カクヨムで書籍化

柿井優嬉

カクヨムで書籍化

 中学校の教師をしている、近藤という男がいます。彼は、きっちり横で分けた髪型で、おしゃれさは微塵もないメガネをかけ、地味な色合いのスーツとネクタイを常時着用している、典型的な日本のサラリーマンといった風貌ですが、言動は真面目な見た目とは正反対の、ハチャメチャな人間です。

 そんな近藤ですけれども、普通なら見放されてもおかしくないのに、なぜだか付き合いのある人はけっこうおり、その一人である友人の堀内という男性が、彼と会った際に、こう問いかけました。

「お前、どうして最近、携帯をよく見るんだ?」

 四十代半ばの彼らは、学生時代からの仲です。なので、交友関係はかなりの年月になるわけですが、少し前まで近藤は、二人が顔を合わせているときに携帯を手に取ることはほとんどなく、堀内は近藤が携帯を所持してないんじゃないかと思うくらいだったのです。それゆえ気になって尋ねたのでした。

「ああ、カクヨムを始めてさ。それでだよ」

 そのタイミングでも携帯に目をやっていた近藤は答えました。

「カクヨム? 何だ? それ」

「知らないのかい? 小説投稿サイトさ」

 そして近藤は開いていたカクヨムの画面を堀内に見せました。

「ふーん」

「私の教え子で小説を投稿しているコがいてさ。『先生、僕の小説を読んでよ』と言われて、閲覧するようになったんだけど、だんだん自分でも何か書いてみたい欲求がわいてきて、ちょっと前から執筆もやり始めたんだ」

「へー。お前、小説なんて書けるんだ?」

「いや、今まで書いた経験はないし、執筆のノウハウもわかっていないよ。でも、小説だけでなく、エッセイや俳句といったものも投稿できるから、とりあえず日記みたいに日々の感じたことや遭遇した面白い出来事なんかを載せてるんだ。ただ、近いうち小説にもチャレンジしようと思っている。たくさん読まれれば、書籍化される可能性もあるから、そいつを狙ってるんだ。作家デビューできたら、教育者としても、いち社会人としても、箔がつくからね」

「いや、無理だろ」

 堀内は冷めた表情で返しました。

「今までまったく執筆したことがないのに、そこまでのレベルの小説を書くなんて」

「大丈夫、いけるって。異世界ファンタジーというのがすごく人気だから、ジャンルはそれにして、大勢の人に読まれている作品に目を通して学習すれば。私は教師ゆえ、文章を記すのは慣れているんだし」

「そんなに甘くねえって」

 堀内の言うことはもっともだと思われますけれども、近藤は謙虚にその言葉を受けとめる男ではありません。

「おいおい、私を見くびるなよ。まあ、いいさ、そう思ってりゃ。一年も経たないうちに作家デビューをしてみせちゃうぜ」

 自信満々に彼は言ったのでした。


 前の会話から数カ月が経ったある日、堀内は近藤に呼びだされて、カフェのテラス席で彼と顔を合わせました。

「何だよ? 話って」

 堀内は少々緊張して尋ねました。というのも、近藤は冒頭で紹介したように普段からきちっとした身なりなので、それに関しては違和感がないものの、この日は友人相手だというのに振る舞いまでずいぶんと礼儀正しくしっかりしていて、まるで恋人の親に「娘さんを私にください」と頭を下げにきたといった様子だったので、何を言われるのかと不安な気持ちになったのです。

「堀内さまに、ぜひとも聞いていただきたいことがあるのでございますです」

 近藤は冗談としか思えないその言葉遣いを真顔で口にしました。

「何だよ、気持ち悪いな。普通にしゃべれよ」

「わかりました。堀内さまがそうおっしゃるのであれば、言う通りにいたします」

 堀内はますます嫌な予感がしましたが、話を前に進めることにしました。

「で、何なんだ? 言っとくけど、金なら貸さねえぞ」

「いや、お金じゃないよ。以前に、私がカクヨムで小説を執筆する予定だって話をしたよね。覚えているかい?」

「ああ」

 堀内はうなずきました。

 すると近藤は、これ以上は無理というほどに深いおじぎをしながら声を発しました。

「堀内、頼む! カクヨムにユーザー登録して、私の小説を読んで、応援のハートマークを押して、フォローして、評価の星を三つつけて、『この小説は最高に面白いから、皆さんぜひぜひ読みましょう』という内容のレビューを書いてくれ!」

「ええ? なんでだよ?」

 堀内は顔をゆがめて訊きました。

「全然読まれないんだよ、私の小説が! 一生懸命、書いても書いても、読まれた数がせいぜい二、三回で、自我が崩壊しそうなんだ!」

 堀内は呆れて言葉を返しました。

「だから言ったじゃねえか、そんなに甘くねえって。執筆経験が皆無なのに、いきなり人気の小説を書くなんて」

「いや、出来のいい小説を作ることは不可能じゃないが、異世界ファンタジーっつうのが、元々まったくなじみがないから、他の人のをいっぱい読んでも、やっぱりいまいちよくわからなくて、うまく書けないんだよ」

「だったら、他のジャンルの小説を書いたらいいだろ」

「うん、そうしたよ。だけどそれだと、目標である書籍化のハードルが相当に高くなってしまうんだ。ウェブ小説から本になる作品は、ほとんどが異世界ファンタジーなんだよ」

「そうはいっても、他のジャンルだって可能性はあるんじゃねえの?」

「ああ。しかし、一般的なジャンルの小説は、プロの作家が書いた本が山ほどあって、図書館で無料でも読めるんだから、投稿サイトのを読もうという人はおそらく、異世界ファンタジーの作品が目当てなのが大半なんだよ。だから、一般的なジャンルのものは読まれづらいし、私の小説も目を通してもらえないんだ」

「お前のが読まれないのは、ジャンルの問題じゃなくて、実力だろう」と堀内は思いましたけれども、うぬぼれ屋の近藤には言っても無駄だと判断して、口にはしませんでした。

「そこでだよ」

 近藤は続けました。

「初めに言ったように、きみに、私の小説にアクセスして、星をつけ、レビューを書いてもらいたんだ。そうすればランキングが上がるから、存在を知ってもらえるし、読んでもらいやすくなる。ちゃんと読んでくれさえすれば、正当に評価されて、書籍化までたどりつくのは間違いないからさ」

「まだ言ってんのかよ、この勘違い野郎が」と堀内は思いましたけれども、うぬぼれ屋の近藤には言っても無駄だと判断して、口にはしませんでした。

「えー、もー、嫌だよ」

 代わりに彼は、面倒だからやりたくないという態度をとりました。

 すると、近藤は改めて礼儀正しい姿勢になりました。

「ただでとは言わない。つまらないものだが、受け取ってくれたまえ」

 そう述べて、脇に置いていた、とても高級そうな菓子折りを差しだしました。

 堀内は、当然とも思えますが、喜ぶどころか引きました。

「お前さ、こんな賄賂を贈るみたいなことをして、恥ずかしくねえの? たしか、教え子もカクヨムをやってるんだったよな?」

「堀内」

「ん?」

「教師である前に、私は人間なのだよ」

 近藤は恥知らずなその台詞をとてもかっこつけて言ったのでした。

「とにかく、頼む! お願いだよ~。堀内く~ん」

 そして、今度は一転して、必死に頭を下げました。

 堀内は一層やる気が失せました。

「嫌だよ。『自分の小説を読んで、もし良かったら評価ポイントをつけてくれ』って言えばいいものを、こんな賄賂みたいなもんを渡されて、悪事に加担する感じでさ。他の奴に頼めよ」

「みんなに断られたから、一生懸命お願いしてるんでしょうが!」

「子どもがまだ食べてるでしょうが!」の口調で近藤は言いました。

「そうか。みんな断ったのか。つまり、それが妥当な返答ってことだよ」

「く~、もういい!」

 近藤は勢いよく腰を上げました。

「チクショー。覚えてやがれ!」

 まるで悪者が正義の味方にやられたときの捨て台詞のようにそう言い残して、彼は去っていったのでした。


 カクヨムで自らの小説の閲覧数を増やす策として、友人に頼るのを諦めた近藤は、他のユーザーの作品を読んで、応援マークをつけたり、コメントをしたりすることを始めました。そうすれば、必ずではありませんけれども、向こうも自分の小説を見てくれるというのを知ったからです。

 しかし、人間性に問題がある近藤は、こんなこともまともに行えません。

 カクヨムには、各ユーザーのページに、何年の何月何日に登録したかが記されています。交流している相手の登録が自分より後だと、先輩面をして、コメントがとても偉そうなのです。

〈うん、まあ、ド素人にしては、よく書けていると思うよ。ただ、ちょっと心理描写が物足りないかな。私の小説を読み込んで、勉強したまえ〉

 といった具合に。

 反対に相手のほうが先だと、自分は後輩ということでへりくだりますが、召し使いかというくらいに度が過ぎるので、やはり相手は関わりにくくてしょうがなくなります。

 また、せっかく近藤の小説を読んでくれたり、良いコメントをくれたりしても、その相手がコンテストで賞を獲っていたり、書籍化をしていたりすると、嫉妬して、無視するのです。

 そんな調子ですから、他のユーザーは離れていって、彼の小説のPV数は相変わらずわずかしかないのでした。


 近藤にレビュー等を頼まれてからしばらくして、堀内はカクヨムを見てみました。近藤は苦境に対し、おめおめと引き下がったりせず、何かやる、より正確には、何かをやらかす、人間なので、あれからどうしたのか気になったのです。

 近藤のユーザー名は「悪徳弁護士」であると聞いていたので、それを入力して検索しました。

「ん?」

 堀内は声を漏らしました。近藤のページの「小説」の欄のなかに、一つだけ星の数字が大きいものがあり、それが目に入ったのです。他のは、ゼロか、良くても一桁と、変わらず低調ですが。

 その星の数が大きな作品のタイトルは「カクヨムで書籍化」でした。

「このタイトルが好奇心をそそるからか?」

 そうつぶやいた堀内は、彼自身も「カクヨムで書籍化」がどんな中身なのか興味を刺激され、クリックしました。

 以下が、その原文です。

〈小説を書いていらっしゃる皆さんのなかには、自分の作品の書籍化を望んでおられる方が少なくないと思います。

 しかし、ウェブから書籍化されるのは大半が異世界ファンタジーで、他のジャンルの小説を執筆している方々は、そのハードルの高さを嘆いておられるのではないでしょうか? 私もその一人です。

 私は、異世界ファンタジーはなじみが薄く、読むのも昔からある一般的なジャンルの小説が多いのですけれども、プロに負けないのではないかと思うくらい素晴らしい作品がたくさんあり、実にもったいないと感じる毎日です。

 それで思いついたのですが、そうした一般的なジャンルの優れた作品を集めた、その名もズバリ、「カクヨム短編集」という本を出版するのはいかがでしょうか?

 例えば、一人十ページで、三十人の短編小説を載せるのです。単純計算で三百ページで、ちょうどいい分量ではないかと思います。一人十五ページで二十人などでも構わないでしょう。

 短編は、賞で選ばれてもコミカライズされるケースが多い。つまり作品そのものが書籍になるわけではないので、その点においても執筆する者には嬉しいに違いありません。

 数十人で一冊ですので印税は期待できるレベルではなくなると思いますが、自分の小説が紙の本になるだけでも、とても励みになること請け合いです。その書籍がどこかの出版社や編集者の目に留まって、今度は一人でという依頼を受ける方がいらっしゃらないとも限りません。

 カクヨムで小説を書こうとする人はもっと増えて、優れた作品もさらに集まることと思います。

 ただ、私は大丈夫だろうと思いますけれども、「カクヨム短編集」が売れるかどうかはわかりません。確実に利益が出るのであればこの案を採用していただけるでしょうが、そうでない以上、実現は難しいでしょう。

 しかし、またしても私はひらめきました。カクヨムを運営しているのは、KADOKAWAです。我々ユーザーが力を合わせてKADOKAWAの書籍の売上に貢献したらどうでしょうか? 自分の好みの本を、SNSで宣伝したり、友人や知人に紹介したりと。そうして、もし「カクヨム短編集」が売れなかったとしても、その赤字のぶんを補填する格好にすれば良いのです。つまり、我々の力でKADOKAWAの本をたくさん売れば、運営さまが「それだけしてくれたのなら、『カクヨム短編集』を出版しましょう」という流れになるかもしれないということです。

 とはいえ、たとえKADOKAWAの書籍をたくさん売ることに成功しても、必ず「カクヨム短編集」を出版してもらえるなどと考えるのはやめましょう。契約などをしたわけではなく、勝手にやったことなのですから。無料で自分たちの小説を掲載してくださって、いっぱい読まれれば収益を得られるようになっている、現在の状態のみで、十分ありがたいのですし。

 自分の小説が紙の本になる可能性があると、ほんのわずかだけ期待しながら、お世話になっているKADOKAWAさまのお役に立つことをする。いかがでしょう? 賛同される方は、このページの応援マークを押してそれを示したり、ご自身の近況ノートに売上を伸ばすためにやったことを記すなど、ご協力のほう、よろしくお願いいたします。〉

 堀内はカクヨムをやっていないのですぐに気づきませんでしたが、それは小説ではなく、「エッセイ・ノンフィクション」だったのです。

「あいつ……」

 彼はシラケた顔つきになりました。


「お前さー」

 また会った際に、堀内は近藤に言いました。

「セコいぞ」

「え? 何がさ?」

「だって、書籍化できるように、レベルの高い小説を書く努力をしないでよ。他のユーザーの力を借りて、自分の作品が本になるように持っていこうって魂胆だろ?」

「人聞きの悪いことを言うな!」

 近藤は腹を立てました。

「気づいちまったんだよ」

 そして、昭和の映画俳優のような激渋な態度で語りました。

「俺さまがその気になりゃ、書籍化なんぞ訳ねえ。しかし、一人だけ良い思いをしたって、むなしいだけよ。頑張ってるあいつら(他のカクヨムの執筆者たち)にも喜びを分けてあげてえじゃねえか。そんで考えて、あのアイデアを出したってわけざんす」

 もはや言葉遣いは意味不明の領域に達していました。

 ともかく、長い付き合いの堀内は、近藤の今の言い分を真に受けなどしませんでした。近藤自身が書いていたように、そもそも「カクヨム短編集」が出版してもらえるかがかなり不透明ですけれども、他に方法がないので、別のユーザーたちの力を借りて、あわよくば実現をという狙いだろうとの推測を変えることはなかったのでした。

 今回の近藤の行動が、執筆する他のユーザーたちのことを思い遣ってなどではないというのはその通りです。

 しかし、堀内はそれでも近藤を甘く見ていました。


 カクヨムの運営に、次のようなメールが送られてきました。

〈私、「悪徳弁護士」というユーザー名で、カクヨムで小説を公開させていただいております、近藤と申します。ここのところ、貴社のKADOKAWAの書籍の売れ行きが伸びているのではありませんでしょうか? それは、すべて私が努力して行ったことによるものです。ですから、私めの小説の書籍化を、ぜひぜひご検討していただきたく存じます。〉



 現時点で、近藤の小説は書籍化されていません。

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カクヨムで書籍化 柿井優嬉 @kakiiyuki

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