第十四話 電光石火

 「動いたのはいいものの、どうする? 具体的なプランを教えて、リヴィ」


 ラウニィーの声は落ち着いていたが、その奥には焦りが垣間見えた。周囲の視線が集まり、砂埃が足元で揺れる。


 オリビアは短く息を吸い、視線を地図に落とす。

 

 既に構想は固まっている。迷いはない。


 「三つの小隊と、私の隊はそれぞれ別々に動く。私は飛空艦の処にいるマイケル大隊長、それから中隊筆頭のグレンヴァルド中隊長を叩く」


 火を囲む小さな陣幕の中に、緊張が走る。

 

 ラウニィー、サンド、エルドゥがそれぞれ息を呑み、オリビアの言葉を待つ。


 「3隊はそれぞれ各中隊を足止め、可能なら中隊長を無力化して。中隊長さえ落とせば、組織は動きを止める。それと……飛空艦の動力の正体が明らかになれば味方になる者もいるかもしれない。飛空艦の実態も流布して」


 静寂。焚き火の爆ぜる音がひとつ。

 

 今回のミッションは大隊ごと動くミッションだ。


 オリビアは指先で地図の砂を払う。視線の先には王国軍大隊の二列縦隊。


 その布陣を見つめながら、心の中で戦況を素早く組み立てていく。


 「大隊は二列縦隊で進軍中。ここは前列右翼だから、前列左翼のアーヴァイン中隊はサンド、後列右翼のバーソロミュー中隊はエルドゥ、後方左翼にいるエルンスト中隊にはラウニィー。あなたたちに任せる」


 「了解」


 三人の声が重なった瞬間、陣内の空気が締まる。


 それだけでオリビアは、すでに勝利の輪郭を掴んでいた。


 「ヴィンス、ダナンの部隊から来た兵の配置はどうする?」


 サンドの問いに、オリビアは即答した。ヴィンスとダナンの二人は王国軍に残ることを選んだが、彼らの部下の半数以上はオリビアに従っていた。

 

 オリビアが推測していた以上の人数だった。


 飛空艦の燃料として積まれていたーーその非道を、彼らは共に目の当たりにしていた。


 「元ダナン隊は回復を使えるメンバーが多い。半数ずつサンド、エルドゥ部隊に編入。魔法や遠距離に秀でた元ヴィンス隊はラウニィー部隊に編入。いいわね?」


 その場の誰も、異を唱えず全員が静かに頷いていた。


 指示は鋭く、明確で、無駄がない。彼女の言葉に迷いがないことを全員が感じとっていた。


 「王国はまだ、私たちの蜂起に気づいていない。ラウニィー、あなたが一番遠い。先に動いて」


 「了解。背面を取るまで30ミニ」


 「上出来。サンド、エルドゥ、あなたたちは30ミニ後に接触」


 「タイミングを誤らない事。危険な場合は即撤退。最大の障害は飛空艦だけど、私が近隣に展開する目標を制圧次第、風魔法で合図を送る。万一の時はD-6地点で落ち合いましょう」


 「了解!」


 三人の声が一斉に響いた。


 その瞬間、オリビアの胸の奥で、何かが静かに燃え上がった。


 ーーこの戦いで、誰も失わせはしない。


 その誓いを胸の奥に沈めながら、彼女は風の向きを確かめた。


 旗がたなびく。


 夜が割れる音を合図に、三隊が闇へと散っていった。


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エルドゥ視点


 ーー30ミニ経過。


 鬱蒼とした森の中、湿った土を踏みしめながらエルドゥ小隊は進んでいた。


 背後には十数名の部下。鎧の擦れる音すら息を潜める。


 彼らの目的はただ一つ。バーソロミュー中隊長を制圧し、右翼の足を止めることだ。


 「伝令!伝令!バーソロミュー中隊長に伝令だ!通してくれ!」


 エルドゥは堂々と駆け込み、衛兵たちを押しのける。


 周囲の兵が一斉に振り返り、驚きと警戒の色を見せた。


 ロバーツ・バーソロミュー中隊長。銀のエストックを振るう刺突剣の達人ーー嫌というほど噂で聞いてきた。


 準貴族出身で己の血筋と腕に自信があり、プライドの高い上昇思考のある男であった。オリビアのような成り上がりを、心底見下している男だった。


 駆けつけたエルドゥはロバーツの元へ到着し進言する。


 「バーソロミュー中隊長サマ!エルフォード隊より伝令でございますです!」


 エルドゥは学がなく敬語が苦手だ。変な言葉遣いに部下が頬をゆるめていたがエルドゥは気にしていなかった。


 「エルフォード中隊の伝令だと? ほう…。あの小娘の下僕風情が、何の用だ?」


 その声音に、あからさまな嘲りが滲む。


 だがエルドゥは怯まない。むしろ、口の端がにやりと上がった。


 「飛空艦の燃料にされているのは、無抵抗な民だ。 ……あんたの部下の家族かもしれねえ。止める気はねぇのか?」


 エルドゥはロバーツへ言葉を投げた。沈黙が落ちた。


 周りの兵達はざわつく。顔色を変えた者もいる。


 それを見て、エルドゥの胸に確信が灯ったーーこの言葉は届いている。


 だが、ロバーツの返答は冷ややかだった。


 「…くだらん。貧民どもなど、燃やされて当然だ」


 その瞬間、空気が爆ぜた。


 銀のエストックが抜かれ、月光を反射して閃く。


 挑発ではない。殺意だ。当然、交渉の決裂を意味した。


 「ハッ。そうくると思ったぜぇ!このゲス野郎が!必ずそうなると思ったぜ!ロバーツ!ウチのお優しい隊長サマはとりあえず協力を依頼しろと言ったのでな!」


 対するエルドゥも銀の戦斧を構え、銀のグリーブに雷を纏わせロバーツ・バーソロミューへ飛び掛かり戦斧を振り落とした!


 「甘い!ヌシの遅くて鈍い斧なんぞワシに届くと思うたか!」


 ロバーツはエストックに魔力を纏わせ、迫る戦斧を弾いた。


 「遅い?鈍い?じゃあ試してみるんだな!」


 エルドゥは息を吐き、銀の戦斧を両手で締め上げた。


 (隊長、あんたの信念……オレさまが証明する!)


 筋が浮き、掌が熱を帯びる。魔力は指先から柄へ、柄から刃へと伝わり、銀の刃の表面を紫電が飛び散る。


 「喰らいやがれ!ライトニングスマッシュ!!」


 雷鳴が森を裂いた!閃光が木々を白く染め、視界が一瞬消えた。


 ロバーツの瞳が驚愕に見開かれる、空気が一拍遅れて裂け彼の肩が一瞬で強張った。反射的に魔力を集め、銀のエストックの腹で受け止めにかかる。


 「グッ…!!」


 まるで落雷が落ちたかのような閃光と衝撃、爆音が響き渡った!


 「ぬ、ぅぐあぁ!!!」


 衝撃が弾け、光が目を焼くかのようだった。耳鳴りが始まり、周囲の声は遠のく。ロバーツの銀エストックは黒いひびを生み出した後に粉砕。


 ロバーツの体は衝撃で勢いよく宙を舞う。そして大木に激突し、鈍い衝撃とともに粉塵が竜巻のように舞った。


 誰も声を出せないーーただ粉塵の落ちる音だけが遅れて届いた。


 巻き起こった粉塵が収まって視界が見えたとき、ロバーツ・バーソロミューは白目を剥き失神していた。


 「お前らの大将。ロバーツ・バーソロミューは戦闘不能だ!あの飛空艦を飛ばすのに、もしかしたらお前等の家族や子供の命が燃やされてるかもしれねえ!止めたい奴はオレについてこい! 邪魔をするやつは容赦しねぇ!」


 エルドゥ配下の兵士達から大きな歓声が上がった!


 そして僅か2合で決着したエルドゥとバーソロミューの闘いを見た、バーソロミュー配下の兵士は呆然としていた。


 兵士たちは互いの顔を見合い、やがてーー一人、また一人と武器を下ろした。


 その刃先が地面に落ちる音が、妙に大きく響いた。

 

 エルドゥは空を仰いだ。


 雲間から月光が差し込み、粉塵を照らしていた。

 

 (隊長……オレの雷、届いただろ? こっちは片付いたぜ。)

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