第十一話 銀に惹かれし雷閃
これは、オリビアの部隊が’’豪剣グレイル’’の守護する砦を攻略するより少し前ーー
飛空艦’’クロノス号’’がまだ空を支配していた頃の話である。
「なに?朕の指示なしに’’雷閃のリュカ’’が出撃したと?」
重厚な玉座の間
ブラックモア帝国の皇帝グラナヴァルドは、近衛兵の報告に眉をひそめた。
「はっ…左様でございます! 王国軍前線の巡回、ならびに味方部隊の鼓舞に向かうと……副長殿より報告が」
朕はその報告に違和感しか感じなかった。
「ふむ。鼓舞、ね。あやつにそんな殊勝な趣味があるものか」
グラナヴァルドは重くため息をつき、玉座に背を預けた。
紫の髪、双剣を好んで使う戦闘狂。
’’雷閃のリュカ’’ーー帝国親衛隊の一角、’’雷閃師団’’の隊長。その名を知らぬ帝国民はいない。
「どうせ’’強い相手’’でも見つけたのだろう。最近、王国軍に’’銀の戦乙女’’と呼ばれる将がいると聞く。若い女だとか。」
「はっ、25歳にして中隊長。飛空艦を三度も撃墜したとの報告がーー」
「……ほう」
皇帝の唇がわずかに笑みを浮かべた。
「ならば、あやつが興味を持たぬはずがないな」
玉座の脇に立つ文官が一歩前へ進み出て、リュカの経歴を読み上げる。
だが、皇帝の脳裏にはもう既にその姿が鮮明に浮かんでいた。
ーー紫髪の男。
かつては帝国に抗い、
帝国と覇を競いながら、先頭で雷を纏って戦場を駆け抜けた男。
「我の下へこい。忠を誓うならば、その国も守ってやろう」
あの日の言葉を、グラナヴァルドは今も忘れていない。
リュカは長く沈黙したのち、静かに双剣を地に突き立てた。
「俺の奉公で国と部下が守れるのであれば……是非もない。ただし、強い相手と戦う自由はもらう」
その無謀な条件を、皇帝は笑って受け入れた。
ーーそれほどまでに、その力が欲しかった。
親衛隊とは、本来’’皇帝を護る盾’’である。だがリュカはその枠に収まらなかった。
彼の雷閃師団は’’皇帝の矛"として恐れられ、敵陣を突き破る最前線に立ち続けた。
「護る者が、攻めを好むとはな……」
皇帝は小さく呟き、再び天井を仰いだ。
その目は、遠い雷雲の彼方を見ている。
「放っておけ。いずれ戻ってくる。……もし’’銀の戦乙女’’が噂通りならば、面白いものが見られるだろう」
窓の外、稲光が一閃した。
轟音が宮殿を揺らす。
その紫電はまるでリュカの髪色のような、雷鳴だった。
♢
本来ならば皇帝の護衛を専任とする立場でありながら帝国新鋭隊長’’雷閃のリュカ’’は戦場に出たがる奇特な親衛隊長であった。
そんな彼の耳に、ある日ひとつの噂が届く。
ーー’’銀の戦乙女’’。
王国軍の若き女将。年わずか25にして王国中隊を率い、帝国の飛空艦を撃墜し続けているという。
「中隊規模で飛空艦を沈める?……冗談だろう」
リュカは紅茶を飲みながら、手元の報告書を何度も読み返した。
【帝国艦’’ヘイムダル号’’王国軍中隊長’’銀の戦乙女’’の手により沈黙】
その報告書を見た瞬間、彼の瞳に薄い光が宿る。
帝国軍の飛空艦は《神の名》を付けられるほど強大な戦力だ。
(’’ヘイムダル号’’の撃破か、あれを止められる者がいるとは、面白い。)
---噂を裏付けるかのように、次々と似た報告書が届いている。
二隻目、三隻目。軌跡を辿れば、どれも同じ方角へと進んでいるように見えた。
リュカは部下の男性戦術士官と地図を覗き込み、指先で三つの印を結ぶ。
「……なるほどな。狙いはこのミスリラ鉱山地帯かもしれん」
士官が息を呑む。
「そ、そこは’’剛剣’’グレイル子爵の守る砦です。通常の中隊では到底――」
「通常なら、な」
短く言い捨てると、リュカは腰に差した愛用のミスリル聖銀製の双剣を手に取った。
薄く蒼い刀身が、窓から差し込む光を弾く。
刀身に写る彼の口元には、戦の予感に似た笑みが浮かんでいた
(銀の戦乙女か。どんな斬撃を見せる? 確かめてみたい。)
その瞬間、リュカの意識の外から柔らかな声が聞こえる。若い女の声だ。
「フフ……やっぱり行く気なのね。隊長サマ」
振り返ると、銀の長椅子に腰掛ける女から突如として声が掛かる。
つい先程まで、その声の主の女は細い指先に金の装飾が凝らされた魔法書を持って読み耽っていた。
こちらを一瞥もせずパタンと本を閉じ机に置く。人の耳の形とは少々異なる尖った耳が見える。副官のシェリルだ。
「皇帝サマへの言い訳は……’’巡回’’かしら? それとも’’前線の鼓舞’’?」
銀の長椅子からシェリルは立ち上がる。金髪金眼でとても麗しいエルフ族。その外見は男なら誰でも振り返る程の絶世の美女。ただし、その女の心の内は非常にドス黒く読めない。
この無礼な女はいつも魔法書に夢中になっている。リュカが帝国の親衛隊長に任命されてから、雷閃師団の副長へ編入された女だ。
いつも魔法書の虫になってるので、横でしていたリュカ達の会話をまるで聞いちゃいないと彼は思っていた。
だが、今回は聞いていたようだ。これは話が早い。
「好きに呼べばいい。どうせ、お前は止めないだろう」
彼女は、その豊満な双丘の谷間が見える漆黒のドレスローブを纏っている。ドレスローブに散りばめられた宝石が、彼女の妖しい笑顔のように、部屋の照明の光を受け怪しく煌めいた。
「隊長サマの命令だもの。当たり前じゃない。むしろ応援してあげるわ」
彼女の微笑みはとても美しい。けれど、どことなく不穏さが拭えない。
「けれど…お土産が欲しいわね」
「お土産?」
「そうねぇ…どこぞの親衛隊長サマがご執心になっている’’王国軍の女中隊長’’が欲しいわ…とても綺麗な魔力を持っているそうよ。生きたままハラを切り裂いてその魔力の色、見てみたいわぁ…綺麗でしょうね♬」
彼女は恍惚な表情を浮かべる傍ら、戦術士官が青ざめる気配を感じた。
「……相手の力量が未知数だ。故に捕らえられるかはわからん」
リュカは目の前の副官である女に冷静に返答する。
「ひどいわ…隊長サマ。せっかく’’可愛い部下’’がお願いしてるのに」
シェリルはピンクの唇を尖らせ、わざとらしく涙を浮かべる。だが次の瞬間、その表情は嗜虐的な笑みに変わった。
「ま、その女中隊長さんに返り討ちにされて隊長サマ殺されちゃったほうが私は都合いいんだけどね…。そうすれば私が隊長サマね♬」
目の前に隊長本人が居る。
なのにも関わらず常軌を逸する発言を繰り返す狂ったこの女。
(……やれやれ。)
この副官である魔法士の女の発言や性格は最悪かつ、そして存在そのものが危険だとリュカは感じていた。
先程のように自分の席や命を狙う発言を度々口にする。しかし本気で行動に移す様子や気配は今の所全くみられない。完全な冗談とも思えず、この上なくめんどくさい女だ。
しかしながら親衛隊の副長になる程の人物なので当然、有能なのだ。
「早く帰ってきてねぇ隊長サマぁ。早くしないと’’王国の可愛いヴァルキリーちゃん’’、呪い殺しちゃう」
「あ、呪い殺したら、切り裂けないわね…そうだ!隊長サマが共和国から連れてきた他の部下ちゃん等を殺し回っちゃうかも」
リュカは出身の共和国。同じ共和国の時から一緒に戦っていた仲間や部下には他ならぬ思い入れをもっている。人情はあるのだ。
リュカは無言でその気配を圧した。殺意が空気に滲む。
シェリルは一瞬だけ肩をすくめる。そして花のような笑顔になる。
「ジョーダンよ。怒らないで。でも早く帰ってきてねぇ」
「……シェリル」
「なぁに?」
「お前は帝都と皇帝を守れ。それが命令だ」
「了解、隊長サマ」
ケロリと返すと、彼女は銀の長椅子に腰掛け、まるで何事もなかったかのように魔法書の続きを読み始めた。
リュカは短く息を吐き、踵を返す。
(’’銀の戦乙女’’……本当にその名に値するか、見せてもらおう。)
親衛艦’’インドラ号’’は静かにオリビアの下へ向かって出撃した。
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【TIPS】
飛空艦’’ヘイムダル号’’---ヘイムダル神
王国軍が初めて撃墜に成功した帝国飛空艦。オリビア中隊が撃墜に成功する。
ヘイムダル神は角笛ギャラルホルンを持ち、その角笛を吹き鳴らし’’ラグナロク’’の開戦を告げる神
’’雷閃師団のリュカ’’
ミスリル聖銀製の双剣を獲物とする親衛隊長。
雷に適性があり上位の雷光魔法も使用が可能。
強い相手と戦うことが何より好き。本当はつまらない親衛隊長ではなく前線で戦いたいと思っている。
何考えているか全く判らない副官のシェリルが苦手。
’’副官シェリル’’
エルフ族。金髪金目の女魔法士。突如として帝国に現れ親衛隊の副官へ上り詰めた。
リュカの副官だが上官や帝国に対して忠誠心は全く無い。
強い魔法適性のあるオリビアに対して魔法の実験材料、サンプルとして興味を持っている。
残虐かつ危険な性格。
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