第28話 二人の気持ち
フラナは翌日には目覚め、世話人としての仕事をすると言ったが許可がおりなかった。
ヴィッセン製の貧血に良く効くという薬を飲まされ、竜舎では訓練などもするからという事で、いつもアルクと黒竜がいる見張り台を今日はランと共に過ごしていた。
「この場所は嫌じゃないですか?」
正確には、アルク達が寝泊まりしている場所からは離れているが、それは竜同志があまり群れたりする行動をとらない為だ。
「ちょっと、アルクさん達の匂いがするかもしれませんね…」
フラナがいるからか、ランは暴れたりはせず、大人しくフラナにもたれかかられている。
「…またイル様、ちょっと忙しくなるかもしれません」
あまり詳しく話を聞けていないが、この国でレハムリが姿を見せた事はなかったらしい。
しかし、フラナもヴィッセンの故郷でもレハムリによる被害は多数あった。
という事は、レハムリは今までは意識的にこの国を避けていたのだろう。
おそらく竜がいるからだ。
それが突然群れで襲ってきたのだ。人為的な何かがあるとみるのが妥当だろう。
「もう交代の時間だ」
アルクと黒竜が一日を終えて、見張り台へと戻ってきた。
「今日はこちらを貸して頂き有難うございました。明日からは、復帰出来ると思います」
アルクに礼を告げて、ランに乗せてもらって竜舎に戻った。
「だいぶ冷えてきましたね。炎竜さんから炎を分けてもらってきます」
ランから降りて、今日も寝泊まりの準備を始めた。
「イル様…」
炎竜から弱くブレスを吐いてもらって、何個か暖房具に火を灯した所にイルが現れた。
「顔色はだいぶ良さそうだな」
手に抱えてる暖房具を数個イルが受け取ってランの近くに置いた。
「はい、明日からは働けるかと思います。ご迷惑おかけしました」
フラナは深々と頭を下げた。昨日の今日でイルの事をまともに見る事が出来ない。
今日は一日、ランとただ過ごしていただけなのに、本題を考える事が出来なかった。
「明日の事は、ちゃんと医師に診てもらってからの判断だ」
朝食の前には医師に診てもらえという事だろう。
「…昨日の話だが、昨日伝えるつもりではなかった。だが、気持ちに偽りはない。俺は世話人としてだけでなく、パートナーとしても隣にいて欲しいと思っている」
イルが暖房具を並べて、ランの側に座るように促されたから座ったが、ランの近くなのに落ち着かない。
「あの…お気持ちは有難いのですが、私はお気持ちに応える事は出来ません」
どう切り出したら良いのか一日考えても分からなかった。
でも、イルは真っすぐな人だから、自分も真っすぐにぶつからなくてはならないだろうと思っていた。
「それはどうしてだ?俺を男としては見れないか?故郷の事か?」
恋愛なんて自分の人生に与えられていないと思っていたし、あまり人にも興味がなく過ごしてきたから、正直何が好きだとか全く分からない。
でも、イルはいつだって真っすぐで、優しくて、そしていつも側にいてくれた。
だから、いつか誰かと添い遂げる日までは自分も近くにありたいとそう思っていた。
「何が問題だ?問題があるのなら、はっきりと言ってくれ。俺は、すぐには諦めてやれない」
今の気持ちを何と口にしたら良いのか分からない。
それに側にいて欲しい、側にいたい人だからこそ言えない事もある。
「俺は、君の故郷に話をつけるつもりがあるし、フラナが竜人でも人でも、世話人でなくなったとしても君を想う」
竜人である事も不安だし、何より不安なのは故郷で婚約者が決まっていたのに逃げ出してきた事だ。自分の事で、この国には迷惑をかけられない。
「別に君が俺を心の底から受け入れられないのだとしたら、そうはっきりと言ってくれ。そう言われたからって、君から竜の世話人としての仕事を剥奪したりしない。それは誓おう」
故郷の事を理由に断っても、イルは国へ行くと言うのだろう。だから何も言えない。
けれど、イルが受け入れられない。なんて嘘も言いたくない。
「待て!ランに乗って逃げるのは禁止だ」
以前一度やられてしまったが、昨日の今日で何かと物騒だし、ランの相棒はイルだというのにそのランで飛ばれてしまうと、イルが追いかける事が出来ない。
「…時間が欲しいというのなら待つ。だが、君の気持ちが俺は知りたい」
故郷ではずっと腫れ物に触れるような視線か、まるで自分は存在してないかのように扱われるかのどちらかだったから、こんな風に真っすぐに見つめられる事にフラナは慣れていなかった。
「泣く程嫌なのか?」
いつも真っすぐな瞳が好きだけど、今はその視線が痛かった。
悲しいわけではないのに涙が溢れる。故郷にいた時は涙なんか流す事はほとんどなかったのに。
「とりあえず、降りてきてくれ」
少しだけランに乗ろうとしていたフラナにイルが両手を差し伸べる。
「私は…」
今まで欲しいものもなかったから、欲しいものを欲しいと言って良いのかさえ分からない。
「私はイル様の近くにいたいです」
イルの両手に飛び込むとイルは簡単にフラナを受け止めてくれる。
「…それは、肯定と受け止めるぞ」
フラナからは言葉が返ってこないが、それも含めて肯定と受け取って良いという事だろう。
それに、今イルに回されたフラナの両手が答えを告げてくれている気がした。
「私、世話人は続けたいです。そして、故郷に一度帰ってきます」
最初で最後の冒険のつもりで、竜を見たいという旅はこの国に着いて、イルに出会えた事で世話人としての日々へと変化していった。
「ん~、まぁ…俺も王子的な仕事は弟に押し付けてるし、奥方も優秀だからその辺は任せよう。そして一人で帰るのは駄目だ。俺も行く。というか、ちゃんと正式に訪問するから二人で行こう」
故郷の事は一人でどうにかしたいのだが、それは叶いそうになかった。
「今は、魔物達の襲撃でこの城も街にも不安が募ってる。根本的な解決策も正直見出せていない所だ。だからこそ俺には君が必要だ」
そう言うと、イルはフラナを地上に降ろした。
「ランと散歩に行こう」
そしてすぐにランに飛び乗ると、今度はランに乗る為に手を差し出した。
そうフラナはこうして手をとるのが何より好きだった。
「ラン、これからも俺達の事をよろしくな」
フラナは色々考えているようだから、そんなフラナの気持ちを明るくするには大好きな竜が一番だろう。
「…昨日の今日で何してやがるんだか…」
見張り台にいるアルクからは、金色の竜が夜に輝くのがよく見えていた。
「!そういえば、渡す物があったのを忘れていた。ラン、散歩は終了だ。竜舎に戻ってくれ」
イルは何かを思い出して竜舎に戻るようにランに指示した。
暖房具をフラナから受け取る際に、何か包みを置いていたのが見えたのでそれの事かもしれない。
「これを良かったら使ってくれ」
そう言ってイルが渡してくれた包みにはケープが入っていた。
「最近冷えてきただろう、少し前に注文しておいたんだ。ようやく出来たから、使ってくれ」
騎士達は竜舎にいる時は訓練したりしているので、あまり防寒具を着たりはしないが、フラナは女性だし、冷えるだろうと思って街へ出掛けた時に注文していたのだ。
仕事にも影響しにくいような作りに仕立ててもらった。
「有難うございます。いつも貰ってばかりですみません。私も何かお返ししたいのですが、何が…」
何も返せないまま、いつもイルから貰ってばかりのフラナがお礼をしたいと言い出すと、イルはフラナに防寒具をかけた。
「共にいてくれるなら、それで充分だ。よし!今日は俺も此処で寝る」
そう言って、イルはせっせと寝床の準備に取り掛かった。
「別に今日からは問題ないだろ?」
副団長には散々風紀を乱すな、と言われたがお互いの気持ちを伝えあったのだから問題ないだろう。というのが、イルの主張だ。
「あの…故郷に一度帰るまでは皆さんには内緒にして頂きたいんですが…」
イルとしては別に隠し事をする必要性を感じなかったが、フラナにも思う所があるんだろうと、副団長には伝えるという事で一応話はすんだ。
そして、今日は三人で寝ると言ってきかないイルだった。
「え~!?フラナさん今日も休みっぽいのに、団長もいないのか…って思ってたら二人で寝てるんですけど???」
翌日の朝、竜舎にはお決まりのようにマイルの声が響いた。
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