第51話「試練、声」
こちらに猛スピードで向かってくる触手を視認し、正也は櫻の手を強く引っ張る。
「こっちッ!」
直後、床が割れる凄まじい轟音が鳴り響く。
叩きつけられた触手は目的のものを探すようにずるずると蠢く。
「リン!」
「どこ?」
正也の視界の中、リンはふらふらと立ち上がって歩き出すが、死体に躓いて転ぶ。
「リン! 今行く!」
「させませんよぉ」
正也の目の前、触手が大きく跳ねて行く手を塞ぐ。
「祓魔師、神殿の守り手、まさかこんなに数がいたとは」
「先輩! 付いてきてっ!」
「ああ!」
「ですが、問題無さそうです」
グレイヴの方へ一直線に駆け出した正也と櫻。
しかし、グレイヴはその仮面の奥で不敵に笑った。
「もう一匹も、すぐです」
「ッ! 危ない!」
左側、櫻に向かって振り下ろされた触手。
正也は櫻と入れ替わり、その衝撃を全身で受け止めた。
「王子! 王子ィ! 何をそんなに気張っているのですか⁉」
振り飛ばされ、床を転がる正也。
しかしすぐに立ち上がり、膝をついている櫻を見つけて駆け寄る。
「目の前にあるのは希望ですよ⁉ 未来ですよ⁉ あなた様が新たな王になれるのですよ⁉」
正也は脇腹を抑えながら、ゲラゲラと笑うグレイヴを睨む。
そのとき、櫻が正也の肩を小突いた。
「正也君、奴の近くまで私を運んでくれ。目が慣れてなくても近くなら見える」
「わかりました。でも、リンが」
「正也君」
櫻は正也の服の裾を掴む。
その手の感触に、正也は戦慄した。
「それでも、行かなきゃ」
「そんな。でもリンが!」
「寂しいですねえ。私とお話しましょうよ」
グレイヴはそう言い、遊ぶように触手を床に叩きつける。
正也はグレイヴを睨みながら、ある考えを頭に巡らせる。
『俺がもっとちゃんと指示を出してれば、分断はされなかった』
『リンの安全のためこのままこいつを引き付け続ける』
そんな考えを固定化したとき、正也はグレイヴを見据えながら上体を起こした。
「望み通り、話してやるよ。気狂いが」
グレイヴはゲラゲラと笑い、触手を正也に向けた。
「気狂いはあなたでしょう? 吸血鬼の王子として力に目覚めながら、まだ人間におもねる。そんなに明るい未来が怖いのですか」
「弱者を無慈悲に斬り捨てる世界を明るいとは思えない」
「殺し殺され、そんな世界が明るいと?」
正也の視界に祓魔師たちの死体が映る。それらは抜け殻となって、もう二度と動くことはない。
そして、正也は深呼吸をした。
「俺たちなら、憎み合いを終わらせられる」
「不可能です。確証が無い」
「お前たちの賭けにも確証は無かった。そして、それを確かなものにするために努力してきたんだろう?」
そのとき、止めどなく流れ続ける櫻の血が空中で止まる。それは重力に逆行していき、正也の目の前で螺旋を描く。
「俺たちも同じだ」
血契刀朱落。禍々しいオーラを放つその大太刀が、正也の手に。
「弱さを無慈悲に斬り捨てるなら、どんな結末を迎えても文句は言うなよ」
その殺気のこもった目でグレイヴを射抜く。
グレイヴは笑った。静かに、まるで怒りを押し殺すように。
「文句などあるはずがありません」
そして再び、血で作られた触手を振り上げる。
「たとえどんな結末を迎えても、王に尽くし続けた、この幸福な人生ッ!」
巨大な触手が振り上げられ、鋭い音を立てて振り下ろされる。
「正也君ッ!」
正也は向かってくるそれを辛うじて受け止める。両腕が力に押しつぶされそうになった直後、まるで櫻がそうするように触手を横にいなした。
「王子! 気付いているのでしょう⁉」
グレイヴは続けざまに触手を振り上げる。
「事ここに至って、王が自分に力を貸すはずが無いと!」
正也は再びグレイヴの攻撃を受け止める。
しかし、血契刀はその触手に傷一つ付けない。
「大人しく降伏してくださいよ!」
血を含んだ埃が舞う。
血契刀を支える自分の腕が悲鳴を上げる直前、正也は大きく息を吸った。
「走るぞ!」
何とか攻撃をいなし、正也は櫻の手を掴んで再び走り出す。
グレイヴの周囲を旋回するように。僅かに残っているはずの勝機を見つけるために。
そのときリンは、衝撃で吹き飛ばされたリボルバーを見つけるため必死に手を動かしていた。
そして、やっと見つけた。
「でも、私」
相棒の感触を確かめながら、リンの呼吸が速く、浅くなっていく。
そして、混乱したまま口を開いた。
「どうしたら良いの」
もう誰も自分の名を呼んでいない世界で、そんな言葉がリンの頭の中に響いた。
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