第六話 黒き砦、剛剣の影

 飛空艦を鹵獲した明くる朝…


 オリビア率いるエルフォード中隊は昨日の戦場跡に聳える飛空艦の元に、少数の部隊を配置し新たなる戦場へと移動していた。


 「飛空艦を鹵獲した成果があるのに補給物資すら廻さず…次はC-7地帯の奪取?しかも残党排除だと?なんて無茶苦茶な任務だ!」


 あまりの難易度が高すぎる任務の連続に…兜を外しブラウンの髪が露出している小隊長サンドは苛立ちを足元の石にぶつけるように蹴りつけた。


 「アレは元は王国の領土。帝国に奪われたから残党排除という言い方の任務だが…今回の任務は明確な拠点攻略…砦攻めだぞ」


 眼鏡に掛かる光の反射で目元までは見えないが…明らかに険しい表情を浮かべてるであろう小隊長ヴィンスが発言した。


 「全くだ。いくらオレさま達が連戦連勝だと言え…流石にオレさまが居ないと無理な作戦だよな!ガッハッハッハ!」


 小隊長エルドゥは周りの深刻な雰囲気を茶化すよう腰のシルバー製の装備に手を当てて大きく笑う。


 「エルドゥさんは昨日突入後、即ヴィンスさんにカバーされてたのに何言ってるんですか!」


「…そういえばオリビアさん。飛空艦納品を最優先にするため。と理由付けして後退。補給受ける算段は何故取らなかったんですか?」


 背中に長剣を背負った緑髪の小隊長ダナンが問いかける。


 「まだ帝国は飛空艦が奪取された事実を知らないはず…帝国が飛空艦から出た伝令らしきモノはラウニィーとその部隊に処理してもらったから。なので帝国は今頃、飛空艦は健在で王国を攻撃していると思ってるわ」


 銀の戦乙女は昨日の疲れを感じさせない、不動の表情でダナンの疑問に応えた。


 「えっ、ラウニィーさん、昨日そんな事もやってたんですか…!」


 ダナンの驚きに小隊長ラウニィーは舌を伸ばしながら笑顔で返す。


 「えへへ♫これでも副長だからね!…でもリヴィ。あの動力源にされてた人達は…彼らの苦痛の元となった飛空艦の傍に置いていって良かったの…?」


 笑顔から、一転して神妙な顔つきになったラウニィーを一瞥しながらオリビアは返答する。


 「仕方ないじゃない。あの身体の状態よ。行軍には連れていけない。当然少数の部隊を残して王都へ一緒に輸送するしかないわ…」


 オリビアは苦渋の選択だったのを思い返し、唇を結んだ。目線は一瞬だけ地面を泳いだ。


 そもそもタダでさえ人員が限られた中の攻略だ。


 少数の輸送部隊を組むことすら難儀したといって過言ではない。


 装備や食糧、あらゆる物資も最低限しかなかった。





 **乾いた風が巻き上げ、鎧の隙間に入り込む。誰もが口を開かぬ沈黙の行軍が続いた。


 …そして夜の帷が、静かに戦場を覆い始め不気味な静寂の中、目的地であるC-7地帯の拠点へと到達した。


 闇夜の月光に照らされる砦が目視できる距離まで来ている。


 「視えてきたわね。物資は極めて少ない。籠城戦に篭られ時間との戦いになったら結果は分かりきってる。」


 各小隊長は、オリビアの言葉に静かに頷きを返す。


 「作戦通り、この闇に紛れて夜襲を行うわ。夜が明けるまでに決着をつけるわよ。そして、必ず勝つ!」


 オリビアは各小隊長の5人、 そして配下の兵へ静かに闇夜の中、伝達と行動を開始した。


 

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 C-7地点、拠点内にて同時刻…


 「何?飛空艦’’クロノス号’’からの定期連絡が遅れているだと?」


 黒の幹部軍服に身を包んだ壮年の男性は眉を顰める。


 (王国相手に帝国の’’クロノス号’’がそう簡単に落ちるとは思えん…アレを落とすのには最低、王国の大隊を集めないと対抗できないと聞いている)


 (加えて’’クロノス号’’自体は航空しているため基本落ちることはないと考えていい。陸路を使う伝令が何かの事故にあったのか。あるいは王国に捕らえられたかの二つに一つだろう。)


 「大隊長クラスが動いたという情報は入っていない。夜間にも入っているため翌朝になり音沙汰がなければ捜索隊を結成する」


 配下とおぼしき一般兵装の男性が、報告を続ける。


 「承知しました。グレイル様。確かに大隊長クラスが動いている連絡は入っておりません。」


 一拍の間を置き、配下は言葉を続ける。


 「しかし…’’銀の戦乙女(ヴァルキリー)’’が出てきている危険性はないのでしょうか?」


 グレイルと呼ばれた帝国軍の幹部…彼の格付けは王国に照らし合わせると、オリビアと同等に近い中隊長クラスだ。


 子爵と呼ばれる階級だ。


 戦場で活躍する’’剛剣’’と呼ばれる称号を与えられた’’騎士(ナイト)’’である。


 剛剣グレイルは少しばかり思案する。


 ’’銀の戦乙女(ヴァルキリー)’’


 中隊長の格ながら単独中隊で我が帝国飛空艦と渡り合い、かつ打ち勝ったと言われる王国の傑物である。


 その二つ名の通り美しい銀髪と戦場での戦いぶりから称号が授与されたという。


 「’’騎士(ナイト)’’の称号の上に二つ名のあの女か。確かに’’クロノス号’’撃墜も出来うるかもしれぬな」


 グレイルは部下を見つめる。部下は少したじろいだ。


 「ただ考えてみろ。あの女はつい先日、我が帝国の飛空艦を打倒した後、王都へ帰還しているはずだ。アレほどの重要戦力を早々使い回すなんて下手をする指揮官はそうそうおらぬよ」


 グレイルは戦技・戦術共に極めて優れる優秀な幹部であった。


 そのため優秀であったが故…’’銀の戦乙女(ヴァルキリー)’’と呼ばれるほど常軌を逸する人材には、同様に優れた優秀な人材が指揮をとりコントロールしていると睨んでいた。


 でなければあんなに成果を上げるはずがない。


 「ただ、もし仮に近々あの女がこの砦を攻略しにくるのであれば…是非ともこの’’剛剣’’と手合わせ願いたいものよの!」


 グレイルは壁に設置されているダークスチール製の巨大な黒剣を手に取り、空を裂くように一閃した。


 その刃鳴りに報告をしていた兵が思わず息を呑んだ。


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 【TIPS】

 飛空艦’’クロノス号’’---神クロノスの名を冠する飛空艦。

 農耕と時間を司る神。彼の治世は黄金時代と呼ばれ人々を苦しみから解放した。


 【装備】

 アイアン製装備…

 一般兵卒が主に利用するモデル。汎用性に優れ生産コストも安価。クセがなく利用しやすい。


 シルバー製装備

熟練兵卒から士官が扱うモデル。アイアンより若干強度が上。更に軽量で取り扱いやすい。また魔力も込めやすい為、魔力が多い者が利用するとより強固になる性質を持つ。

重量の軽さからエルドゥが好む。


 ダークスチール製装備

熟練兵卒から士官が扱うモデル。シルバー製に比べ重量が増えるが、より強固。

重装兵に向いている装備。シルバー製ほど顕著ではないが魔力を込めることにより、より強靭になる。護ることに重きを置いたサンドが好む。

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