第4話



「月明かりがあっても足元が危ないので私の腕につかまってください」


「は、はい…」



 俺が腕を出すとミランダ夫人は自分の手を俺の腕に絡めてくる。

 足元が危ないという理由もあるが俺がリードしていた方が自分の好きな方向に歩けるのでそれが目的だ。


 中庭には綺麗な花が咲いている。

 その間を小道が整備されているが小道は一本道ではない。


 花をより近くで観賞するためにいくつも小道があるのだが知らない人間は中庭で迷子になる者もいる。

 それぐらい王城の中庭は広いのだが俺は当然この中庭を知り尽くしていた。


 アドルフと子供の頃王城を探検ごっこして遊んでいたのが大人になって役立つとは思っていなかったが。


 俺は中庭でも人があまり来ない区域にミランダ夫人を連れて行く。



「あ、あの、エミリオ様。どこまで行くのですか?」


「この先に薔薇を集めた薔薇園があるのです。そこの薔薇は見事なのでミランダにも見て欲しいんですよ」



 薔薇園が中庭の奥にあるのは嘘ではない。

 ただそこは基本的に王族専用なので普通の貴族は立入禁止だ。


 薔薇園の入り口の門には通常は鍵がかかっているが俺はこの国の宰相補佐官。

 門の鍵の複製した鍵を持っている。


 そしてその薔薇園には薔薇を観賞するための大きい東屋があるのだ。

 なので俺はよくそこをご夫人方と楽しむ場所として使用していた。



「ここが薔薇園ですよ。今、門を開けますね」



 門を開けて薔薇園に入ると俺は東屋にミランダ夫人を案内する。



「この東屋から見る薔薇は綺麗ですよ。どうぞ、中には長椅子がありますから座ってください」


「は、はい」



 ミランダ夫人は東屋の長椅子に座り俺もミランダ夫人のすぐ隣に座った。

 そしてさりげなくミランダの肩に腕を回して抱き締めるようにするとミランダの身体が強張ったのを感じる。



「どうですか? ここの薔薇は綺麗でしょう?」


「え? あ、は、はい…」


「でも薔薇よりもミランダの方が美しいですが」


「っ!? そ、そんな、わ、私など…」



 俺はミランダ夫人の身体を抱き寄せてミランダ夫人の顔に自分の顔を近付けて囁く。



「ミランダは自分の美しさに気付いていないのですか?その美しい瞳も赤い果実のような可愛い唇もとても魅力的なのに」


「っ!…ご、御冗談を…」



 ミランダ夫人は俺の視線から逃れようと顔を伏せようとしたので俺はミランダ夫人の顎に手をかけて顔を上向きにしてジッとミランダ夫人の瞳を見つめる。

 俺に視線で射抜かれたミランダ夫人は顔を真っ赤にした。



「冗談なんかじゃないですよ。ミランダは美しい。この可愛い唇を知っているのが子爵殿だけとは羨ましいですね。私にもミランダの唇を味わうことを許してくれませんか?」


「え?あ、あの…んんぅ!?」



 ミランダ夫人が逃げないように身体を抱き締めて俺はミランダ夫人の唇を奪う。

 キスをされたミランダ夫人はビクッと身体を震わせたが俺のキスを拒絶しなかった。


 俺の舌がミランダ夫人の口内に侵入して縮こまっているミランダ夫人の舌を絡めとる。

 角度を変えながら俺はミランダ夫人の唇をより深く味わう。 



「…んふ……ぁ……」



 キスの合間にミランダ夫人の熱い吐息が漏れる。

 クチュクチュとお互いの唾液が絡まり静かな東屋の中にいやらしい音が響いた。


 俺はドレスの隙間から軽くミランダ夫人の胸を触る。

 するとミランダ夫人の手が俺の手を慌てたように掴んだ。

 そして唇を離して俺に訴える。



「あ、あの! わ、私には…夫が…」


「ええ、分かっています。今夜のことは誰にも言いません。私は今夜だけのあなたの恋人になりたいのです。美しいミランダという花に恋した悪い虫です。花の蜜を吸わないと虫は死んでしまいます。どうか哀れな虫にあなたの蜜を味わわせてください」


「んうぅっ!?」



 俺は再びミランダ夫人にキスをした。

 二人の舌を絡めて深いキスを続けると俺の手を掴んでいたミランダ夫人の手から力が抜ける。



「…はふぅ……ぅんん…ぁ…んふぅ……」



 ミランダ夫人が俺とのキスに溺れ始めたのを確認して俺は唇を離すとミランダ夫人の最後の砦を崩す攻撃に出た。



「ミランダ。あなたは私が欲しくはありませんか?」


「エ、エミリオ…様を?」


「ええ、あなたが望めば今夜だけ私はあなたのモノです。もしミランダが私に抱かれたくないならこのまま子爵殿の所までお送りします。そして二度とあなたに関わることはないでしょう。私を手に入れられるチャンスは今夜だけです」



 俺を見つめるミランダ夫人の瞳に葛藤と欲情の色が宿る。



 社交界の女たちから憧れの的である俺を手に入れられるチャンスは今夜だけ。

 でも自分は人妻。他の男と関係は持ってはいけない。



 そんな思いがミランダ夫人の中には渦巻いているだろう。



 自分の価値を俺は知っている。

 だから女たちと関係を持つ時は必ず女に選択権を与えるのだ。


 強引に襲って性交することもできるがそれでは後日いろいろ問題が起きてしまう。

 だが女の同意を取ればその問題はない。


 俺はジッとミランダ夫人の瞳を見つめながら獲物が堕ちるのを待つ。



「……こ、今夜だけ…なら……」



 堕ちた。



 ミランダ夫人の言葉に俺は心の中でニヤリと笑った。


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