第19話 凸凹
「でー? なーんで、オレが白雪ちゃんとペアで帰んなきゃいけないわけ?」
「……知らない。私だってカキラと帰りたかった。あと降ろしてください、あの、ねえってば、降ろして」
レカムさんと挨拶が終わったあと、二人は話があると行って海岸へ消えた。そうして取り残された私とトマさんは、こうして帰路を辿っている。
浮いた足、お腹に回された腕。脇腹辺りで抱えられながら、宙ぶらりん状態である。歩幅を合わせるのがだるいと言われ勝手に担がれたが、これでも私だって年頃の女の子だ。子がつく歳でもないけれど、だとしても丸太を抱えるみたいに持たないで欲しい。
誠に遺憾であると、打ち上げられた魚の真似をすれば落ち着けと言わんばかりに身体に巻き付く腕に力が入る。苦しい、下手したら内臓が出てきそうだ。
「ぅえ……」
「自業自得っすよ。てか、おにーさんは隠してたけどアンタ一体何者なんすか?」
ふぐの両頬を摘むみたいに、顔よりも大きな手はぶしゅっと私の両頬を片手で摘んできた。仮にも私はお嫁さん候補なのに、なんて雑な扱い。この人とは仲良くできそうにないと、直感が告げてくる。
足がつかない浮遊感が落ち着かないし。早くおろしてと睨めば、まん丸お目目のピンク髪をしたトマと名乗った人物は、にっこりと貼り付けた笑みを浮かべた。
「おっと。何者か、言えないんすかー? あ、もしかして白雪ちゃんのお口はただの飾りだったり?」
「貴方の口からメアの名前が出てたことに納得だよ。似たもの同士だね」
「ちょっとちょっと、んな怒んないでくださいよー。はーやだやだ、オレのガラスのハートが割れちゃうなー」
「……あと私、知らない人に自分のこと話すなってカキラに言われてるの。気になるならカキラに直接聞いてください」
べっと舌を出してそっぽ向く。
頭一個以上差があるその影に、少し心臓がキュッとしたけど関係ない。だいたい、初対面の人にこんな毎度を取ったトマさんが悪いと思う。
ゆらゆらと揺れる影は二人分あるのに、一人の時よりも孤独感が増している気がした。カキラと離れられたのはある意味よかったけれど、また私の知らないところでレカムさんと大事な話をしてるんだと思うと胸が苦しい。
「はぁ」
「うっわー、オレが一緒にいてあげてるのにため息なんて生意気。メアくんの言う通り、顔はお人形みたいに可愛いのに勿体ねーの」
(殴っていいかな……)
なんだか、頭が冷えてきた。
レカムさんの隣にいたからいい人なのかと思ったけど、全くそんなことない。ムカつくし、腹が立つ。手首の肉でもつまんであげようかなと、視線を落とした時私の影に大切なものが消えていたことに気づいた。
咄嗟に自分の肩を見たけど居ない、振り返ってみても落ちてない。
(しらたまちゃんが、いない)
さっと血の気が引いた。
しらたまちゃんはあまり重さを感じない。つむじを刺されたり、飛ばれたりしない限りは存在を上手く認知出来ないんだ。
「っトマさん、緊急事態だよ。今すぐ私を降ろして。話せるものは可能な限り話しますから」
「えっちょ、なんすか急に。手のひら返し逆に怖すぎ、痛っ! ちょお、抓るな抓るな」
「降ろして早く! しらたまちゃんが居なくなっちゃった、探さないと」
降ろせー! とあの手この手で全力の抵抗をすれば、「わーった、分かったから!」とゆっくり地面に下ろしてもらえた。
久しぶりに着いた地面。よしとお辞儀をしてから、来た道を戻ろうとすれば「いや、待つっす」と後ろ襟を掴まれる。苦しい、このひと過去一乱暴な精霊だ。
「私の扱い、雑……」
「アンタを一人で行かせたら、後でオレが責められるんで。つーか、白雪ちゃんっていくつ? オレより下?」
「結婚出来て、お酒が飲めない中間地点だよ」
「オレより下か。じゃあタメでいーね。……それで、そのしらたまちゃんって何?」
やれやれと肩を竦めたトマさんは、少し屈んで私を見下ろす。口と態度は悪いけど、顔は丸めで可愛い。ふんっ、その可愛さでさっきの態度は水に流してあげようと片眉あげてから、適当に木の枝を掴んだ。
「こういう、白い子。お餅みたいな感じで、肩とか頭の上に置いてたんだけど」
ガリガリと土に描けば「あ、ソイツか」と呟いて、私の枝を奪う。そのまま隣にレカムさんとカキラを描いて、その上にしらたまちゃんを描いた。
「……絵、上手だねトマさん」
「もっちー、これでもデザイナーだかんね」
「土なのが勿体ない。紙だったら飾れたのに」
「そん時は依頼料請求すんねー。で、この白いのだけど。アンタがこっち来る時、おにーさんに取られてたっすよ」
カキラたちの上にWINと書き足されたそれ。遠回しに私が敗北者と言ってきたなと、頭にきたが喧嘩をしている場合では無い。
喧嘩とは同じレベルで起こるものであり、私の方が絶対まともだから怒りを抑えよう。レカムさんの笑顔を思い出すんだ。海より広い心を持て。
「ふぅー……、よし」
「つーわけで、オレ達はさっさと帰るのみ〜」
深呼吸を繰り返し、私の頭に肘を置いたトマさんの脛を蹴ってからこの場を後にした。
どうして、カキラがしらたまちゃんを取ったのか分からないけれど……カキラの行動が間違ったことなんて今まで無かったし。きっと何かしら意味があるんだろうと言い聞かせ、屋敷へ戻った。
***
「あ、カランちゃんおかえり。ごめんね、お昼まだ出来てなくてさ」
「ううん、大丈夫だよ。今日は新たに二人増えたからね。料理なら手伝うよ、トマさんが」
「は?」
扉を開ければ心のオアシススミレくん。
はるか上の頭上から、矢の如く鋭い視線が飛んできたけど怯んではいけない。だってやっぱり、この人ムカつくんだもん。頭に肘を乗せるわ、ほっぺ潰してくるわ、おチビって呼んでくるわで仲良くできそうにない。
一周まわって絶対にときめかない対象だから、安心感はあるものの心身的疲労が激しい。
「ねーちょっと、オレにだけ冷たくない? しーらゆっきちゃーん?」
「安心して、メア程は冷たく接してないつもりだから。ほら、可愛い顔が台無しだよトマさん。もっとお淑やかに話した方がきっと似合うよ」
「……コイツちょームカつくんですけど! はー?」
「う、うるさい……。ぅ、え」
耳がキーンとして、手で塞げば首に腕が回ってくる。暴力反対、すぐ手を出すなんて弱き者めと唸れば、スミレくんが何か言うよりも先にミカゲが光の速さで飛んできた。
「ちょっと、トマさん! 姉さんは、水の国第一王女でもあるんですよ。今すぐその手を離なしてください。さもなければ、腕から切り落としますよ」
「へ……? なに、第一王女なの? 白雪ちゃんなのに?」
静まり返った広間の中、そうだよと小さく頷くけば、蚊のような声で「は?」と呟きながら後ずさっていくトマさん。回されていた腕はそっと離れて、美味しい酸素を吸い込む。解放されたと、肩を下ろせばトマさんは大きな身体を丸め、目の前で片足を付き始めた。完全に騎士のポーズ。
「すんませんした」
「……確かに、手のひら返しされると怖いね」
「首絞められてたんですよ姉さんは。もう少し怒っていいかと」
「いやでも、喧嘩売ったのは私もだし。同罪かな」
えへへと笑ってしゃがめば、真っ青な顔したトマさんが私を見下ろす。
「つーか、まじじゃん。花弁五枚あんじゃん」
「私がおちびすぎて、見えなかったんだね。ごめん」
「すんません、白雪様はチビではありません」
「……それやめて。あんま姫扱いには慣れてないの。さっきみたいに対等でいて」
そんな急に畏まられたら、調子が狂う。
生意気な態度を取ったのは事実だし、もう少し強気で来てもいいのに、そんなしおらしくされると、私もどうしたらいいのか分からない。
助けてとスミレくんに視線を投げれば、後ろ首を掻いて息を吐いた。
「トマさん、今年の白雪がカキラの妹だって言うのは知ってましたよね」
「ガチの王族血縁者とは思ってなかったつーか。てかてかスミレっち、敬語やめてくんね」
「いやでも、俺より年上だからなぁ。結構トマさんのブランドにはお世話になってますし」
なんて言って、スミレくんは私を立たせてからトマさんの腕を持ち上げた。
スミレくんも背は高いのに、それよりも上にある顔。やっぱりデカイなと心臓が縮み、きゅっとスカートを握る。そのまま逃げるようにミカゲの隣を陣取れば、「だー!」とトマさんは声を荒らげた。
「オレ、年上ポジ嫌なんだよ。マジここ年下しかいねーじゃん。せめてタメ、タメで話してくんね? 頼むよ」
「わかった。じゃあ、トマさん急に大声出すのやめて。私大きな音苦手なんだ」
「アンタじゃねー! オレはスミレっちに言ったの、クソ腹立つなー」
「お、貴族様になんて言う態度を。いけーミカゲ」
ゴー! と手を出せば、パキポキと関節を鳴らし始めるミカゲ。完全にやる気なのか、謎の風すら吹いて見えた。さすがに冗談だよと、引き止めればミカゲは「え?」と素っ頓狂な声を零して構えていた手を下ろす。
「さすがに屋敷内で戦闘は良くないからね。よし、じゃあお昼ご飯の準備しちゃおっか。トマさんお腹すいてる?」
「えー、まぁうん。だいぶペコペコっすね」
「じゃあ初めましてを記念して、今日は私がオムライスを振る舞うよ。スミレくん炎要員としてお供お願いします」
「ん、分かった。卵もまだあったと思うし、今日はそうしようか」
そんなこんなで、カキラから支給された食材が眠っている冷蔵庫を開け卵を八個程取り出した。一人二個という単純計算だけど、まぁ足りるだろうと信じて割っては溶いて、バターをフライパンに乗せる。
「カランちゃんって、確か中央国に降りた時たまご屋さんやってたんだっけ?」
「うん。住み込みでね、たまご料理専門店だったよ。小さいお店だったけど、そこそこ評判も良かったんだ」
「そうなんだ。じゃあ今日はプロが作るお昼ってわけだ、期待してるよカランちゃん」
「ふふっ、お任せあれ」
とは言っても、スミレくんの火加減に全てがかかってるんだけどね。
中火という恐らく調整が難しいものをリクエストして、溶き卵をフライパンに軽く垂らす。じゅわっと膨らむように焼けた姿を見てスミレくんにアイコンタクト。バターのいい香りが漂って、緊張が解けたように私のお腹もきゅぅ〜と小さく鳴った。
「そういえばミカゲくんから聞いたけど、レカム様も来たんだってね。なんかもう、いよいよと言うか」
紫の火は小さく萎んで揺れる。
余熱で縁が焼けていく卵を包みながら「何がいよいよなの?」と問いかければ、スミレくんは気まずそうに口を開いた。
「ここまでカランちゃんの婚約者が揃ってくると、そろそろ偶然とは言いきれない団結を感じるというかさ」
「それは確かに。そうなると、メアは来るのかな。ここに」
「……アイツに、来て欲しいの?」
最後に入れた溶き卵は、下がったスミレくんの声色とは反対にじゅっと素早く熱が広がった。
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