第11話 てけてけ

 満の何を探しているのかという問いに対し、由紀が言えるのは一言だけだ。

「健太先生が事件に関わった痕跡ですよ」

「えっ?」

「ああ。早とちりしないでくださいよ。別に健太先生が犯人だと言っているわけではないですから」

「そ、そうか。びっくりしたあ」

 その流れだったら犯人じゃねえか。そう思った満は心底ほっとした。未解決事件の犯人が取り憑いていたというのは怪談としては面白いが、自分が当事者にはなりたくない。

「私もちょっと疑いましたけどね。コウヘイの反応からしても可能性は低いでしょう。何より健太先生は事件を神隠しとして記憶しています。女の子の行方は本当に知らないんですんですよ。当事者による記憶改ざんにしては杜撰ですからね。でも、心残りになった何かがあるんです。しかも、この学校に今も」

「ほ、ほう」

 そういう観点で動いていたのか。今更ながら驚かされる。というより、早めに説明してほしかった。

「健太先生がいる前では無理ですし、記憶が戻ってくれないことには答え合わせが出来ないですからね。とはいえ、神隠しを強固に主張する理由うは探してあげないと。それが、彼の成仏を阻んでいる最大の原因ですからね」

 由紀はここまでいいですかと、教卓を調べながら確認する。

「つまり健太先生は事件と関係があるってことだな。ひょっとして、神隠しって呼ばれる原因を作ったとか」

「その通りです。女の子の痕跡を唯一見つけたんですよ。でも、それを受け入れられなかったんだと思います」

「ってことは」

「死んでいると確証できるだけの何かでしょうね」

 そこまで考えを披露して、由紀は何だと思いますかと問いかける。実はこの何かがずっと解らないままだ。

「血痕とか死体とか、解りやすいものじゃないってことだよな」

「ええ」

 満の確認に、それならば神隠しにならないからと由紀は頷く。

「とすると、考えやすいのは靴かな。ランドセルや給食の袋とか」

「やっぱり、その辺になりますよね」

 校舎にある小物に紛れ込んでいても違和感がない。なぜこんなところにという疑問が浮かんだとしても、忘れ物として片づけられる物のはずだ。

「てけてけよ」

「えっ」

 微かに耳元で聞こえた声に、由紀は驚く。満がきょとんとしていることから、自分にだけ聞こえた声だ。

「また、てけてけ」

「てけてけがどうした?」

 また急だなと満が呆れている。ようやく捜査方針が明らかになってやる気だというのに、てけてけが出てきたら当然だろう。

「てけてけって、結局はどういう妖怪ですっけ?」

 ずっと付き纏う単語だったと、由紀は満の呆れを無視して訊ねる。正直、由紀は幽霊が視えるものの、妖怪や伝承といったものに詳しくない。

「学校の怪談だとメインは足音の怪として語られるが、正確には下半身のない女性の霊のことだ。電車の事故で身体が切断された女性がモデルと言われてるな。だから手で移動して、てけてけという音がする」

「女性なんですね」

「え、ああ。って、まさか」

 ずっとてけてけが絡んでくる理由は、そういうことなのか。

「満さんに会う前、女子高生の霊が言ってたんです。てけてけは実在するって。思えば、発言しているのも女性ですね」

「おいおい。めちゃくちゃ鳥肌立つ話になってきたぞ」

 てけてけというワードが女子児童の死体の様子を示しているのだとすれば、事件の様相ががらりと変わってしまう。

「じゃあ、健太先生が見つけてしまったものは、やはり靴なんかの、下半身に纏わるもので間違いなさそうです」

 さすがの由紀もぞっとなったが、探すものは明確になった。

「おいおい。それよりもどうして、バラバラ死体になっているかもしれないのに、神隠し事件で通ってるんだ?」

 それよりも根本的な問題がないかと満は訊く。今のてけてけがヒントでそれが真実を指し示しているのだとすれば、事件そのものが変化してしまう。

「健太先生は当日、みんな八時までいたって言ってましたね」

「そ、そうだな」

「そして、死因は過労死だったと」

「ああ」

 今度は何の確認だと警戒しつつも、満は合っていると頷く。

「とすると、女の子がバラバラになってしまったのは、学校側の不手際、監督不行き届きが原因だったとか」

 そう言いながら、由紀は足早に廊下へと出た。それから校門へと目を向ける。

「外には出てないんだろ」

「ええ。学校で事故が起こりそうな場所はどこですか」

「校門以外でか。遊具じゃないか」

「ううん」

 もう一歩のところでまだ何かが足りない。それに、そんな場所だったら、やはり殺人事件か事故として捜査が開始されているはずだ。なんといっても、警察は学校を隅々まで捜索しているのだから。

「まだ矛盾がありますね」

「そうだな。証拠となるものを健太先生が隠したのだとしても、今の推測では無理が多いぞ」

 その考え方であっているのかと、満が疑問を挟む。もちろん、由紀もまったく納得できていない。だが、健太は犯人ではないのだ。

 コウヘイを信じるのは癪だが、健太が悪霊になる可能性はないのだから。

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透けている人々との愉快な日常 渋川宙 @sora-sibukawa

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