第12話 橘玲奈の初日 [玲奈視点] 2

 玲奈は昼食後もまだ席に座っていた。上品な笑顔は完全には消えていなかったが、顎がわずかに震えていた。まるで、誰かが長すぎる間息を止めていた後のように。

 周りの皆はまだ冗談を言い合い、食べ、笑っていた…だが、その声は遠く、分厚いガラスの向こうから聞こえてくるようだった。

 彼女は、朝から頬の筋肉がどれほど緊張していたかにようやく気づいた。この一日中、彼女は微笑み、応答し、姿勢を保ち、声量を調整し、イメージを守ってきた。

 先ほど友達を選んだ時でさえ、それも…彼女の本当の自分と「そうあるべき自分」の入り混じったものだった。


 結愛が身を乗り出した。「ねえ、なんでボーッとしてるの?お腹いっぱいになった?」

 玲奈はすぐに頷いた。「うん。ただ…嬉しいの。初日が順調に終わって」

 その言葉は心からのように聞こえた。だが、彼女の頭の中には、別の言葉がこだましていた。

 お母様は、私が明日もまた優位に立つのを望んでいるに違いない。


 予鈴が鳴った。一秒後には、全ての活動が学校モードに戻った。

 次の授業は体育の座学。体育教師は黒板の前に立ち、マーカーペンをまるで剣のように振っていた。新入生たちはすでに、授業の合間にも小声で話し始めていた。まだ、社会的な輪を探る段階だ。

 玲奈は必要最低限だけ黒板に注意を払った。しかし、実際には、彼女が聞いていたのは背後からの断片的な会話だった。


「あれ、マジで橘?セレブみたい…」

「自己紹介の時の笑顔、やばかった…」

「もしスキャンダルがなければ、今年は彼女がトップになるタイプだろうね…」

 トップ。スキャンダル。今年。

 それは魅力的であると同時に恐ろしい磁石だった。


 先生が全員に健康調査票の記入を求めると、玲奈は丁寧な字で、美しく、読みやすい文字を書いた。いつものように。

 しかし、紙を返した時、体育教師は彼女を少し長く見つめた。


「君の字はとても完璧だね…橘さん」

 その声のトーンは褒め言葉のようだったが、それ以上に観察のようだった。そして、周りのすべての生徒の頭が自然とそちらを向いた。

 玲奈は反射的に小さく微笑んだ。「ありがとうございます」

 先生が背を向けた時、結愛が囁いた。「学校で一番真面目な生徒に見えるよ」

 玲奈は笑いたかったが、体はかえって硬直した。

 お母様が聞いたら喜ぶだろうな。


 ✦✦✦✦✦✦


 次の時間は美術。生徒全員が自由に何でも描くように求められた。他の子たちは文句を言ったり、楽しんだり、頭に浮かんだものを何でも描いた。

 玲奈は鉛筆をあまりにも長く握りしめていた。目の前の白い紙は、妥協なく彼女を見つめ返していた。


「玲奈、描かないの?」遥が尋ねた。

「うん…考えてるの」

「何を?自由でいいんだよ」

 玲奈は無理に微笑んだ。「ええ…ただ、どこから始めようか迷って」


 真実はこうだ。すべての選択が間違っているように感じた。何を選んでも見られ、評価され、比較されるだろう。

 やがて、マーカーペンが紙に触れた。最初の線。二番目の線。


 約15分が静かに過ぎた。玲奈が再び背筋を伸ばして座った時、彼女は自分が広大な舞踏室、きらめくシャンデリア、美しいドレス、そして舞台の女王のように真ん中に立つ一人の少女を描いていることに気づいた。

 結愛が寄りかかった。「わあ…すごく綺麗。なんか、玲奈っぽいね」


 その言葉は喜ばしいはずだった。だが、まるで自分がその絵を選んだのではないかのような、奇妙なくすぐられる感覚があった。まるでその絵が、彼女がなりたい自分ではなく、彼女がなるべき自分を描いているかのように。

 美術教師が通りかかり、その結果を見て、わずかに微笑んだ。

「この絵は本当に美しい。とても…完璧主義的だね」

 玲奈は固まった。

 その言葉、完璧主義的(パーフェクショニスト)、は、まるで誰かに首筋をそっと叩かれたように感じた。強くはないが、的確だった。


 終業のチャイムが鳴った。校舎は再び賑やかになった。結愛、遥、美雪、そして相沢は、教室のドアで玲奈を待って立っていた。

 だが、玲奈が立ち上がる前に、携帯電話が震えた。


[連絡先の名前: お母さん]

[クラスと友達の様子の写真を送って。あなたが彼女たちの社交の輪の中心にふさわしいか見たいわ]

 彼女の胸が縮んだ。写真?今?教室で?みんな忙しいのに。

 遥が呼んだ。「玲奈〜一緒に帰ろう!」

 玲奈は立ち上がり、無理に明るく振る舞った。「あ…うん、行こう!」


 だが、体は硬く感じた。

 校門へ向かって歩いている間、彼女は黙っていた。彼女の表情に間違いはなかったが、かといって正しいものもなかった。

 遥と美雪は明日の弁当の計画について話していた。

 結愛はどの部活に入るかについて叫んでいた。

 相沢は体育のスケジュールについてコメントしていた。


 ある時点で、結愛がぽろっと言った。「玲奈は?明日、演劇部に入らないの?」

 玲奈は答える前に一瞬立ち止まった。「私は…多分ね」

 結愛は顔をしかめた。「演劇、好きなんでしょ?」

「うん」

「じゃあ、なんで『多分』なの?」


 玲奈には答えが分からなかった。

 演劇は好きだ。

 でも、入ったら、私は舞台に立つだろう。

 舞台に立ったら、みんなが評価するだろう。

 もし何か間違っていたら…

 もし私が完璧じゃなかったら…


「玲奈?」相沢の声が穏やかに彼女を呼んだ。

 玲奈は小さく微笑んだ—それはすでに深く根付いた自動的な反射だった。

「ごめん、ちょっと疲れただけ」


 学校の門前で、帰る方向が違うため、全ては終わった。彼女たちは手を振り、冗談を言い合って別れた。玲奈も一緒に笑った。

 しかし、一人で角を曲がると、その笑いはすぐに消えた。静寂があまりにも早く襲いかかり、彼女を驚かせた。あるのは自分の足音、自分の影、そして突然うるさくなった思考だけだった。


 もし私が一番目立つ子でなくなったら、彼らはまだ友達でいてくれるだろうか?

 もし私が完璧な少女でなくなるなら、お母様は激怒するだろうか?

 もし私が自分自身になり始めたら…それは誰にとっても十分なのだろうか?

 彼女の携帯電話が再び震えた。


[覚えてるでしょう、ダーリン?今年の目標は:一番輝くこと。他の子にその座を奪われないようにね]

 小さな笑顔が再び形作られた—だが、それは幸せからではない。自動的だったからだ。

 彼女は夕方の空を見つめた…そしてその日初めて、青葉学園が暖かい場所ではなく、彼女自身の戦いの場のように感じられた。


 ✦✦✦✦✦✦


 家に着くと、玲奈がドアノブに触れる前に、ドアが開いた。

 母親の真純(マスミ)が、すでに立って待っていた。きちんとした化粧、赤い口紅、そしてその野心を隠しきれないプロフェッショナルな笑顔。


「さあ、今日はどうだった?憧れられた?目立った?私たちの目標は覚えているわね?」

 玲奈は靴を脱いだ。「私は…歓迎されたよ。友達も優しい」

 母親は彼女を抱きしめた—温かくはなく、査定するような抱擁だった。何も言わずに全てをチェックするかのように。


「玲奈…『歓迎』されただけで満足してはいけないわ。優位に立たないと」

 廊下を父親が通りかかり、しばらく観察していた。「玲奈に先に食事をさせろ。疲れているだろう」

 真純は鼻を鳴らした。「努力なくして勝利はないわ」

 玲奈は、その厳しさではなく、疲れに驚いた。

 父親は静かに答えた。「子供は未来への投資ではない!」

 真純は鋭く振り向いた。「これは投資ではないわ。彼女の未来を、私たちよりも良くするための戦略よ!」


 玲奈は話したかった。今日は本当に幸せだったと言いたかった。価値を感じるために優位に立つ必要はないと言いたかった。

 だが、一つの自動的な声が先に口から出た。

「明日、もっと頑張る」

 真純は誇らしげに微笑んだ。父親は失望して俯いた。そして玲奈は音もなく自分の部屋へ上がった。


 ✦✦✦✦✦✦


 その夜、玲奈は勉強机に座っていた。宿題はまだなかった。だが、この家では静かにしていることは「有罪」を意味するため、彼女は本を開いた。

 窓の外を見つめると、彼女の顔の反射は美しく、整然としていて、完璧に見えた。まるで昼間の絵の中の舞踏室の少女のようだった。


 だが、それは彼女自身ではなかった。それは、見捨てられないために、彼女が戦い取らなければならないバージョンだった。

 突然、一つのメッセージが届いた。


[結愛]

[今日はめちゃくちゃ楽しかった!明日も隣に座ろうね!]

 次に二番目のメッセージ。

[遥]

[大丈夫?さっきから息を止めてるみたいだったよ]

 三番目。

[美雪]

[ちゃんと朝ごはん食べてね。疲れてるみたいだったから]

 四番目。

[相沢]

[休憩が必要なら、俺たちのところに来い。見られるために輝く必要はない]


 四つの通知。

 四つの声。

 世界が崩れ落ちるのを食い止める四つの手。

 玲奈は指先が白くなるまで携帯電話を強く握りしめた。

 そしてついに、それが優雅かどうかを考えることなく、大きく深呼吸をした。

「明日…」彼女は静かに囁いた。


 その言葉に大きな計画はなかった。

 戦略もなかった。

 要求もなかった。

 ただ、静かに現れた小さな希望だけがあった。

 明日、たとえ私が完璧でなくても、まだ十分でありますように。

 その言葉は誰にも送られることはなかった。


 しかしその夜、玲奈は生まれて初めて、最高のバージョンの自分になる方法を考えることなく眠りについた。彼女はただ、自分自身になりたかった。そしてそれは…恐ろしいことだった。

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