・コロンブスの卵 if

「西へ船を進めれば、誰でもアメリカ大陸なんて見つけられる」


そう言われたコロンブスは、反論もせずただ卵を持ってきてほしいと頼んだ。

コロンブスは言う。


「では、この卵を立ててみてください」


みなは卵を手に取りテーブルの上に立てようとするが、転がってしまい誰も上手く立てることができない。

その様子を見て、コロンブスは卵を手に取ると、片側を少し平らに潰してテーブルの上に立ててみせた。

その時、聴衆はコロンブスの言わんとするところを理解した。


誰もが思い付くことでも、最初に実行するのは難しい。

また、どれほど素晴らしい発見も、衆目に触れれば非常に簡単に見えてしまう。


これを意味する慣用句として「コロンブスの卵」は定着した。

しかしこれは非常に危険な賭けである。

もし、聴衆の誰かが卵の片側を潰すことに思い至ったならば、聴衆は「それがどうした?」となるし、もっと言えば「やっぱりアメリカ大陸なんて西に行けば誰でも見つけられるじゃないか」という結論に辿り着きかねない。


いや、しかしあのコロンブスともあろう人が、聴衆の誰かがこの発想に辿り着いてしまった場合について考えていないわけがないとも思う。

そこで今回は、「コロンブスの卵」の逸話において、もし誰かが卵を立てる方法に思い至った場合、コロンブスが取ったであろう行動について考えてみる。



・褒める


一番あり得るのはこのパターンであろう。つまりコロンブスは、別に自分の功績や偉大さをひけらかしたいわけではなく、ただ「やり方がわかれば簡単に思えてしまう」ということに気付かせたいだけなのである。

だから聴衆の誰かがこの方法に気付いたなら、拍手をし、全員に言うであろう。


「素晴らしい! どうですか皆さん、わかってしまえばこの通りです」


そうすれば聴衆は、コロンブスが卵を立てた場合と同じ教訓を得ることができるし、卵を立てた人も自分を誇らしく思うであろう。

ただこの場合、恐らく「コロンブスの卵」という慣用句は後世まで残らない。

このクイズを出題するのがコロンブスである必要がなくなるからだ。

誰も思いつかなかった大きなことを成し遂げた者が、声をあげるだけの無能な連中に舐められるも、日常に潜む小さな発想の転換にも唯一気付いてしまう、というなろう系みたいなエピソードが「コロンブスの卵」なのだから。

このルートだと、コロンブスがただ20ピカラットのナゾを出した人みたいになってしまう。



・無視する


見て見ぬふりをする。あるいは民衆の動きに目を光らせ、誰かが卵を割りそうな不穏な素振りを見せた途端、手の中の卵をテーブルに打ち付けて「はい時間切れです」と呼びかける。

その者は不満だろうが、アメリカ大陸を発見したコロンブスに、何も成し遂げていないモブキャラが主張したところで勝てっこない。

その場は丸く収まり、「コロンブスの卵」という慣用句も生まれるだろうが、後世の暴露本の発売に警戒する必要がある。

恐らくそのタイトルは『コロンブスの卵』となり、恨みを覚えたモブキャラが雇った探偵の執拗な素行調査によって、コロンブスの私生活や人間関係が都合よく捻じ曲げられて悪しきように報じられることだろう。

そうなれば、歴史の教科書にコロンブスが掲載されない可能性だって無くはない。



・「それ無し」と言う


「あ、言うの忘れてたけど、割るのとかは禁止」と後付けでルールを追加する。

そうなると問題の難易度は跳ね上がり、コロンブス以外の人間が正解に辿り着くことはなくなる。

しかしこの作戦の問題は、コロンブスも正解に辿り着けなくなるかもしれないことだろう。

他に卵を立てる方法に心当たりがあれば良いが、卵を傷つけずに平らなテーブルに素直に立てるのは難しそうだ。

ではもし聴衆が「コロンブスさん、わからないので答え教えてください」と音をあげた場合、コロンブスはどうすべきか。


「簡単そうなのに、意外とできないものでしょう。言うは易し、行うは難しってやつですよ」


まあこう言う他ないだろう。

これだと「コロンブスの卵」という慣用句は後世に残らないし、何なら別のことわざを言ってしまっているが、咄嗟にメンツを守るためなら致し方ない。



・キレる


これは二通りあって、まずブチギレるパターン。

「空気読めや!」と顔を真っ赤にしたコロンブスが大声で怒鳴り、場の空気を凍らせる。

もうひとつは、「ちょっとカメラ止めて。あのさ、お前どこの事務所?」と卵を手にコロンブスがガン詰めしてくるパターン。

そして次のセリフはどちらにせよ、「お前次やったらこうやぞ」で手元の卵を床に叩きつける、もしくは握りつぶす。

聴衆は震えあがり、逸話なんて残るわけのない空気になるだろう。

というか悪評だけが残って普通に嫌われる。

しかし数十年後、アメリカ大陸についてインタビューされたコロンブスはこう言うだろう。


「いつまでもアメリカ大陸が、夢の入口でありますように」



他にも聴衆の誰かが卵を立てちゃった場合のコロンブスの第一声について、いくつか候補をあげてみる。



・いやお前誰やねん!

・誰が解いてんねん!

・ふーん、まあ合格かな

・まあ俺は10秒で解いたけどね?

・これ俺が小学生のときに思い付いたんやけど

・ガチでこれ解けるやつサイコパス

・普段からそんなんばっか考えてんのか?

・お前アニメアイコンやろ

・無職か?

・ネットの中でだけイキってろや

・顔キモいねん

・そんなんできても社会じゃ役に立たんぞ

・俺がスベったみたいになってる?

・親泣いてんぞ

・だから?

・ほな歌えや

・あ~まあそれもあるか

・やば!wwお前東大行けwwwwww

・え、お前の前世ソクラテス?

・え、じゃあさじゃあさ、次ピザって10回言って?




記すするトレーニング

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