閑話 サンド編・中編
サンドは来る日も来る日も。季節が何度変わっても鉱山で働き続けた。
働き初めの年齢の頃は肉体的に大きく、強いといえた彼の身体といえども本来の就労年齢に達していないサンドには鉱山の仕事は過酷といえる環境であった。
しかし彼は持ち前の体力と力、そして家族を守るという強靭な精神力により鉱山内の力仕事を誰よりも真面目にこなした。
彼はメキメキ成長していき、周囲の鉱山仕事仲間の信頼を獲得していくのは自然なことであった。
そしてある日、彼はいつも通り鉱山でツルハシを両手に掘削作業を行っていた時である。
力強く岩盤を叩いた際、不意にいつもと違う感覚があることに気がついた。
「ん?なんだ?またツルハシ壊れそうになっているのか?予備取りに行くの面倒だな…」
サンドは怪訝な顔をしてツルハシの状況を確認するため、持ち手部分と先端部分を綿密に調べる。
サンドほどの体格に恵まれた男がツルハシを使うと、サンドではなく道具…ツルハシの方が早々にガタがきてしまう。
壊してしまったツルハシの数は、もう覚えてすらいない。
「いや?違う?このツルハシは至って正常だ。なんだ?」
今まで感じたことのない不気味な違和感が拭えず、疑問を感じながらツルハシを再度岩盤へ叩きつけた時だった。
岩盤から激しい音が鳴る!
硬い岩盤がいつもより明らかに簡単に破壊することができた。岩盤から鉱石が散らばる。
「な!なんだこれ!?今、岩盤のどのポイントを、どの角度で、どの程度の力を入れたいいのか…全てが頭の中に流れ込んできたような気配は!?この岩盤はこんなすぐ壊せなかったはずだが…」
同様に他の箇所の岩盤を叩いてみると、先ほど同様に頭の中へ明確なイメージが広がる。
理由や原因、なぜこうなったのか等の思い当たる内容は一切ない。
しかしながら採掘に対して深い知識やコツを得て、思考がクリアになった感覚は強く心の中に残って今も心の中を照らしているようなイメージがあった。
「サンド、どうしたんじゃ?へんな表情をして。腰でも悪くしたのか?」
現場責任者の年配男性がサンドの近くにやってきた。
「親方!いえ…腰は平気です…それが何とも言えない妙な感覚が急に湧き上がり、その後から岩盤の様子が手に取るようにわかる気がするんです」
「例えば何処を叩けば効果的とか」
サンドは戸惑いながら現場責任者である、親方に説明する。
「ふむ…サンド、お前、【覚醒】したのじゃな。おめでとう」
「覚醒?ですか?」
親方曰く、その属性に近しい環境に身を委ね続けたり触れ続けたりすると【隠れ持っていた適正】に目覚めることがあるという。それを【覚醒】と呼んでいると説明してくれた。
「ここは見ての通り、鉱山だ。すなわち土の中と同義。なので極稀にお前のようなやつが出てくるんじゃよ。お前には【土の属性】に適正があったようじゃな。まあここは蒸し暑いので【火の属性】に覚醒するものもいたのう」
初めて聞く話であった。
「ここは土の宝庫じゃ、お前の目覚めたばかりの力をどのように活用できるか仕事をしながら試してみるとどうじゃ?」
確かに意識をすると今まで【石】や【岩】としか思っていなかったものが…明確に違う存在に見えた。
これは鉄鉱石…そしてあれは…銅も含まれる…奥に転がっている石、あれは希少な銀も入っている。
その日からサンドの仕事に対する目線や物に対する意識が変わっていった。
また魔力の原理も理解していき、魔力をツルハシに纏うといつもよりツルハシが壊れにくくなり仕事がより円滑に進んだのは言うまでもない。
♢
しばらく【土の属性】を修練した後、硬い鉱石だけでなく柔軟な素材もあることにサンドは気がついた。
【粘土】である。粘り気があり指で押して形を整えることができ、また親方によると工房で高熱を加えると固まる性質もある。家財・生活道具として活用できるという。
【陶芸】という技術だそうだ。
サンドは自身の給金の一部を工房へ払い、色々な形にした複数の粘土を加熱してもらった。
【陶芸】にチャレンジしてみたのである。
理由は【陶芸】をすることによりできた品が妹のクレリアの生活に役に立つと思った一心である。
最初は失敗してしまい…脆い品ができ、すぐに破損したりした。
しかし懲りずに続けていき、成功した粘土細工の品はサンドとクレリアの生活を豊かにした。
その頃にはクレリアの身体の調子はどんどんよくなっており、外を出歩くまでには至らぬが普通に生活できる水準となってきていた。
クレリアはサンドが作った粘土細工の品の余りを家の前で売り出し、銅貨や食料と交換することを考案した。
実際に実行し、僅かながらであるがクレリアが自分で出来ることを見つけ、実行したことにサンドは喜びを隠せなかった。
更に時が経てサンドは筋骨隆々の立派な青年となった。
鉱山で働き、生きるため培わざるを得なかった肉体は素晴らしい成長を遂げた。
筋骨隆々で背丈は山の如し。その長身は200ディルを超えた。(1メディル=100ディル)
元々荒くれが多い鉱山であったため、サンドは様々な相手から因縁を付けられた。
だがサンドは持ち前の力強さで難癖つけてくる同僚の鉱夫を歳上、歳下年齢を問わず力尽くで全て制圧し尽くした。
向かってくる相手には容赦しないサンドであったが、サンドは元来温厚であり仲間想い、思慮深い性格でもあった。
そのため斃した相手であっても敬意を払うため結果的に相手が心服し、後腐れない形でサンドと交流を持つことになる。
また、たまに鉱山へサンドの弁当を届けに妹のクレリアが現れることがあった。
屈強な鉱山男たちから見ると…華奢で保護欲を掻き立てられるルックス、そして更に家庭的なクレリアに対して思うところが出てこない訳がない。
そんなクレリアに対し愛の言葉を囁く鉱夫は1人や2人では無かったが…全員漏れなくサンドに叩き潰されていった光景は最早。サンドの上司である親方の酒の肴以外の何物でもなかった。
ただ、サンドが命懸けで働きようやく築いた平和な日常も永くは続かなかった。
とある日、鉱山に移動中…貧民街に兵隊が多く歩いているのに気が付く。
たまたま通りがかった民家の前で兵士が少女と話をしている。民家にいる銀髪の少女…歳は自分の妹であるクレリアとそう変わらないように見える。
兵士は彼女へ何かの木箱と紙切れを手渡しているシーンを歩きざま目撃する。
その時の銀髪の少女の表情は呆然とした表情で膝をついた。自身の全てをまるで喪ったような絶望感を感じ…サンドは目を逸らしてしまった。
(クレリアと同じくらいの歳か?恐らく戦争で親しい家族を喪ったのだろう…気の毒に…)
サンドは鉱山で働く必須人員と看做されていたが理由に、徴発を免れていた。
妹と離れることが無いため好都合だとサンド自身は思っていたが…。
(オレが行かなかったから、あの銀髪の少女の家族は…オレの代わりに死んだのかもしれない)
その場を離れたあとサンドは自身の罪悪感からその銀髪の少女の顔を見ていられず、すぐに目を逸らした。
(だが…オレはクレリアの傍から離れる訳にはいかない。オレにもああいった少女を護る力があれば…)
サンドはしばらくの間、妹と同じくらいの歳の少女の姿がずっとクレリアに重なり、記憶の奥底で残り続けたのだった。
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