第2章: 橘レイナの過去
第11話 橘玲奈の初日 [玲奈視点] 1
新学期の最初のチャイムはまだ鳴っていなかったが、青葉中学校の廊下は、靴音、笑い声、そして壁に反響するおしゃべりの声で既に満ちていた。
誰もが同じに見えた。新しい制服、新しい靴、そしてこれからの三年間が順調に進むだろうという楽天的な表情。
ほとんどの人がそうだった。
橘玲奈(タチバナ・レイナ)は、クラス発表の掲示板の前に立ち、制服の襟元にある青いリボンタイを三度目に直した。緩んでいるからではなく、母親に「完璧でなければならない」と言われたからだ。今朝、家を出る前には、母親の携帯電話のカメラが彼女に向けられていた。
「ポーズをもう一度、玲奈。笑って。もっと可愛く。あなたは今日、一番目立たないとダメよ」
それを思い出すと同時に、玲奈の今の笑顔は消えた。
その瞬間、小さな手が横から彼女の肩を叩いた。
「玲奈〜、こんなところでボーッとしてたらダメだよ。誰か男の子に confess されるのを待ってるって思われるよ」天宮結愛(アマミヤ・ユア)が明るい声でからかった。
「はぁ?!」玲奈は思わず軽く肘で結愛を突いた。「ち、違う、そんなのない!」
「だから、どいてよ。私たちもクラスリスト見たいんだから」後ろから、短い髪が少し風で乱れた青井遥(アオイ・ハルカ)が現れた。「あんた、さっきから high maintenance すぎるって知ってる?」
「ほっといて」玲奈はため息をついたが、口元はわずかに笑っていた。「ただ…クラスを間違えるのが怖くて」
「橘、クラスを間違えるなんて、今日は一番小さな問題だよ」優雅な足取りがいつものように落ち着いている花園美雪(ハナゾノ・ミユキ)が追いついた。「たとえ間違って3年A組に立っていたとしても、あなたは注目の的になるわ」
「それ、褒め言葉じゃないよね?」玲奈はジロッと睨んだ。
「半分は褒め言葉。半分は事実かしら」美雪は穏やかに微笑んだ。
そして最後に、焦ることもなく、不安がることもなく、冷静に空気を読み取るかのようにまっすぐな視線を持つ相沢茜(アイザワ・アカネ)がやって来た。
「1年B組」相沢は短く、大袈裟な様子もなく言った。「私たち、全員一緒だ」
「WHAT?!」結愛はすぐに飛び上がった。「キャー!私たち五人、全員同じクラスだなんて!これは運命!これはアニメの友情物語だよ!今年はぜったい楽し〜い!」
遥が彼女の頭を軽く叩いた。「おい、ガキ、ちょっと落ち着け」
玲奈は安堵のため息をついた。一緒。その一言が、心を落ち着かせた。五人は幼馴染としてずっと一緒だった。少なくとも今日から、彼女には居場所がある。それで十分だ。十分なはずだ。
五人は1年B組へと向かった。ドアから見ると、教室の内部は黄金の箱のようだった。西側の窓から太陽が反射し、真新しい椅子、まだチョークが触れていない黒板、そして真新しい木の匂いを照らしていた。
玲奈は窓際の席、静かに過ごしたい時の彼女のお気に入りの場所を選んだ。しかし、座ってわずか四秒で、誰かに椅子を少し引かれた。
「最初から距離を作るな」相沢がそっと注意した。「馴染みたいなら、真ん中を選べ」
「距離を作ろうとしてるわけじゃない」
ただ、息をする場所が欲しいだけなのに… — 玲奈が言いたかった言葉だった。しかし、口から出ることはなかった。
結愛はすぐに玲奈の右隣に座った。遥は玲奈の前の席を取り、背もたれに顎を乗せてまるでバンドメンバーのように後ろを向いた。美雪は左側に、相沢は斜め前に座った。
五人が一つの引力の中心を満たす。ゆっくりと、だが確実に、他の生徒たちの視線が彼女たちに向けられ始めた。
静かな囁きが聞こえる。
「あの茶色い髪の子、誰?超可愛い」
「あの青いリボンの子?ヤバい、モデルみたい」
「名前知ってる?転校生かな?」
玲奈は自分自身に認めた。注目されるのは嫌いではない。世界が自分の存在を感じてくれるのは好きだ。しかし同時に、胸の中の何かが締め付けられるような気がした。息を整えて、常に憧れられるに値する自分でいなければならないと。
ホチャイムが鳴った。
担任の先生が自己紹介を始めたが、クラスの焦点は完全に黒板には向いていなかった。多くの目が、まだ玲奈たちの机と、その友人たちの輪に向けられていた。
生徒の自己紹介が始まると、結愛が一番だった。
「私の名前は、天宮結愛(アマミヤ・ユア)です!趣味はカラオケと、お菓子を食べることと、絵を描くこと—でも私の絵はヘタです。アハハ!」
クラスはすぐに笑いに包まれた。
次に遥が立ち上がり、世界が自分を拒むことなどないのを知っているような、リラックスした調子で話した。
「青井遥(アオイ・ハルカ)。バスケと寝ることが好き。もし授業中に寝ちゃったら、起こさないでね」
再び笑いが起こる。
美雪は自分の番が来ると、上品に頷いた。
「花園美雪(ハナゾノ・ミユキ)です。お料理が好きです。もしお腹が空いたら、遠慮なく言ってくださいね。作るのは楽しいので」
「キャー!美雪、超 wifeable !」結愛が席から叫んだ。
玲奈の前に、相沢が最後に立ち上がった。彼女の声は穏やかだ。
「相沢茜(アイザワ・アカネ)。読書と分析が好きだ。もしノートが必要なら、自由に使ってくれ」
そして…その名前が呼ばれた。
「橘玲奈さん」
その瞬間、教室は異常なほど静まり返った。
玲奈はゆっくりと立ち上がった。心臓が激しく鼓動しているのは、緊張からではなく、母親の叱責の声がまだ刻み込まれているからだ。
背筋を伸ばす。優しいまなざし。小さな笑顔。硬くならないこと。やりすぎないこと。最高の自分になること、しかし努力しているように見せてはいけない。
「橘玲奈です」彼女は言った。「私は…演劇と、紅茶が好きです」
シンプルに、整然と、清潔に。
拍手はまず結愛から、次に遥から、そしてクラス全体が続いた。結局、玲奈は安定した呼吸で席に戻ったが、その目はわずかに翳っていた。
見て、お母さん。全部、ちゃんとできたよ。
最初の授業が始まった。先生は優しく、内容はまだ導入だった。しかし玲奈にとって、それはすべて背景のように感じられた。彼女が聞いていたのは、頭の中の内蔵マイクの声だった。
振る舞いに気をつけろ。
話しかけられたら笑え。
あなたは憧れられるべき人間でなければならない。
✦✦✦✦✦✦
休憩時間になると、すぐに彼女たちの机の周りに人だかりができた。他のクラスの生徒までが「1年B組で一番目立つ五人組」を見に教室に入ってきた。
「橘さん、すごく可愛い!」
「リボン、キュートだね!」
「君、学校の演劇部員なの?マジで?」
玲奈は丁寧に微笑み、一人一人に答えた。そこにはかすかな喜びがあった…だが、プレッシャーもあった。
結愛が気をそらす手助けをした。「ねえねえねえ、みんな、玲奈を取り合わないで!交代してよ!」
遥は、玲奈の肩に近すぎる男子生徒を突き放した。「She’s not a display item, okay?」
美雪は、こっそりパックのお茶を玲奈に渡した。「飲んで。唇が乾いてる」
相沢は周りを鋭く見回した。「話したいなら、列を作れ。押すな」
彼女たちは玲奈を守った。ドラマチックな方法ではなく、あまりにも自然な方法で、まるでいつもそうしてきたかのように。
玲奈は突然…温かい気持ちになった。
ああ。これが…争う必要のない、自分の居場所を持つということなのだろうか。
しかし、その温かさは、玲奈の携帯電話が震えるまでしか続かなかった。
[連絡先の名前: お母さん]
橘真純(タチバナ・マスミ)— 新着メッセージ1件
[教室の雰囲気の写真を送って。あなたが一番目立っていることを確認して。他の子にあなたのオーラで勝たせてはいけないわ]
玲奈の心臓は床に落ちたように感じた。顔の笑顔はガラスのように砕け散った。
結愛が身を乗り出した。「どうしたの?誰からのメッセージ?」
玲奈は急いで画面をロックした。「ううん…ただの家族」
遥は玲奈の表情を観察したが、それ以上は追及しなかった。
✦✦✦✦✦✦
時間は過ぎた。二時間目、三時間目…そして昼食の時間になった。
みんながテラスや庭、部室へと向かう中、玲奈は教室で弁当箱を開いた。サンドイッチはきれいで、小さく、aesthetic。母が作った、というより、アレンジしたものだ。
「これ、あんたのランチ?めっちゃ小さいね」遥が呟いた。
結愛はジャンボサイズの弁当を取り出した。「これ、食べな!」彼女は唐揚げを差し出した。「栄養!」
玲奈は笑った。「そんなにたくさんはいらないよ—」
突然、教室のドアが開いた。隣のクラスの女子生徒二人が、甘えたようなため息をつきながら入ってきた。
「橘玲奈さん!今日もすごく可愛いね!私たちと一緒に裏庭で食べない?」
結愛は思わずジロリと睨んだ。「ハロー?ハロー?どういう意味?明らかに私たちが先なんだけど」
遥は背もたれにもたれた。「玲奈を誘いたいなら、まず私たちと交渉して」
「あんたたち、誰よ?」その女子生徒はきつい口調で尋ねた。
「友達よ」美雪は淡々とした調子で答えた。
相沢は付け加えた。「親友だ」
玲奈は黙った。すべての目が彼女に向けられ、決断を待っている。一瞬の静寂が、プレッシャーへと変わる。
もし彼女たちについて行けば、私は「うまく付き合っている」ように見えるだろう。もしここに留まれば、私はこの四人に「依存している」ように見えるだろう。どちらがより完璧だろう?どちらがより優れているだろう?どちらが…お母さんの望むものだろう?
玲奈はあまりにも長く考えすぎた。そして、十代の世界では、それは誤解されるには十分な時間だった。
遥が先に立ち上がった。「もし玲奈が行きたいなら、どうぞ。私たちは止めない」
しかし、その口調は怒りではなく…失うことへの恐れに近かった。
結愛は息を詰めた。
美雪はテーブルを見つめ、苦笑いを浮かべた。
相沢は、表情一つ変えずに答えを待っていた。
そして、玲奈はついに理解した。
もし今日「完璧さ」を選んだら…私はもっと大切な何かを失うだろう。
玲奈は立ち上がった。それは模倣した愛らしい笑顔ではなく、彼女自身の声だった。
「お誘いありがとう」彼女は来た生徒たちに言った。「でも、今日は友達と一緒に食べたいの」
二人は、驚き、気を悪くし、そして不満げに文句を言いながら去っていった。
しかし、ドアが閉まると、別の音が聞こえた。
安堵の感覚。
結愛はすぐに玲奈の髪を誇らしげに撫でた。「GOOD JOB!」
遥は視線を逸らしたが、口角が上がっていた。「もうあんなにヒヤヒヤさせないでよ」
美雪は笑いをこらえた。「もしあなたが行ったら、私は寂しくなるわ」
相沢は静かに言ったが、最も優しく突き刺さるようだった。
「ここでは完璧になる必要はない、橘。お前はお前でいればいい」
その言葉は、誰の意図よりも深く玲奈に突き刺さった。
痛いからではない。むしろ、これまで…家で誰もそんなことを言ってくれたことがなかったからだ。玲奈はわずかに俯き、こぼれそうになった涙をこらえた。
「ありがとう…みんな」
四人は微笑んだ。四つの手が弁当箱に伸び、食べ物を交換し合い、味についてコメントし合い、冗談を言い合った。そして玲奈は、この日初めて、唇を美しく見せるように整えることなく、笑った。
窓の外では、初夏の風が教室のカーテンを揺らしていた。そして玲奈の胸の内では、小さく、非常に人間的な何かが育ち始めていた。
もし、いつか私が完璧でなくなったら…彼らはまだ私を見てくれるだろうか?
その質問に、その日は答えられなかった。
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