第16話

 光也の前にはチキン南蛮、美沙にはタラのみそやきセットが置かれる。


 季節の野菜などをふんだんに使用したサラダや副菜が小鉢に添えられており、十穀米とお味噌汁からはアツアツの湯気が立ち込めていて、とても食欲をそそられた。


 さらにこのセットメニュー、驚きなことにご飯、お味噌汁、お漬物がおかわり自由という太っ腹。


 多少他のお店より値が張っても、おかわり自由であれば、食べ盛りの若者にもコストパフォーマンス的にはありがたい限りである。


「美味しそうですね!」


 テーブルの前に置かれたランチを目の前に、キラキラと瞳を輝かせる美沙。


「うん、早速いただこうか」


 現代の女子高生が好きそうなメニューには目もくれず、健康的な食事で目を輝かせるとは、美沙も美沙でだいぶ変わりもののような気がする。


「それじゃあ、いただきます」


「いただきます」


 手を合わせて、供物や調理してくれた人に感謝の気持ちを込めて挨拶をしてから、それぞれ食事にありついていく。


「んんーっ! やっぱりお店で食べる焼き魚は家では真似できない焼き具合ですね」


 タラのみそ焼きを頬張り、頬に手を当てて表情を綻ばせる美沙。


 視点が家で作れるか作れないかであるのも、家事スキル万能な美沙独特の観点だ。


 光也は初めにお味噌汁を啜り、ほっと息を吐いてから、チキン南蛮を一つ口に含む。


 卵のまろやかな風味の聞いたタルタルソースと、香ばしいチキンの香りが口の中で広がっていく。


 衣もサクっと揚がっており、ジュワーっとチキンの肉汁が溢れ出してくる。


「うん、美味しいなこれ」


「ですよね! この優しい味わいが最高です!」


 目をキラキラと輝かせながら力説する美沙。


「お腹が空いてるときに友達も誘ったら、一度この美味しさを知ったら来てくれるようになるんじゃない?」


「ムリムリ。友達はみんなパンケーキとか映えスイーツとかばかりで、こういう定食みたいなお店は入りたがらないから」


 確かに、綺麗に配膳はされているものの、女子高生が好きそうなインスタ映えするパフォーマンスがあるわけでもなく、健康的で美味しいというだけ。


 勿論、味やクオリティを求めるのであれば美味しいのだろうけれども、和食をわざわざ選ぶ女子高生は少ないようだ。。


「放課後はファミレスでだべったりすることが多いですし、普段はお姉ちゃんが家にいるので作ってあげないといけないので、こうしてレストランで外食するってほとんどしてこなかったんですよね」


「そうだったのか」


「だから、今日は映画のチケットを頂けて本当にうれしかったです。ありがとうございます」


 もしかしたら、こうした落ち着いた雰囲気でランチを楽しむことが、美沙の中で憧れだったのかもしれない。


 結果として、それを叶えることが出来たのであれば、光也も一緒に外に出てあげて良かったというもの。


「さっきの話に戻っちゃうんですけど、お姉ちゃんに比べて光也君は偉いです。洗濯やゴミ分別、必要最低限のことは出来ていますから」


「けど、結局俺もみーちゃんにお世話されちゃってるし……。そんな俺が言うのもなんだけど、大変なお姉さんがいるなら、俺のお世話なんてしてもらわなくてもいいんだよ?」


 お姉さんだけでも大変なのに、グータラ2号予備軍みたいな光也のお世話をするなんて、美沙の負担でしかないのだから。


 やんわり断りを入れたつもりだったのだが、美沙は真っすぐな瞳を向けてきて言い放つ。


「私が光也君のお世話をやりたいからやってるんです。だから気にしないでください」


「でも……」


「それに知ってますか? 家事って誰かのためにやりたいって思った方が、モチベーションが続くんですよ?


 人差し指を立てながら、深層心理の豆知識を披露する美沙。


「それに、光也君は私の料理を美味しいって沢山褒めてくれるから、作り甲斐があるんだよ。だから、これからも私に光也君の朝ご飯は作らせてね♪」


 ウインクをしながら、可愛らしく頼み込んでくる美沙。

 そんな期待を込めた笑みで言われてしまったら、断る事など出来るわけがない。


「分かったよ。ただ、お世話になりっぱなしって言うのも申し訳ないから、何か俺に出来ることはないか?」


「なら、光也君が暇な時だけでいいので、こうして私とお出かけして遊んでくれない?」


「えっ、俺なんかとでいいのか?」


「もちろんだよ! 光也君と一緒だと楽しいって今日分かったからね!」


 にこやかな笑みを浮かべながら、そんな嬉しいことを言ってくれる美沙。


「でも、みーちゃんはそれでいいの?」


「はい、私も土日のどちらか、お姉ちゃんのお世話をサボることが出来ます。光也君と色んなところに遊びにも行けて、一石二鳥だよ!」


 毎日お姉さんの家事をこなして、気苦労で疲れて何もしたくないこともあるのだろう。


「私を労うつもりだと思って、お願い!」


 手を合わせながら懇願して来る美沙。


 そこまでお願いされてしまったら、食事を作ってもらっている身として無下にできない。


「分かったよ。俺でよければ付き合ってやるよ」


「本当に⁉ ありがとう光也君!」


 目をキラキラと輝かせて、感謝の意を述べてくる美沙。


 むしろ、感謝したいのは光也の方だ。


 朝食を作って貰って、家のことまでしてもらっているのだから。


「それじゃ、来週の土日は開けておいてね! また遊びに行くんだから」


「あぁ、えぇっと……来週はちょっと厳しいかも」


「そうなの? じゃあ再来週?」


「うん、再来週なら問題ないよ」


「やったぁー! じゃあ再来週また遊ぼうね!」


 こうして、再来週再び美沙と遊ぶ約束を取り付けた。

 来週は紗良とデートに行く約束を取り付けているので、キャパをそちらに裂かなければらないため、美沙とのデートを断ったのである。

 しかし、これがのちに、とんでもない事態を巻き起こすことになるとは、この時の光也は知る由もないのであった。



 ◇◇◇



 お昼ご飯を食べ終えて、二人はモール内をブラブラと歩いていた。


「ありがとうございます。ご馳走になっちゃって」

「いいって、いいって。俺は働いてお金も多少はあるからさ、気にしないでいいよ」


 昼食代は、当然光也持ち。

 美沙はそのことに対して、申し訳なく思っている様子。


 光也の方が年上で、働いてお金も稼いでいるのだから、別に気にすることではないのだが、美沙はそこ辺のことはしっかりしたいタイプのようだ。

 相変わらず律義な子である。


「次はどうしようか?」

「それなんですけど……一緒についてきて欲しいところがあるんです」


 光也が尋ねると、美沙が少々恥じらいながらも提案して来る。


「お、行きたいところがあるの? それじゃあ行こうか」


 この時の光也は、軽い調子で美沙の行きたいところへ行こうと言ってしまった。

 数分後、その選択を後悔することになる。


 何故なら向かった先は――

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