第21話



 馬車は静かにパラダイス会場へと俺を運んでくれた。

 今回のパラダイス会場はバシール侯爵家のパーティーだ。


 バシール侯爵家の当主はロベルト・バシールという30歳の男で俺の母方の祖母の姉の孫に当たる人物。

 つまり俺とは親戚になる。


 そして今夜のパーティーは先代のバシール侯爵が亡くなりその喪が明けて正式にロベルトがバシール侯爵位を継いだお祝いのパーティーなのだ。


 ロベルトは俺の姉のシルビアと幼馴染だったからよくバールデン伯爵家にも遊びに来ていたので俺も幼い頃にロベルトにはよく遊んでもらった。

 その時にロベルトのことを俺は「ロベルト兄さん」って呼んでいたので今でも正式な場所以外では「ロベルト兄さん」と呼んでいる。


 会場に入ると俺はロベルトにお祝いの言葉を言うためにロベルトを探した。

 招待客の顔ぶれを見ると身内の貴族が多そうだ。


 すぐにお目当てのロベルトを見つけて俺は近付く。

 するとロベルトも俺に気付いた。



「こんばんは。ロベルト様。正式にバシール侯爵様になられたこと心からお慶び申し上げます」



 俺がニコリと笑みを浮かべて挨拶をするとロベルトも笑顔で俺を見る。



「ありがとう、エミリオ。これからはバシール侯爵の名前に恥じないようにしなければね。君がバールデン伯爵位を継いでからバールデン伯爵家はさらに栄華を極めているから君を見習って私もバシール侯爵家を盛り立てていくつもりだよ」


「そう言われることはとても嬉しきことでございます。ロベルト様」


「そのロベルト様ってのはやめてくれないか。いつもの『ロベルト兄さん』でいいよ。今夜は王城のパーティーというわけではないからね」


「分かりました。ロベルト兄さん」



 普段の呼び名で俺がロベルトを呼ぶとロベルトも嬉しそうだ。


 貴族は複雑に血の繋がりがあるので血が繋がっているだけで相手が自分の味方というわけではない。

 だがロベルトのバシール侯爵家と俺のバールデン伯爵家は以前から良好な関係を保っているのでロベルトが当主になってもその関係は続くだろう。


 するとロベルトの隣りにいた女性が俺に声をかけてきた。



「お久しぶりです。バールデン伯爵様」



 この国では珍しい黒髪の女性はロベルトの妻のアイリーン夫人だ。

 アイリーン夫人はこの国の伯爵家の出身だが母親が他国の貴族の人間だったために髪が黒髪だと以前ロベルトから聞いていた。


 金髪や茶髪の多いこの国でこんなに綺麗な黒髪を持つアイリーン夫人はとても魅力的な女性に見える。

 アイリーン夫人は20代後半で娘が一人いるはずだが子供がいるとは思えないほど若々しい。



「お久しぶりです。アイリーン夫人」



 俺はアイリーン夫人の手を取り挨拶のキスを手の甲にする。

 アイリーン夫人は僅かに頬を染めた。



 ロベルト兄さんには悪いがアイリーン夫人と一晩の恋をしてみたいものだな。



 そう思った俺はロベルトに声をかける。



「ロベルト兄さん。アイリーン夫人のお母様は隣国の貴族でしたよね。今度、王城に隣国の大使が来る予定なんですが情報収集を兼ねてアイリーン夫人に隣国のお話を聞きたいのですが少しの間アイリーン夫人とお話してもいいですか?」


「ああ、それならかまわないよ。今日のパーティーは基本的に身内の集まりだからね。挨拶は私だけでも十分さ。アイリーンは隣国のことを母親からよく聞いていたからきっと役立つ話もあるだろう。アイリーン。すまないが少しエミリオの相手をしてあげてくれないか?」


「え、ええ。分かりました」



 戸惑いながらもアイリーン夫人は承諾した。



「では少し内密な話もお聞きしたいのでどこかの部屋でお話してもいいですか? アイリーン夫人」


「ええ、それなら休憩用の部屋を何室かご用意してあるのでそちらにご案内しますわ」



 アイリーン夫人は俺の思惑など気付かずに休憩室に案内してくれた。

 ソファがあったのでそこにアイリーン夫人を座るように誘導して座らせると俺もアイリーン夫人の隣りに座る。



「あ、あの…」



 普通であれば向かい側にあるソファに俺が座ると思っていたアイリーン夫人は明らかに戸惑いの表情になった。

 俺は獲物が逃げないようにそっとアイリーン夫人の片手を手に取る。


 ビクリッとアイリーン夫人は身体を震わせた。

 その手からアイリーン夫人の手袋を外して直にアイリーン夫人の手の甲にキスをした。


 困惑した表情をしながらもアイリーン夫人は俺の手から自分の手を取り戻すことはしない。

 俺がアイリーン夫人の瞳を見つめるとアイリーン夫人は僅かに頬を染めた。



 さて、今夜の獲物はどうやって堕とすか。



 アイリーン夫人は仮にも親戚に当たるロベルトの妻。

 これからのロベルトとの関係に遺恨を残さないためにもアイリーン夫人自身が望んで俺に堕ちてくれなければ関係を持つわけにはいかない。


 俺はニコリと笑みを浮かべたが視線だけはアイリーン夫人の瞳から逸らさなかった。




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