すな。」
山賊たちは周囲の四方八方からオリビア達に踊りかかった!オリビア小隊と山賊の戦いの火蓋が切られた!
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雨が降り注ぐ中、サンドは敵の首魁の山賊の斧撃を盾で受け止める。その一撃の重さにサンドの2メディルを超える巨体でも僅かに押し込まれる。
サンドは壮年の男性の目を見て声を掛けずに居られなかった。
「山賊風情が!やるな!お前を抑えてられるのはオリビアの部隊の中でオレしか居なさそうだな…!」
受け止め頭。逆の手で持った片手剣で切り返し反撃を試みるも山賊は一歩身を引きサンドの反撃を華麗に回避する。
「ハッ。こちとら好きでやってるわけじゃねぇ!俺らをここに追い込んだのはお前らさ!」
再び山賊の首魁は再び斧を振り攻撃を繰り返した。素早い攻撃かつ、なかなかの攻撃力だった。
サンドはその言葉に心当たりは無かった。ただ、この首魁と思われる山賊の男を自分が抑えれれば周囲を制圧してオリビアがすぐに加勢に来る事を毛頭疑ってなかった。
「その話はよくわからんが、こんな状況でなければ詳しく聞いてみたいところだな!それに我らへ火の粉が降りかかるのであれば振り払うまでよ!」
楽な相手ではないと感じたサンドはオリビアの攻撃を受け流す為に開発した技術を解放する。
苦心して習得したサンドの盾における技術…盾に傾斜を付けた魔力を張り、攻撃を受け流す技を使用する。
(これは対オリビア用だったんだがな!)
サンドへの攻撃を滑るように攻撃を受け流され山賊の首魁は体勢を崩し、吐き捨てる。
「グッ…なんだ今のは!」
「今だッ!」
サンドは即座に反撃に移った!山賊の首魁はサンドの反撃の袈裟斬りを受け、着用していた胴鎧が破損する!
「グァァ!」
鎧は破壊され胸に傷を負った山賊の首魁は覚悟を決めたように叫ぶ。
「ここでやられたら仲間を含めてオレたち全滅だ…!全員殺される!やられるわけにはいかねぇんだ!!」
命の危機を強く感じた山賊は、我武者羅にサンドへ向かい突進し渾身の一撃を叩きつける!
「ウォォォォォォォォ!!」
サンドは今までの戦闘のカンから危険な気配を察知した。故に全力の魔力を盾に込めて防御体制を敷く!
突如、大雨の中の空が割れ雷鳴が響き渡り空気を切り裂く!紫電の閃光は山賊の斧と重なり打撃の重さと雷の閃光と2重でサンドを襲う!
(コイツ!?雷魔法使いか!?魔法を使うなんて報告は無かったハズだ!?)
突然の強烈な一撃を推し留めながらサンドは驚きを隠せなかった!
事前の危機察知が功を奏しギリギリ押し留める事に成功した。
(危ねぇ!こんな攻撃、小隊長クラスでも出せるヤツは少ないぞ!?本当にタダの山賊か!?)
その途端、凛とした女の声が戦場に響く!
「そこまで!!!」
山賊の首魁とサンドが周囲の状況を確認すると…オリビアとラウニィーの活躍により周辺の山賊は、完全に制圧されていた。
「これ以上抵抗しないでくれ。結果はもう見えているだろう…これ以上は命を奪わ
ねばならなくなる。」
周辺が静寂に包まれ、雨音と雷鳴だけが木霊する。
「…オレが斧を下ろせば仲間を助けてくれるか?」
山賊の首魁はただ問いかけた。
「今までお前たちがやってきたことがあるだろう。絶対助けると断言はできない。私の力で出来る限り力になろう。」
山賊の首魁は空を仰ぎ…わずかに躊躇いを見せたものの斧を手放し両手を上げた。
「頼む…オレの名前はエルドゥ…今更、弁解の余地もない、だが…オレたちも本当はこんな事したくなかったんだ…。」
山賊の首魁は悲痛な表情を滲ませていた。
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オリビア小隊とサンドにより捕縛され王都へ連行された山賊たちは当然今までの処罰を受けることとなった。
それは本来であれば処刑という重すぎる処遇であった。
ただし山賊行為は行ったものの…
・山賊略奪行為はしたものの、命を奪う一線は超えなかったこと。
・【魔物】の襲撃により原因を擦り付けられ追いやられた背景があったが…そもそも王都に【魔物】が現れたのは彼らが原因とは到底考えられない。(本当に山賊が【魔物】に手を出したならば遠方の王都に戻る間もなく皆殺しにされる)
・最終的には王国軍側の投降要求に応じたこと。
等により…捕縛したオリビア自身の監修の元、彼らは軍属での奉公を行う・給金から被害者に対し弁済を実施することを条件に死罪を免れた。
その結果に至るにはオリビアからの嘆願の効果もあった。
以降、元レンジャー、そして山賊という経歴を経てエルドゥ達はオリビアの小隊員として加入した。
彼らは自らを救ってくれたオリビアを慕い、今まで培った技術を惜しみなく活かし、今までの罪を贖い、そしてオリビアの小隊を盛り上げていったのであった。
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「まぁ、そんな経緯があったのよ。もしオリビアがオレたちを助けてくれてなければ…オレたちは処刑されていたか、森の中で野垂れ死にしていたか、どうなっていただろうな。」
エルドゥは酒を飲みながら語る。
「酒飲みながらじゃねぇと…滅多にお前さんとはこんな話できねぇもんな。」
「今日はこの位でお開きにしておくか。なに?いい話だったって?…ヘッ。普段からそんな素直な事いえばお前さんはもっといい男なのによ。それじゃあな、また今度飲もうぜ!」
エルドゥは同じ隊の碧髪の男と別れ、帰路に着いたのだった。
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