第16話



 ジョシュアに声をかけてきたのは美しい金髪に濃い青の瞳を持つ女性だ。

 年齢は20代前半くらいで身体つきは全体的に女性の中でも小柄。

 そして俺はこの女性の顔をどこかで見た記憶があった。



「はい。何でしょうか?」


「お話中、申し訳ありません。今夜のパーティーにお招きいただいたお礼のご挨拶を致したいと思いまして。私、リリーシア・レーリックと申します。夫はライアン・レーリック伯爵です」



 レーリック伯爵の妻か。

 直接会うのは久しぶりだな。



 リリーシア夫人の夫のライアン・レーリック伯爵は王国軍の騎士団の幹部だ。

 ジョシュアの父のマイン伯爵が王国軍の支援部隊の幹部ならレーリック伯爵は実戦部隊の幹部になる。

 以前、王城で開かれたパーティーでレーリック伯爵夫妻と挨拶をしたことがあったのでリリーシア夫人の顔が俺の記憶に残っていたのだろう。


 それにレーリック伯爵は現在40代半ばでありながら前妻が亡くなりこの若いリリーシア夫人を後妻に迎えたことは一時期社交界の噂にもなったのだから。

 まあ、貴族の世界で歳の差夫婦は珍しくはないが。



「ようこそおいでくださいました。リリーシア伯爵夫人」



 今夜の主役でもあるジョシュアは笑みを浮かべてリリーシア夫人に挨拶を返す。

 するとリリーシア夫人は自分の少し後ろに立っていたまだ10代であろう女性を俺たちに紹介してくる。



「この者は私の妹のベアリス・ウーレンスです。ウーレンス子爵家の娘になります」


「初めまして、ジョシュア様。ベアリス・ウーレンスと申します」



 まだ若いベアリス子爵令嬢はハキハキした声でジョシュアに挨拶をした。

 ベアリス嬢は金髪でリリーシア夫人とは違い明るい青い瞳をしている。



 なるほど。自分の妻のリリーシア夫人の妹を使ってレーリック伯爵は王国軍内での権力を強めるつもりか。



 国内の権力者たちの勢力図は複雑なものだが大きく区切れば二つに分類される。

 宰相をトップとする内政関係で権力を握る者と王国軍の第一将軍をトップとする軍内部で権力を握る者。


 リリーシア夫人の夫であるレーリック伯爵家は軍内部で権力争いをしている者だ。

 なのでレーリック伯爵はより権力を握るために同じく軍の有力貴族であるマイン伯爵家を取り込もうと自分の義妹をジョシュアと結婚させたいという考えらしい。

 亡くなった前妻との間には確か嫡男がいるだけで娘はいなかったはずだから義妹を利用することに決めたようだ。



「これはベアリス殿。今夜はご参加いただきありがとうございます」



 ジョシュアはニコリと微笑むが俺はジョシュアとは長い付き合いなので声のトーンでジョシュアがベアリス嬢を警戒していることに気付く。

 離れた場所にいるマイン伯爵も俺たちの方をチラリと見て気にしている様子。


 まあ、それは当然の話だ。


 レーリック伯爵家が権力を握りたいと考えるのと同じでマイン伯爵家も権力を握りたいと思っている。

 レーリック伯爵側はマイン伯爵家を取り込もうと今回パーティーに参加してきたようだがマイン伯爵の本音は俺を招待したことを考えれば軍内部だけでなく内政関係の家と縁を繋ぎ政界でも権力を握りたいと考えている可能性が強い。


 マイン伯爵はできれば自分の目的とする相手ではないレーリック伯爵家の身内は招待したくなかったかもしれないが同じ軍幹部なので招待状を出さないわけにはいかなかったということだろう。

 たとえ相手が自分の眼中にない貴族でも表面上は笑みを浮かべてお付き合いをするのがこの社交界。


 でもそんな権力者たちの争いはこの社交界では日常茶飯事なので俺は気にしない。

 自分自身に降りかからなければ火の粉は払う必要はないのだから。


 マイン伯爵家が権力を握ろうがレーリック伯爵家が権力を握ろうがこの両家が宰相になる予定の俺を超える権力を持つとは考えにくい。

 他にももっと有力な権力者は存在するし俺やアドルフが警戒するほどの奴らではないのだ。


 それに今は戦時中ではないので権力的には軍関係よりも内政関係の方が権力は強い。

 なので目の前で繰り広げられている軍関係の両家の権力闘争など無視して俺の視線は今夜の恋の相手にしたいリリーシア夫人にいく。



「リリーシア夫人。お久しぶりです。エミリオ・バールデンです」


「バールデン伯爵殿。お久しぶりでございます」



 リリーシア夫人は笑みを浮かべて俺の挨拶に応える。

 静かに笑みを湛えるリリーシア夫人は俺好みの女に見えた。


 積極的に一晩の恋の相手と遊んでいるご夫人よりあまり遊んでいないご夫人の方が俺は好きなのだ。

 俺は今夜の恋の相手をリリーシア夫人に狙いを定める。



「ジョシュア殿。ベアリス殿と少しお話したらどうだ?結婚相手を探すにはまずお相手のことを知らないとだろうから」



 軽くジョシュアに視線で合図するとジョシュアは俺の考えを読み取ったようで僅かに頷きベアリス嬢に声をかける。



「そうだな。ベアリス殿。少しばかり私の話のお相手になってくれますか?」


「はい。喜んで」



 ベアリス嬢は喜びの笑みを浮かべる。

 まだ社交界にデビューしたばかりの10代のベアリス嬢には社交界の権力闘争の駆け引きなど分からない。

 子爵令嬢の自分が伯爵夫人になれることを夢見ている状態だ。



「ジョシュア殿とベアリス殿の邪魔になってはいけないのでリリーシア夫人は私と少しお話しませんか?」


「え? ええ、そうですわね…」



 本来なら令嬢のお目付け役も兼ねているのが付き添いのご夫人なので令嬢から離れることはないがベアリス嬢をジョシュアに売り込めと夫のレーリック伯爵に言われているだろうからジョシュアとの距離が縮められるチャンスと思ったのかリリーシア夫人は頷いた。


 ジョシュアと俺は僅かに目配せをしてジョシュアはベアリス嬢と共に俺たちから少し離れた場所に移動して行った。



 さて、俺も今夜の恋の相手をどう堕とすかな。



 ニコリと笑みを浮かべて俺がリリーシア夫人を見つめるとリリーシア夫人は僅かに頬を赤く染めた。



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