第55話「青の住処」

 空気を切り裂く音が戦場に響き、鮮血が噴き出した。


 櫻の正確な斬撃は王の黒翼の一部を斬り飛ばし、二度と治らないように霊気を纏わせた。


「神野櫻ッ!」


 王は両手を組み、即座に赤黒いロングソードを生み出す。


 それを掴み、斬りかかるが、鮮やかな程しなやかな蹴りによって弾き飛ばされた。


「自由を求めた少女は、こんなに強くなったぞ」


「ッ!」


 王は素早くもう一本を生み出して防御の姿勢を取る。


 狂気的な笑みを浮かべた櫻は容赦なく太刀を叩きこんだ。


「ありがとう。自由は願うだけじゃ手に入らないと、教えてくれて」


「ぐっ、おおッ」


 凄まじい力で王を押し込む。その太刀が、さらに強大な霊気を纏う。


「僕も自由が欲しいだけですって、泣きながら言えよクソガキィ!」


「ぎっ、おおおお!」


 王はさらに強い妖気で櫻を弾き飛ばす。


 さらに斬りかかろうと振りかぶった王から目を逸らさず、櫻は大きく息を吸った。


「今だッ!」


 ――瞬間、地を揺らすような銃声。


「がはっ」


 脇腹を突き刺す鋭い痛みと同時に王は血を吐く。


 傷口を覆う白いオーラに絶望する暇も無く、正也が血契刀を叩きつける。


 それを辛うじて受け止めた王の手は震えていた。


「お前、不安は悪だと言ったな」


 王は正也の冷たい目を見据えたまま、血契刀を辛うじて横に受け流す。


「他人なんだから、分かり合えなくて当然だ」


「黙れ。知ったような口を利くな青二才が!」


「だから、あの瞬間は尊かったんだろう⁉」


 言葉を真っ正面からくらい、王の脳裏に記憶が叩きつけられる。


 開墾が続く森の中、もうすぐ消える花畑の中でパートナーと笑い合ったあの瞬間。


 空が青かった。


 永遠に続けとだけ願った。


「黙れ黙れ黙れぇぇぇぇぇ!」


 王の黒翼が大きくしなり、周囲に強烈な風圧を発生させる。


 正也は腰を落とし、両腕で顔を覆う。


 そして、自分を風除けにしている櫻の手の温もりを背中に感じた。


「永遠を願って何が悪い! それを悪と断じるこの世界こそが悪なんじゃないのか!」


「確かにそれはそうかもな。ただ一つ、お前には落ち度がある」


 風が止み、沈黙が訪れる。


 沈黙を破ったのは飛び出した櫻の正確なステップと、正也の声だった。


「お前は、不安に正面から向き合わなかった」


 砂を蹴る音。櫻の殺気が空気を切り裂く音へと変わる。


「させるか!」


 王は瞬時に両腕を前に突き出す。そして櫻の目の前に赤黒い壁を出現させた。


「くっ!」


 その壁は櫻の太刀を無慈悲に跳ね返す。


「あまり舐めるなよ」


 そのとき、櫻の頭上で星々が輝く。


 まるで櫻に狙いを付けたかのように、その光は瞬く間に広がっていく。


「先輩ッ!」


 正也の叫びも虚しく、王はいやらしい笑みを浮かべた。


「終わりだ」


 王は呟き、両手を組む。


 次の瞬間、その星々は形を持ち目にも止まらぬ速さで櫻に向かっていく。


「先輩!」


 正也は叫ぶ。が、その攻撃のあまりの激しさに近づけない。


 小さい塊となったそれらは櫻に容赦無く降り注ぎ、腰を落とし、頭を守る櫻のその両腕の肉を削り取っていく。


「正也! 離れて!」


 そんなリンの声が消し飛ぶ。


 吹き飛ぶ血肉、散乱した黒髪。赤黒い弾丸が肉を貫通し、地面に衝突する狂音が他の何もかもをかき消す。


「……何だと」


 しかし次の瞬間、王の頬を冷や汗が流れた。


 櫻はその攻撃を耐えきった。


「化け物が……!」


 たった一度の悲鳴も上げずに。


「ちっとも痛くない」


 クレーターのように抉れた床の上に立つ櫻。その口元に浮かぶのは、温もりとも狂気ともつかない静かな笑み。


「本当の痛みを知ってる」


 直後、銃声が二回。


 それらは櫻に目を奪われていた王の胴体を貫通した。


「お前にもわかるはずだ。何が本当に痛かったか」


 櫻はそう言い、太刀を上に放り投げる。


 正也が、それを掴んだ。


 その刀身が霊気と妖気を半分ずつ帯びる。


「そうだな。痛かった」


 達観したように両手を広げ、頭上を見上げる王の心臓を、正也は突く。


「ずっと、孤独が」


 王の吐血を正也は受け止める。


 そして、ゆっくりと太刀を抜き、翻った。


『勝った』


 正也の脳裏にそんな言葉がよぎったその瞬間、その目はリンの必死な形相を捉えた。


「正也!」


 その表情と声の正体を掴み切れず、正也は硬直する。


「後ろッッ!」


 戦慄に駆られて振り返る正也。


 その首筋に、王は噛みついた。


「――やはりお前が我の住処にふさわしい」


 肉を抉る湿った音が正也の耳をつんざく。


「離れろッ!」


 銃声、三発。


 それらは正確に王の身体だけを撃ち抜くが、王は離れない。


「孤独を埋め合おうじゃないか。共に……!」


 正也の瞳が、まるで脈打つように大きく揺れる。


 身体が、意識が、強制的に熱を帯びていく。


「櫻さん!」


「うおおおあ!」


 櫻は太刀を拾い上げ、ボロボロの身体で王を切り伏せる。


「正也君――!」


 櫻は振り向き、絶句する。


「櫻さん!」


 虚ろな表情を浮かべる正也。


「ダメだ! もう!」


 その背中には、全長十メートル程の黒翼が生えていた。


 その翼はグレイヴの身体に生えていたそれよりも禍々しく、空気の中に本能的恐怖を落とした。


「王が器に入ったんだ!」


「……何。何が」


「櫻ッ!」


 リンの悲痛な叫びによって、櫻は我に返る。


「殺して! 早く!」


 そして、再び硬直に陥った。


「じゃないと世界が終わる!」


 櫻は黒く沈んだその目を見上げる。


 その目の奥を見つめ、正也の温もりと不器用さを探した。


 しかし、その瞳に写る自分を見つけたとき、櫻は太刀を握り締めた。


「正也君」


 櫻は探した。希望を、救いを。


 半年前のあの日、正也に見出したような、光を。

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