スクープ!
@sabo527
スクープ!
人気の無い遊歩道、カメラは遠景からズームで寄っていく。
男は五十代後半か、トレンチコートの外からもわかるがっしりした体に寄り添う若い女性。
月明かりに照らされた長身のふたりは、こんな寂しい夜道でなければかなり人目を引いたことだろう。 うつむき加減に歩く男は、肩に手を乗せて耳元にささやく彼女に顔を緩ませる。 歩みを止め彼女を見つめると、唇が触れそうに近づく。互いに驚いたように顔を離した瞬間、閃光が瞬いた。
「おふたりはどういうご関係ですか!」
眩しそうに顔をしかめるふたりを、フラッシュは容赦なく照らし続ける。
「やはりドラマでの共演がきっかけですか」 「フナコシさんは先日離婚が成立しましたが、それ以前からのお付き合いでしょうか」
「おふたりは三十歳以上の年齢差ですがイシカワさんはどうお考えですか」
「イシカワさん、モデルから女優への転身でご活躍されてますがやはりフナコシさんの力添えはありましたか」
答えようにもその隙を与えないほど記者は矢継ぎ早に責め立てる。フナコシ、と呼ばれた男は閃光から女性を守りながら困ったように肩をすくめた。
「おい、どういうことだ」
襟元に隠されたマイクに向かって呟く。 フナコシさんは、と叫び続けている記者を手で制し、高台からロングで狙っているカメラに大きく手を振り両手でバツを示した。
「あんたがたドコの記者さん?」
頼れる刑事役が定評のフナコシが尋ねる。
ドラマのような迫力に記者とカメラマンのふたりは一瞬怯むが、彼らもそういう局面には慣れているのだろう。
「質問に答えていただけませんか!」
「質問も何も、ねえ」
おどけた表情で女性に話し掛けると、突然の展開に驚いていた彼女も笑い出した。
「初めてのスキャンダルの相手が先輩ですか、お父さんより年上なんだけど」
「そういう言い方はちょっとショックだなあ」
様子が違うことに気づいた記者とカメラマンの肩を誰かが掴む。
「おいゴトウ」フナコシがニヤニヤしながら、全力で走ってきたのだろうか汗だくの巨漢に話し掛けた。「人払い、出来てねえぞ」
こんなNGもあるんですね、とイシカワが呟く。いやさすがにこんなのは初めてだよとフナコシ。 先刻までわめき立てていた記者もフラッシュを炊き続けていたカメラマンも、ラグビーで鍛えた助監督の太い腕に摑まれて言葉を失っている。 そこへぞろぞろとスタッフも集まる。
ふたりを取り囲むと、名前や所属会社などを開かすように要求した。有り得ない状況に青ざめていた記者は、隣のカメラマンの目が据わっていることに気づいた。
「おい、す、スギヤマ」
記者が話し掛けるがカメラマンは答えない。自分の肩を掴む手に爪を立てると、低い声で助監督に向かって言った。
「離せよデブ」
体を半回転させ助監督の腕を振り払う。その顎をつかみ、足をかけると地面に叩きつけた。スタッフが取り押さえようとするが、振り回すカメラに当たった頬を押さえてうずくまる。
「スギヤマやめろ」
記者が叫ぶが彼の耳には届かない。
「おい、シャレにならねえぞ警察呼べ」
ADが携帯電話を取り出すが、その手をカメラが直撃する。それでもどこからか連絡しましたという声が飛んだ。
フナコシは振り回されるカメラを避けながら男に近づく。
「おい落ち着け。こんなことをして何になる」
「うるさいどけ」
カメラがフナコシのこめかみに当たり、左頬に血が伝った。俳優の顔を傷つけたことでさらに興奮したのか、カメラマンは後ろから近づいていたADを突き飛ばすとカメラを振り回し走り出した。
その先にはメイクを直しているモデルがいた。
「お願い、やめて」
首に回された腕をほどこうとイシカワがもがくがビクともしない。そこへ警官が駆けつけた。
こめかみを押さえながらじりじりと寄る俳優と人質にされたモデルを交互に見て警官は、事件なのか撮影なのか一瞬迷う。
「あいつが撮影中に乱入してきたんです」
説明する助監督の後頭部からぼたぼたと血が滴り落ちている。数人のスタッフはうずくまったまま。
状況を理解した警官は、駆けつけた応援と共にカメラマンとの距離を詰めていった。
「これ以上罪を重ねるな」
「武器を捨てて投降しなさい」
武器と言っても男の手にあるのは武骨なカメラだけだが、それでもモデルの顔に致命的な傷を与える可能性は低くはなく、その腕は彼女の華奢な頸を折りかねないほど締め付けている。 警官隊はじわじわと距離を縮めていくが、男の行動を恐れて思い切った対処が出来かねている。
その状況にイシカワが切れた。
「何年も頑張ってきたのよ」
男の手がビクッと震えた。
「あんたなんかに私の夢を潰されてたまるもんですか」
その瞬間一切の音が途切れた。
男は彼女にだけ聞こえるように、ずっとファンだったんですよと言ってその肩を押した。
「大丈夫ですかイシカワさん」
解放された彼女をスタッフが庇う。
「お怪我は」
「私は大丈夫」
喉を押さえながらそれでもイシカワが気丈に振る舞う。「それよりあいつは」
男は警官隊に取り押さえられ揉みくちゃになっていた。ホッとして立ち上がり、スタイリストに肩を抱かれて歩こうとしたイシカワの背後から叫び声が聞こえた。
「おい離れろ」
「よすんだ」
警官隊が離れ、輪の中心に立った男の手には拳銃が握られていた。 何をするつもりだ、と叫ぶフナコシの声には答えず、彼はイシカワを見つめながら、自分のこめかみに銃口を突きつけた。
「おいやめろ」
「ペ」
「ぺ?」
「ペールソナー!」
乾いた銃声が月夜の遊歩道に響いた。 数滴の血が飛んで彼女のコートに赤い筋を引いた。
視線が流れ、青白い月を捉えた後、彼女の意識は途切れた。
「ペルソナ出るかと思ったよ」
「脳ミソ出ちゃったね」
「ペルソナってなによ」
「ゲームだゲーム、昔の。演出がどうしても言えってさ」
撤収作業に追われながらスタッフが雑談に花を咲かせている。
「おい、イシカワさん気絶しちゃったよ」
フナコシがモデルの肩を抱いて叫んでいる。
「ちゃんと説明してなかったのか?」
「演出のモリさんがリアル出したいからって……」
「ちょっとかわいそうだろう、しょうがねえなまったく」 器用に腕を取ると、彼はイシカワを負ぶった。
「フナコシさん、ラッキーおんぶですね」
「うるせえ、ばかやろう」冷やかすマネージャーに悪態をつきながら待機している車に向かって歩き出した。
「背ぇ高い割に軽いなこの子、食ってんのか?」
「そりゃ本業はモデルさんですからね」
「モデルったって体が資本だろう、ああいや、結構筋肉質みたいだがな。おお、ヤスお疲れさん」
吹き出す血をタオルで押さえながらスギヤマは軽く会釈した。
「リアルだったよ、まあそりゃリアルだが」
「ありがとうございます。俺はこういうことしか出来ないもんで」
「いやなかなか迫真だったよ」
「どうもです。でもイシカワさんには悪いことしちゃいましたね」
この子はお前のことまだよく知らないからなあ、と言いながらフナコシはスタッフの作業の邪魔にならないよう去って行った。
「ホントに痛くないんですか?」 追加のタオルを抱えた女性ADにスギヤマは笑顔で返した。
「痛覚は全然無いからね。飛び散った肉や血も、こっちの修復に合わせて消えていくから掃除は大丈夫ですよ」
なんと答えていいか悩んだあげく、女性ADは便利ですねと言った。
「ヤスお疲れさん」
声に振り向くと監督が立っていた。 「あ、お疲れさまです」
「絶対死なないアンデッドのスタントマンもいいが、今回演技ってのを経験してみてどうだ?」
「役者は夢でしたけど…自分ではまだよくわかってないですね。でも今回のイシカワさんのセリフにはドキッとさせられました」
まあ、これからも頼むよ。お前には誰も持ってない武器があるんだからな。そう言って監督はスギヤマの肩を叩いた。
「不死人ー?」遠くから叫び声が聞こえた。イシカワが走ってくる。 「アンデッドってホントなの?」
息を切らせながら彼女はスギヤマに詰め寄った。
「ほん、本当に死んじゃったかと思って驚いたんだからね」
スギヤマは拝むように彼女に頭を下げ、それからにっこり笑って、立てた人差し指を自分の口に当てた。
「まあ、出来るだけ内緒でお願いします」
内緒ね、うん了解、と言って彼女も人差し指を立て、それからふたりで顔を見合わせて笑った。
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