第14話
「ふわ~あ」
俺は欠伸をする。
「お前はここに仕事に来たのか休憩に来たのか、どっちだ? エミリオ」
書類にサインする手を止めてアドルフが俺に訊いてきた。
いけない、いけない。
今はアドルフに書類のサインを貰いに来たんだった。
「いえ、失礼しました、アドルフ王太子殿下。もちろん殿下のサインを貰いに仕事で来ました」
俺が丁寧にそう言うとアドルフは俺を軽く睨んでくる。
ここはアドルフの執務室だ。
本来ならアドルフの執務室には他に事務官なども待機してアドルフの仕事を補佐するが俺が持ってきた書類はこの国の機密情報に関わる案件だったので普通の事務官は退室している。
つまり今はアドルフと二人きりなので俺もつい油断して欠伸をしてしまったということだ。
「部下の前でもそのやる気の無さを見せているのか? エミリオ宰相補佐官殿」
「とんでもありません。アドルフ王太子殿下。宰相補佐官たるもの常に国家のあらゆる案件に対し真摯に向き合い間違いのないように仕事をしております」
アドルフの嫌味攻撃に俺も平然と言い返す。
当然、アドルフはやってられないという表情になった。
「お前に二人きりの時に敬語で話されると悪寒が走るな。どうせ昨日もどこかのパーティーでご夫人と楽しんでたんだろ?」
昨夜はソフィア夫人と一晩の恋をしたのでアドルフの言ってることは当たっている。
「ご想像にお任せします。アドルフ王太子殿下」
「ああ、もういい。普通に話せ、エミリオ。どうせ他に人はいない」
「では遠慮なくそうさせてもらうよ、アドルフ」
俺はいつものアドルフとの軽い口調になる。
「まったく、お前がご夫人方と遊んでばかりいるからシーゼン宰相が俺のところに来て老人をいつまでこき使うつもりだと文句を言ってたぞ」
「シーゼン宰相が文句を言うのは今に始まったことじゃないだろ? それにシーゼン宰相はまだ60歳だからあと5、6年は余裕で宰相を続けられるだろうし」
この国の宰相はマテオン・シーゼン侯爵という人物で30歳の若さで宰相に就き大国であるラウデルン王国の宰相を30年間努めている男だ。
それ故にこのシーゼン宰相の発言力は社交界に大きな影響を与える。
「まあな。シーゼン宰相はこの30年間ラウデルン王国の宰相をしていて一度も体調不良で朝議を休んだことはない化け物だからな。だけど最近は早く宰相の座を次の者に譲りたいと俺に訴えてくるんだ」
「その次の者が誰になるかで社交界の権力者たちは情報集めに奔走してるんだろ。俺のところにも情報を得ようとする奴らが群がってくるから鬱陶しいよ。そいつらの相手をする暇があったらご夫人と一晩の恋をしていた方が有意義だ」
心底俺が嫌な顔をするとアドルフは呆れた表情になる。
「お前に権力欲はないのか?」
「まったくないわけじゃないが、そもそも手に入ると分かってるモノを必死になって手に入れようとするなんて馬鹿げてるだろ?」
笑みを浮かべて俺はアドルフを見る。
アドルフが将来国王になるのであれば俺が宰相になるのは決定事項のようなもの。
「その言葉、必死になって権力を握りたがっている奴らに言ったら殺されるぞ」
「そんなヘマはしないさ。アドルフも油断して王太子の座を追われるようなことはしないようにな」
俺の言葉にアドルフは渋い顔になる。
それもそのはずアドルフには弟が何人もいるからその弟たちが王太子の座を狙いに来ないとは言えない。
「分かってるさ。身内が一番要注意人物なのはな」
「それが分かってるならいいさ。それじゃあ、早く書類にサインをくれ。次のパラダイス会場選びに今日はもう自宅に帰りたいんだ」
アドルフがこの書類にサインをしてくれれば今日の俺の宰相補佐官の仕事は終わり。
自宅に帰って次に出席するパーティーの招待状を選ぶ作業ができる。
「やれやれ、社交界のパーティーをパラダイス会場と言うのはエミリオぐらいだな」
ぼやきながらもアドルフは書類にサインをする。
俺はその書類を手に持ちアドルフの執務室を後にした。
そして宰相補佐官の仕事を終えて帰宅する。
山となっているパーティーの招待状に目を通して俺は次のパラダイス会場を選ぶ。
さて、次はこれにするかな。
一通の招待状を手に俺は笑みを浮かべた。
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