こちらのエッセイを拝読し終えて、思わず溜め息をつきました。
それはやっちゃダメだよねぇ……
と。
本作は、占い師さんが占い師さんに占いをしてもらうという貴重な体験を綴ったもの。
作者様は、近年ありがちな不誠実行為に嘆かれ、それにどうか引っかかりませんように、と皆々様へ警鐘を鳴らしておられる。
私も占い師さんのお世話になった事はあります。
『あたるもはっけ。あたらぬもはっけ』
それを承知でまいります。
いいんです。
私の場合大事なのは、占いという神秘性よりも、
『この人生どん詰まり状態を打開する何かヒントはないものか』
と、"人"に意見をもらうことにあったのです。
占い師さんも色々でした
『ああ、それは違う……( ;∀;)(一生懸命私について当てにくるけど、ことごとく外れている)』
とか
『それはあなたの自慢話だよぅ……( ;∀;)(延々と自分語りをする)』
なんて人もいました。
でもいいんです。
必ずしも望ましい言葉を貰えるわけじゃない。
それが人間同士というものです。
私に何か自分の言葉を送ろうとしてくれた。
そこが、大事。
だから、本エッセイで作者様が遭遇した、なんちゃって占い師には、かつて占い師の洞察力に頼った客の一人として、チョップをお見舞いしてやりたい。
さてどんなエセ占い師だったのか。
どうかご一読下さい。
きっとあなたも、チョップをお見舞いしたくなる。
個人的にですが、占いに関しては人生相談やカウンセリング、あるいは統計学みたいな側面があると思っているので、そこまで否定的じゃありません。
でも、あんまりオカルト色が強すぎるやつは否定的です。
曖昧なことをもっともらしく語るとき、故意か意図せずかはさておき、そこには必ず邪念が混ざります。
「この人を騙してお金を儲けよう」とか、「自分の地位や主張の価値を高めるための信者にしよう」とか。
こういう、占いという曖昧なものに着け込んで悪用する人たちがいるから、占いというものに「胡散臭いもの」というイメージがついちゃったんですよね……。
で、こういう邪念交じりの人たちっていうのは、大体「できる限り楽をして結果を得たい」っていう人たちなんですよね。
いや、普通の人もそう考えているかもしれませんけど、大体の人には「常識的な倫理」っていうブレーキがあるから、一定の段階で踏み止まれるんです。
でも悪い人にはそれがないから、平気で嘘をついたり、他人に迷惑かける手段を用いたりと、不正に手を出しがちなんですよね。
結果、安直なコピペや生成AI回答の丸投げなんかを占いでやっちゃうという。
手抜きですよね。
テキトーにそれっぽいことを言えば「占い」になると勘違いして、ちゃっかり稼ごうとしている輩です。
そういう手合いに相談したいとも思えないですし、その回答に幾ばかりの参考性があるのやら。
ですが、実際このデジタルな社会、ネットの中にはこの手の「楽」に逃げ、濡れ手で粟を掴もうとする輩がごちゃまんといるわけで。
そんな現実の片鱗と、そこへの怒りが本作からは垣間見ることができます。
「占い」のリアル、是非とも見てみませんか。