閑話 エルドゥ・ファイナス-①
オレさまはエルドゥ・ファイナス。48歳の男だ。
なに?オレさまの身の上話が聞きたいって?
ハハッ!!そうか、そんなに聞きたいのか。そんなに聞きたいなら仕方ねぇな!ちょっくらオレさまの話してやっか!
…ん?嬉しそうだって?うるせぃやい!んなわきゃねえだろ!
…まあ、なんだ。せっかくこうやってお前さんと二人でゆっくり酒を飲んでるんだ。
こんなこと初めてじゃねぇか?時間はたっぷりとある。酒の肴ついでに聞いてくれよ。
そうだな。オレには嫁と娘が居たんだ。
ん?おいおい、いきなりそんなしんみりした顔をするなよ。居た、とはいっても死んだわけじゃあねぇぜ!オレが甲斐性なくて見限られて出ていっちまっただけだ!ガッハッハッハ!
…まあ、どこにいるかも判らないから、会えないという意味では近いかもしれんがな。
娘は今ごろ生きていたらウチの隊長と同じくらいの年だろうな。
ん?だから娘に面影重ねて隊長のこと守ってやりたいって思ってるかって?
違う違う!むしろオレさまのほうが守られたんだぜ。情けねえ話だけどな。まあ、この命含め返しきれねえ恩を受けたって意味では間違っちゃいない。
だから隊長に対してオレさまにできること、力になれる事ならやってやりたいって思うけどな!まあ、あの隊長はべらぼうに強ぇしそんな必要は今までなかったし此れからもなさそうだがな!せいぜい隊長の下で楽させてもらうんだぜ!ガッハッハ!
よし決めた。今晩はオレさまがこのエルフォード隊にきた経緯をお前さんに話してやるぜ。
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王都から出て遥か遠くにいくと少しづつ地形が険しくなっていき、険しい森と山があるのは知っているよな?
王都の人間なら…みんな知っているスフォンジー森林地帯のことだ。
なぜ有名か、という理由は子供なら親からみんな言われる話があまりにも有名だからだな。
そうそう!それそれ!
「いい子にしていて夜はちゃんと寝ないと、スフォンジー森のエルフに拐われて凶暴な魔物の餌にされちゃうぞ」っていう子供を怖がらせる話だな。
お前さんも知っている通り、あれは半分正解で半分嘘なんだよな。
知っての通りスフォンジー森には【魔物】がいる。
実際に見た者は大勢いるからな。オレさまもそのうちの一人だ。
【魔物】はお前も知っている通り人間の力や魔力では到底、歯が立たない強大な存在だ。遭遇して敵意を向けられたら逃げるしかない。
それが【魔物】と呼ばれる所以だしな。まあ【魔物】まで行かなくても普通に危険な生物はゴロゴロいるぜ。人を襲う狼の生物-ヴォルフとか、カマキリの生物-マンティスとかな。
ただ【エルフ】は居ないぜ。
…なんで言い切れるかって?
そりゃあ、オレさまはあのスフォンジーの森で【レンジャー】をやってたからな!そのオレが見たことない。っていうから居ないんだぜ。
ん?【レンジャー】って何かって?
おう、説明してやるぜ。
スフォンジーの森に分け入って希少な木材を採取したり、食べられる山菜や茸、森の果物や薬草を採取し人類に貢献する森のスペシャリストのことよ!
どうだ!格好いいだろ!?
え?それって只の木こりじゃないかって?……痛いところ突くじゃねぇか!
わかってねぇなぁ!オレさまはだな。その辺の木こりとは違うんだぜ。そもそも他の木こりと呼ばれるヤツらは遠方、かつ、危険なスフォンジーの森まで入ってくることはない。
せいぜい王都の近くの安全な林で木を集めてハイ終わり。だ。なんせスフォンジーの森まで、歩くと片道7日程度は必要な距離があるんだ。一度行ったら1ヶ月程度は帰って来れねえ。
木こりみたいなチャチな仕事してるわけじゃあねぇからオレさまは【レンジャー】を名乗っているのさ!
…危険極まりないスフォンジーの森に入るのには理由があるんだ。あの森には【魔物】がいる。
それが理由かどうかまでは判らねぇが、あの森には有用な資源がゴマンとあるんだ。
ただの薬草一つとっても効能が段違いだ。そんな質の良いモン、商業ギルドに卸せば幾らでも買い手がつくんだよ。
そして果物や山菜、茸などの食材も味や栄養価は高く、大きさもデカい。
まあ、知ってる人は知ってるっていう話だな。勿論木こり連中も知ってるやつもちょいちょい居る。
……だが、なにせとにかく危険だ。
そもそも森に立ち入ること自体、推奨されてすらぁいねえ。
第一、命あっての物種だ。命を賭けるリスクを負ってまでスフォンジーの森に入るやつぁは滅多に居ねえ。なら近辺で木を切ってるだけでも生活するのに十分な金は入るのさ。
そのリスクを理解した上で正しい知識で森に分け入り、危険を回避しながら森の恵みを分てもらうのがオレさまたち【レンジャー】なんだぜ。どうだ?改めて聞くがカッコいいだろぅ?
オレさまと一緒にエルフォード隊に来てエルドゥ隊にいる古参の奴ら、そいつ等はオレさまと同じ元【レンジャー】
行軍に関するスキルも高いから奴らは伊達にウチの精鋭…エース張ってるのは伊達じゃないんだぜ?
索敵能力・危険察知能力は勿論のこと、道なき道を進んだり中隊の斥候をこなすのもなんでもござれ!ってんだ。
サンドのヤツらのとこほどガチンコ対決に強いわけじゃあないけど、トリッキーな戦いや先発切り込み隊、遊撃行動など扱いやすさと機動力にかけちゃあアイツらより数段上に立つ自信があるぜ!
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時は遡り、エルドゥが単身でレンジャーとして活動する頃に遡る。
エルドゥは今、スフォンジー森の樹上の太枝で猟弓を手繰りながら息を殺していた。狙う先にいるのは泉で水を飲んでいる動物。
小さな音を立てて猟弓を放った。見事、狙った獲物にヒットし絶命させる。
(よし!やったぜ!コレで今回の遠征の収穫はヒールハーブが3束、踊り茸が2ブロック、グリーンアップルが5個にフォレストボアが1頭。上々だ!)
即座にエルドゥは辺りを警戒しながら仕留めた獲物を血抜き作業、素早く解体する。熟練の技で素早い作業であった。見知った場所とはいえ本来は危険な場所なので長居はするつもりはない。
エルドゥが今回のスフォンジーの森の遠征で仕入れたもの…ヒールハーブはポーションという薬品の材料になる。
そしてスフォンジー森のハーブは特に最高級と言われる。スフォンジー森のヒールハーブは出回らないために高額がつく。
なんでもこのハーブを用いて造られたポーションは貴族や重要性が高い人物のために貯蔵。利用されると聞いたことがある。
また滋養に富んでいるため…例えば体調が悪いときにそのまま食しても回復が明らかに早くなったり、傷の治りが早くなることはエルドゥ自身、実は身を持って体験している。
踊り茸は塩焼きにして食べると味も香りも最高で非常に美味だ。また酒にも合う。エルドゥは酒が好きなため、馴染みの店へ行った時に踊り茸を渡し、その店にいるマスターと一緒に楽しむのがとても好きだった。
美味い飯と酒は場を和ませてくれる。彼はその空気が好きだった。
またこの食材もヒールハーブと同様に高価だが、エルドゥは踊り茸は売ることはしていなかった。
グリーンアップルは森にしか自生しない果実で極めて甘い食材だ。また甘いだけでなく非常にさっぱりした味わいもあり、誰もが皆欲しがる食材だ。高価であり食べられる人間は限られる。
特に貴族の令嬢には際立って人気がある。これを食事会で提供できるのがステータスとなるほどだ。エルドゥは甘い物にそれほど興味はなかったため…基本は商業ギルドに卸していた。それ以外では彼が時折足を運ぶ娼館の女に差し入れたりする程度だった。
最後にフォレストボア、猪形の生物で成体になると人を襲い危険な生物だ。ただし幼体の場合は人の気配を感じるとすぐに逃げ出すため、捕らえられるレンジャーはごく僅かだ。成体は身が固くそれほど美味ではないが幼体だと程良い弾力でこれがまた旨い。
(今日は踊り茸取れたし、マスターの店で調理してもらって食わせて貰おう!楽しみだぜ。)
エルドゥは今日の成果を心の中で喜びつつ、王都へ戻った。
エルドゥは王都の外の貧民街、そして王都の門を抜け王都内へ立ち入り商業ギルドの扉を押し開ける
カラン、カラン。
扉に備え付けられたベルが綺麗な音を立てる。
「あ、エルドゥさん。こんばんは。1ヶ月振りですね。今日王都へおかえりですか?今回は良いものが取れました?」
商業ギルドの受付嬢がエルドゥを笑顔で迎える。
「ああ、今回は大漁だぜ!買取を頼む。確認してくれ」
エルドゥは背嚢から踊り茸以外の成果を机に並べる。
「グリーンアップルが5つ、ヒールハーブが3束、え!これフォレストボアの幼体じゃないですか!よくもまあ捕獲できましたね!ボア以外もこんなにたくさん!これ全て買取で良いですか?」
受付嬢は品物を鑑定しながら驚きの声を上げる。
「ガッハッハ!すげえだろう!グリーンアップルは一個だけ残して全て買取で頼む。そしてこの残ったグリーンアップルは世話になってる君にあげよう。」
受付嬢はまたも驚きの声を上げる。次の驚きの声は喜びの声も多分に混じっていた。
「きゃーーー!いいんですか!?エルドゥさん本当にありがとう!」
エルドゥは普段から手に入れてきた成果を身の回りの人間に分け与えていた。妻や娘が自分の元を離れてから過分な金は必要とせず、ただ自分が生きて自分が食べたい、飲みたい物を得られるだけで良かった。彼は今の生活に大いに満足していた。
「よし、久々に王都へ戻りひと仕事も終えたことだ…今日はマスターの店に飲みにいくか!」
この世界は資源に乏しい、それこそ貧民街であれば食べるのに困るものが多数居る程に。当然、酒など飲める者は少数だ。それゆえ王都の中でも酒が飲める施設は極少数だった。
カラン、カラン。
王都の貴族街のほど近くにある店へ入店する。
「エルドゥさんじゃないか。久しぶりだね!いらっしゃい!今日帰ったのかい?」
メガネをかけた壮年の店の主人がエルドゥを温厚な笑顔で迎える。馴染みの店に入ったエルドゥはバーカウンターに腰掛け、店の主人に笑顔で声を掛けた。
「やあマスター!いつものエールを頼むよ!」
店の主人は人の良い笑顔で承諾し、透明なグラスになみなみと注がれた金色のエール、そして小皿に入ったナッツをエルドゥに差し出す。
この【グラス】という物体も鉱山から取れた【石灰岩】という物質を工房で加熱して作っているらしい。初めてこの透明な【グラス】に注がれたエールの美しさをこの店で見た時は心から驚いたものだ。
エルドゥは喉を鳴らし一気にエールを煽る。喉に強烈な快感が走る。同時にバーカウンターから少し離れた場所では妙齢の婦人が何かの楽器を演奏している音色が心に響く。ああ。最高だ。全てが心地がいい。
「くぅーーー、最高だなぁ!マスターのエール、そしてこの店は!」
一緒に配膳されたナッツをつまみ、無造作に口に放り込む。塩気がエールとマッチしている。学が無いのであの婦人が奏でている楽器が何かは判らないが素敵な旋律だ。バックグラウンドミュージックも最高だ。
「そう言って頂けて嬉しいですよエルドゥさん。」
人の良さそうなマスターの瞳がメガネ越しに見える。
「そうだコレ、マスター、また踊り茸取れたんだ。また調理してくれないだろうか?今回は2ブロック取れたから、1つ調理してくれたらもう1つの残りは店で好きに使ってくれていいからさ。」
店に持ってきた、保冷魔法を付与された背嚢から踊り茸をマスターへ差し出す。
マスターは踊り茸を手に取り、興味深い表情でじっと見つめて触り出す。
「えっ。また取れたんですか…エルドゥさん。しかも今回は2ブロックも…確かにこれは前と同じく踊り茸ですね…でも、そんな破格な申し出いいんですか?これ1つ売れば暫く生活困らないほどですよ?」
マスターはさすがに悪いと思ったのか、遠慮がちに言った。
「いつもオレさまが持ち込んだ食材を調理してくれるじゃないか。こっちこそいつも悪いなぁって思ってたんだ。マスターが世話になっている別の客とか、マスターが好きな人に振る舞ってくれよ!」
この店のマスターは元々は王宮の調理場出身だ。故に珍しい食材に目が無い。それをマスターから聞いたエルドゥは、自身がレンジャーをやっていることをマスターに話し、そういった食材を見つけたら食材を分けるのを条件に調理して食べさせてくれないか?と頼んだところから出来た関係であった。
マスターは微笑みながらエルドゥに返す。
「いつも本当にありがとうエルドゥさん。そのエールは私の奢りにさせて貰うよ。これから焼く踊り茸も期待しててくれ。」
エルドゥはその日の晩、大いに酒と森の恵みとマスターの料理を楽しみ、明日への活力を漲らせた。
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