第26話 理沙も秀夫も、独りで生きて行くしかないのであった

 秀夫と別れた理沙は淋しさと孤独感に胸を塞がれた。

淋しい、寂し過ぎる・・・

心の中に不意に大きな穴が開いて、その暗い穴を今まで感じたことの無い虚ろなものが吹き抜けるのを感じた。これ程までに、と自身で訝る程の寂寥感に苛まれた。かけがえの無い大事なものを失った感覚だった。秀夫と別れて初めて知った寒々しい沈痛な思いだった。理沙はこれまで変わること無く秀夫を心の底から愛して来た。秀夫への愛しさが胸一杯に拡がった。秀夫を失った喪失の空虚な錘が悲哀と寂寥の思いと重なって理沙の胸の奥深くに沈殿した。理沙は、毎日毎日、来る日も来る日も、心も身体も抜け殻の状態で日々を過ごした。最愛の秀夫と離別した寂寥感と孤独感から哀しみに打ち拉がれ、何をする気にもなれず、何も手につかず、誰にも会わず、鬱々と日を過ごした。何をしても心は晴れなかった。理沙はただただ淋しかった。

 このどうにもならない淋しさから解き放たれたい、永続的に続くかと思われる耐えられない淋しさから逃れたい、この寂寞として堪えられない淋しさを永久に終わらせてしまいたい、理沙の頭をふと「自殺」という二文字が駆け巡った。

自殺することが唯一の救いなのか!

だが、若い理沙にはそれも出来なかった。首を吊るのも電車に飛び込むのも、服毒するのもビルから飛び降りるのも、皆全てが怖かった。怖くて足も心も竦んだ。辛うじて理沙はリストカットに挑んだ。

理沙は然し、あと僅かな時間でこの世から消えて無くなる、それもたった一人で、孤独のままで・・・そう思うと急に自分の孤独に戦慄し、その恐怖感に慄いた。

私はこの先、死んだ後もずうっと永遠に、この現実世界を見下ろした宇宙空間で、独り孤独に耐えながら、今と同じような状態で目覚めているのではなかろうか?それは青酸カリ入りのジュースよりひどい悪夢だわ、理沙はそう思った。

理沙は、その悪夢の中でびっしょり冷や汗をかいてうんうん呻いている自分を想像して、気が遠くなりかけた。無限の遠方の星になって独り目覚めている恐怖を意識し、吐き気を催すほどに恐ろしい死の恐怖に、初めて押しひしがれた。

この現実世界での僅か二十数年という短い生の後、何億年もずっと、意識だけは鮮明であるのに、ゼロで耐えなければならない恐怖、現実世界や宇宙は何億年も存在し続けるのに、その間ずうっと永遠にゼロであり続ける恐怖、理沙は無限の時間の進行と永遠の自己不在を思って、恐怖に意識を失った。物理的空間の無限と無の観念とから、時間の永遠と死んだ後の自分の無の恐怖に理沙は気絶したのだった。

 理沙は死ねなかった。

私は死ぬことさえ出来ない・・・

死ぬどころか更に救い難い寂寥と孤独の冥府魔道に堕ちて行った。

が然し、理沙も秀夫も、もう独りで生きて行くしかないのであった・・・

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