第9話 保健室

 一階では何も見つけることが出来なかった。このまま新校舎の二階へと進むのかと満は思っていたが

「先に旧校舎を片付けましょう。こっちは時間が掛かります」

 由紀がそう言いだし

「だな」

 コウヘイが同意したことから旧校舎へと移動することになった。

 横をトタンで風よけにしている簡単な造りの渡り廊下を抜けると、すぐに保健室へと出る。ここからが旧校舎だ。

 旧校舎という名前だが、こちら側に職員室や校長室があることから、まだこの学校の生徒数が多かった頃、新しく建てた校舎を便宜的に新校舎と呼び、前から使用されているほうを旧校舎と呼んでいるだけだ。

「とはいえ、年季は感じますけどね」

 健太が旧校舎と呼ばれるようになるのも納得できると、愛おしそうに廊下の壁を撫でる。この学校への愛着が解る行動だ。

「さて、じゃあ、ここからですね」

 そのまま保健室の中へと入り、捜索の続きを行う。撮影に使われているだけあって、奥に置かれているベッドは綺麗な状態だった。他にも身長計や体重計も綺麗なものが置かれている。

「この廊下側の窓の鍵、差し込み式ですもんね。おばあちゃんの家を思い出すよねえ」

 満は古さがここに出てるよなと、保健室の廊下の窓を指差す。そこには差し込んでくるっと回すと鍵が締まるという、古いタイプのものが付いていた。

「確かに、今どき、これって学校でも見かけないですよね。私の小学校も途中で耐震工事があって、ついでに付け替えられてましたよ」

 そして新校舎はこのタイプじゃなかったなと、由紀は裸のおっさんがいた理科室を思い出す。他の教室にも様々なタイプの透けてる人間がいたが、あれが一番奇天烈だった。

「これ、結構コツがいるもんな。なんか嚙み合わない時があるんだよ」

 意外にもコウヘイまでこの話題に乗ってくる。チャラい見た目に反して、死んだのはだいぶん前だというから、やはり鍵はこっちのタイプだったようだ。

「保健室って、何年経ってもちょっと薬品臭いもんですね。まあ、シップとか、撮影で使う備品として置かれているからでしょうけど」

 コウヘイが珍しく過去を振り返っていることに驚きつつ、由紀は保健室の中を調べ始める。近くにあった棚を開けると、意外なほど充実した常備薬が入っていた。撮影用というだけでなく、緊急時に使用するために置いてあるのだろう。

「胃腸薬があるってのが笑えるよな。絶対に飲み過ぎた奴が置いてっただろ」

 すぐ後ろにやってきたコウヘイは、いつもの調子に戻ってそんな軽口を叩く。

「私は小さい頃から胃薬飲んでたけどね」

「幽霊の視え過ぎでな」

「お前らが減らず口だからだ」

「はいはい」

 コウヘイの声は聞こえていないが、由紀の反論から状況を判断した満が止めに入る。こういう時、慣れている人がいるというのは本当に便利だ。小学生の頃は自分の能力もしっかり把握できていないし、周囲に話して信じてもらえないことが多いしで、色々と大変だった。

「思い出したら言が痛くなってきた」

「大丈夫か。小学校、なんかトラウマでもあるのか」

 満が心配してくれるが、その内容を語っていたら日が暮れる。それよりも、今は証拠を探すのが大事だ。

「そのいなくなった女の子、よく保健室を利用するタイプの子でしたか?」

 というわけで、矛先を健太へと向ける。

「活発な子だったので、擦り傷を作った時なんかは利用していたと思いますけど」

 健太はそれに対して、先生らしい答えをする。

「つまり、保健室登校するタイプの子ではなかった」

「ええ。友達も多かったと思います。そうそう。だから当時、すぐにいなくなったことが注目されなかったんでした。ご両親がなかなか帰って来ないことを不審に思ったのが夜の八時ごろです。そこから大騒ぎで。教職員のほとんどはまだ学校に居ましたから、手分けして探して。それから警察がやって来て」

 由紀の質問をきっかけに、健太の記憶が少し明瞭になった。神隠しにあった。たったそれだけが鮮明に記憶されていた状態から、当時、自分がどういう行動をしていたかを思い出し始めている。

「本当にどこにもいなくて、翌朝から、また捜査を開始しましょうってなって。ああ。それから監視カメラを確認したら、出た形跡がないって」

 健太は言いながら頭を抱える。その様子を、由紀と満は黙って見守るだけだ。ただし、コウヘイだけが警戒するかのように真剣な顔だ。

「そうです。本当にどこにも。どこかに隠れているなんて。ううっ」

 そこで蹲った健太は、身体を抱えて震えている。その様子に、これ以上は危険と判断した由紀は

「一度休ませましょう」

 そう言ってコウヘイに動けと殴る動作をする。

「人使いが荒いな」

「何のためにいるんだ。早く!」

 予想よりも過激な反応だぞと、ううっと唸る健太に危機感を持つ由紀だ。が、あれだけ真剣な顔をしていたはずのコウヘイには危機感がなく

「これくらい大丈夫だよ」

 と軽い。

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