第3話「ドアを叩く音」

 一日の終わりを告げるチャイムの音、クラスメイトたちが続々と教室から出て行く。

 正也は、のっそり、のっそりと帰り支度を始める。


 帰り道で誰かに鉢合わせる。それを想像しただけでさらに手が遅くなった。


「ねえ、あの人って」

「うん、絶対そう。わぁカッコいいっ」

「あ、こっち来るよ!」


「……?」


 しかし、ふと、廊下がにわかに騒がしいことに気が付く。

 聞こえてくるのは主に女子の声だ。顔を上げ、廊下をじっと見つめる。


 そして、


「ッ!」


 目を伏せる。

 教科書を乱雑に詰め込んでいく。

 立ち上がろうとしたそのとき――。


「妖木正也君はいるか!」


 響いた。まるで校舎全体が揺れたように。


 静寂が訪れ、誰も息をしない。


 その後、徐々に広がっていく動揺と視線に耐え切れず、思わず顔を上げた。


「あっ」


 威圧感を放つ瞳に射抜かれる。

 直後、微笑まれた。


「いた」


 神野櫻。その名を頭の中で何度も反芻しながら、正也は再び俯き、立ち上がる。


「悪いな。ちょっとどいてくれ」


 椅子を引く音。広がる動揺。


『何で。何で何で?』


 視線が絶えず突き刺さる。

 顔が熱くなり、指先が震える。


「君ッ、待って」


 迷いの無い足音、一直線に向かってくる。


「待ってよ。正也君」


 櫻の足とスカートが目に入る。避けようとしたが回り込まれ、正也はようやく観念した。


「正也君」


 呼ばれ、恐る恐る顔を上げる。

 好奇心たっぷりな子供のような目と衝突した。


「は、はい」

「……ふふん」

「え?」


 その目を細め、自慢げな様子を隠す素振りも無く微笑まれる。


『これで君は私の物だよ。正也君』


 三日前、あの“夢”の中での櫻の台詞が、正也の頭の中に響く。


『あれは、夢のはずだ』


「君、ちょっと来てくれ」

「は?」


 気付けば、腕を掴まれていた。

 引っ張られ、歩き出していた。


「は? ちょ、何なんですかっ」


「話がある」


 櫻の手を振りほどこうとして、逆に解けないように絡みつかれる。


「何なんですか、あんた。何が目的なんですか」


「大丈夫」


 後ろからでも、口角を上げて笑ったのがわかった。


「これから教えるよ」


 櫻は一直線に廊下を突き進んでいく。


 生徒たちの歓声と視線が背中に刺さり、正也は身じろぎする。


 やがて辿り着いたのは、今は使われていない、元文芸部室だった。


「時間は取らせないよ」


 腕を解き、放り出される。


 たたらを踏み、振り返った正也の目に、櫻の姿が映る。


 したり顔で微笑みながら後ろ手にドアを閉める櫻の姿が。


「時間は、取らせない」


 確かめるように、もう一度呟いた。


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