第24話 : 彌田さんは主人公になりきるタイプ

 サンドイッチの一件があった翌日には包帯と湿布を外した。

 手首を動かすと多少痛みはあるけど、普通に生活する分には問題ない。


 それから暫くの間、休日以外は彌田さんと一緒に登校している。

 もちろん二人三脚の練習(エアだけど)が主目的だ。


 ある日、常盤さんが後ろについて歩きながら「高校生には見えない」と言った。

 僕も彌田さんも通学鞄は大きめのリュックサックだ。

 これ一つで教科書も体操服も入る優れもの。

 僕のは正統派のバックパックで35リットルサイズ。

 彌田さんのものは幅広のトートバッグにもなるタイプ。見た目で言えば僕のよりも大きく見える。


「悪いけど仲睦まじい小学生カップルにしか見えない」


 それはハラスメントだと言いたいけど、事実でもある。

 彌田さんもそれを承知しているらしく、「いつも言われていることだから」とあまり動じていない。


 国によっては交通機関の子供料金を身長で決める所があると聞いた。

 そんな国の人達から見れば間違いなく子供なのかも知れない。


「見た目は小学生でもいいの。中身がしっかりした大人であれば私はそれで充分」


 彌田さんは達観している。

 今でも僕は一ミリでも背が伸びて欲しい……母さんからもそろそろ諦めろと言われているけれど。


「彌田さんは充分大人だよ」

「えっ」

「僕なんかまだ身長に執着している。ほら、あそこに小学生が歩いているよね。明らかに僕よりも背が高い。それだけで悔しいと思ってしまうから」

「私だって背が高くなりたいと今でも思っている。でも、現実を受け入れないとダメなことも理解しているから、今は部活での創作活動で高身長のモデル体型女子を主人公にした物語を書いているの。理想の自分が作品の中で生きていると思えばかなり気が晴れるわよ」


 そんなものか。

 いくら理想を描いても、それは実体がないものだ。

 物理的に触れられない存在に対してそれが自分だとは意識できない。

 例えが下品だけど、自慰で本番の代わりにはなれても得られる満足感はかなり違うんじゃないかと童貞の僕は思ってしまう

 一人でそんなことをしている時に虚しくなることがたまにあったりする。

 この程度で満足できるのか、と。


「文芸ってね、人生を何度も経験できるものじゃないかな。もちろん仮想のものだけど、受け身となって読むだけではなく、自分で書けば思い通りの人生を作れるじゃない。もちろん不条理な結論の物語もあるけど。でも、人生ってそう言うものじゃないかな」


 そこまで考えて物語を読んだことがなかった。


「主人公なり、周囲の人達の立場になって考えれば、どんな背景や経験があって今のような行動をしているとか、その立場にあるとか色々と想像してみれば一冊の本から様々な人の人生が見えてくるものよ」


 これが文芸部の部長の言葉だと思うと、重みが違う。

 一冊の本をそこまで深く読んだりしたことはなかった。

 そもそもライトノベルなどは読み流すものだと思っていたけど、今度彌田さんが語っていたような視点で深読みしてみれば苦手な国語も成績が伸びるのかも知れない。


「ふふ、海鈴は主人公になりきっちゃうのが欠点なのよね」

「ときちゃん!」

「恋愛小説を読めば薄幸のヒロインになるし、悪役令嬢ものを読めば公爵家令嬢になっちゃうものね」

「あ、あのね、それは言っちゃダメ」


 彌田さんは小説に没入しちゃうタイプなのか。

 でも、それは悪いことではないはず。

 主人公の立場になれば、きっと書き手の意図も理解できるだろうし、もっと言えば書いた時の心情もわかるのだろう。


 作者としても嬉しいだろう。

 例えば、野菜や果物の品種改良をしていてドンピシャのものが出来上がった時の気持ちに近いかも知れない。

 栽培しやすくて美味しい──作り手も消費者も、誰もが喜んでくれる──そういう品種が作れたなら、天にも昇る気持ちになれる筈だ。


「彌田さん、小説の世界に入ることはそんな恥ずかしいことじゃないよ」

「えっ」

「それって作者から見れば作者冥利に尽きるんじゃないかな。自分が創造したキャラクターにそこまで感情を込めてもらえるなんて、僕が作者だったら彌田さんに抱きついているよ」

「だ、抱きつく……」

「当たり前じゃないか。そこまで惚れてもらえれば、主人公に成り代わって作者が惚れ返すさ」

「ほ、惚れるって」

「海鈴、それは仮に永瀬君が作者であった場合だよ」


 常盤さん、当たり前のことを言わなくても分かるよ。ね?

 

「うん、うん」


 彌田さんを見れば、どこか遠い目をして何度も頷いている。

 分かっている、よね?

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