第4話 襲撃対応

「夕飯どうしよっか。しらたまちゃん、食材取れるところわかる?」

「んみゃあ?」


 うーん、これは分からないっぽいな。

 屋敷の中にあった薔薇風呂に浸かりながら、ご飯に思いを馳せる。衣食住、生きるにあたって必要なものたち。衣類はまぁ、今着てる服とこの家に残ってる物を使えばなんとかなる。住は、ここが電気通ってるらしいから暮らせる。問題は、食だ。ご飯である。


「海の魚でも釣ってきて、焼くしかないかなぁ。さすがに塩はあるよねここ」


 冷蔵庫は空っぽだったけど。

 なんて夕飯のことを考えながら、ちゃぽちゃぽと真っ白なお湯を身体にかける。熱すぎないぬるま湯。ごくらくだぁ〜と肩まで浸かれば、真似をするようにしらたまちゃんも湯にジャンプした。が、あまりにも軽いからかぷかぷかと浮いて流されていく。この子、もしかしてご飯とか食べないのかも。

 

 無抵抗に流されるしらたまちゃんを見つめながら、組んだ手でぴゅっと水を飛ばせば、美しいアーチを描きしらたまちゃんに直撃。まずい、一瞬で沈んじゃった。


「ごめっ、うわ……浮いてきた」

「みぃ」

「私の命中率の高さのせいで、ごめんね」


 ぷかぁと静かに浮いてきたしらたまちゃんは、お口を結んで私を見上げた。多分怒ってる顔なのかな、可愛くて分からないけど。ごめんね〜と頭を撫でつつ、拾い上げて逆上せる前に風呂を上がったその瞬間。


ドォンッ――!


 激しい揺れと共に、地響きが鳴った。震動に耐えられず、湯船の中で足を滑らせたけれど、幸いお湯のおかげで痛みはない。それよりも、手の中にいるしらたまちゃんが怯えているほうが大事だ。心配で覗き込めば、今にでも泣き出してしまいそうに震えながら縮こまっている。


(守らないと、この子を)


 大丈夫だよと、宥めるようにぎゅっと抱き締めてから私は正装に腕を通した。白いスカートに白の上着。そして、真っ白なロングコート。真夜中の戦闘には、目立ちすぎて不向きだけれどこの服が一番馴染む。なんてったって、これはカキラとお揃いにした戦闘服なんだから。髪の毛は濡れたままで、少し寒いけれど乾かしている暇なんてない。


「んみ、みっ……」

「心配しないで。こう見えても私けっこう強いんだから」


 行っちゃダメとマントを引っ張るしらたまちゃんを肩の上に乗せ、最後に花の髪飾りを頭につける。


「危険を感じたらすぐ逃げてね」


 屋敷の中の電気を消し、廊下を歩く。

 カツンカツンと鳴り響く靴の音は、奥に吸い込まれるように余韻を残して。静寂が包む夜に潜む、大きな羽音に耳を澄ませ瞼を閉じる。


「――参ります」


 息を潜めて、舞うように手を広げる。くるりと回れば両手には氷の粒子が輝いて、愛剣を作り出す。花を纏う銀の双剣​……それが、私の相棒だ。


 一振を宙へ放つ。

 瞬間、氷の剣が月光を弾き返し、足元に流星の軌跡を描く。その光を追うように、私は剣へ飛び乗り夜空を駆けた。

 舞い散る氷の粒子は、私の願う方へ導く。はらはらと落ちる光は、まるで流れ星のように儚い。

 偵察中、大きな音を立て靡くマントは闇夜に潜む魔物への緊張を煽った。


(どこだ、どこにいる……?)


 羽音が止んだ、地響きもない。まるで、嵐の前の静けさのよう。屋敷の上から島を見下ろし、警戒を高めながら目を凝らす。


(こちらから、仕掛けるしか)


 一瞬の油断は、相手に勝算を与える。

 満月のした剣先を宙へ向けたその刹那、膨大な魔力が森林の中から渦巻いた。光線を溜めるように小さな光が、こちらを見ている。


「みゃ、み……」

「大丈夫、大丈夫だよ。私は誰よりも強いから」


 自ら居場所を教えてくれるなんて、ありがたい限り。探す手間が省けたよ。

 ふっと、緊張を解くように息を吐いて、光が見える森林へ手を翳す。


「さぁ、凍りなさい。どちらが上か、教えてあげるから」


 危険を察知したのか、充分な魔力を蓄える前にその光は今にでもこちらへ光線を放とうと一層強く光る。


「遅い。スピードと魔力で私勝てると思わないで」


 標的の姿は見えなくても、位置は特定済み。光よりも速く氷の花弁は、その一部の森林を凍らさていく。

 相手のフィールドは氷で囲った。高火力の光線を私が打ち返してもこの島が壊れることはない。相手の光は消えていく。これは放つ寸前の合図。


――来る!


 構えていた剣に魔力を与え、打ち返す構えをしたその瞬間。夜空を裂くように白銀の三日月が浮かび上がり、呼応するように現れた紫の怪火は私の氷を溶かしていく。


「グォォオオオオ!!」


 一瞬の出来事だった。恐らくあの閃光は魔物の急所を一手で薙ぎ倒したのだろう。足元から伝わる震動が、鼓動と重なるように響く。そして瞬く間に相手の魔力が消えた。呆気にとられて、剣を降ろせば大地が震えるほどの叫喚が上がり、どしんっと鈍い音が響き渡る。


 風が止んだ。氷の花弁が地に散っていく。この戦いの終わりを告げるように。


――狩ったのだ、私以外の誰かが、あの魔物を。


「え、え……。取られちゃった」

「んみゃ?」


 私がしらたまちゃんにかっこいい所を見せれる展開だったのに。誰かに獲物を横取りされてしまった。でも、一体誰が?

 あの怪火、そして銀を描いたあの刃は薙刀……戦闘力は高い。逆光で姿こそよく見えなかったけれど、あの武器は何処かで見たことがあるような気がする。


「多分だけど、脅威は去ったよ。良かったねしらたまちゃん」

「んっみゃぁあ〜!」

「ふふっ、そうだね初勝利〜!」


 小さな手とハイタッチ。トドメを刺したのは私ではないけれど、しらたまちゃんが喜んでるならいっかと肩の力を抜き息を吐く。


「でも、少し寄り道していいかな? 一応トドメがさせてることも確認したくて」

「みゃ!」


 剣に腰をかけ、夜風を裂いて飛ぶ。張り詰めた空気はもうなく、頬を撫でる風がやけに静かだった。


***


「はー、来て早々魔物とご対面なんて最悪すぎる。まぁ、間に合ってよかったけど」


 声が聞こえた。

 双剣の飛行を解除し、離れたところで音を立てないように着地。この服での隠蔽は難しいけれど、できるだけ気配は消しつつ相手に近づかないと。木に身を隠しながら、一歩一歩と足を運ぶ。


「てか皆、まだ来てないのか」


 身長よりも長い黒と紫の薙刀を、男はくるくると遊ぶように回しながら武器の実体を解除させた。ココア色の髪に揺れる紫色のタッセル。武器と同じ配色のチャイナ服を纏った青年は、満月を見上げながら長いため息をついた。


 くるりと振り返った青年は、ぴょこんとアホ毛を揺らしきょろきょろとあたりを見渡す。

 アメジストの眼、前髪には同じ紫のメッシュ。彼は、もしかして炎の国のチャンピオンの……。


「ス、スミレくん?」

「……え」


 一応人違いだったら恥ずかしいので、木からひょっこり顔を覗かせて名前を呼べばどうやら大正解だったようで。ばっと、此方に振り返ったスミレくんはパクパクと口を開閉しながら私を凝視した。何か言おうと眉を吊り上げては、思うところがあったのか視線を落とし頭を搔く。と思ったら急に口元を手の甲で隠したりと百面相。


「えっと、」

「待って! 待って、俺はその……カランちゃんに色々言いたいことがあってね。あるんだけど」

「う、うん。とりあえず落ち着こ」


 近づけば、ばっと離れて距離を取るスミレくん。頭一個高い彼を見上げるのは、首が少し痛い。けど、真っ赤な顔しながら逃げられるとなんだか捕まえたくなる。野生の本能だろうか。顔を赤くしたり青くしたりと、コロコロ表情を変えるスミレくんをからかうように追いかけ回せば、ガシッと両肩を掴まれた。


「待ってって、俺言ったよね!」

「え、えへ」

「あー、も〜……」


 私の両肩を掴んだまま、スミレくんはその手をずるずると下げしゃがみ込んだ。おぉよしよしと頭を撫でようとすれば、よく整った顔が私を見上げる。


「誰に、キスされたの」

「えっ?」

「あ、いや……やっぱなんでもない。そんなことより、氷魔法は使っちゃダメって忘れちゃった?」


 絡んだ視線はぱっと逸らされ、咎めるような言葉が続いた。しまったな。無人島だからと意気揚々魔法を使おうとしていたのがバレてる。


「忘れては、いないんだけど。誰もいないしいっかなって。でもその……」

「そうでもしなきゃいけない状況なのは分かってるよ。海を渡ってる最中、君の魔力を感じた。さすがに肝が冷えたよ。けど、まぁ炎で痕跡を消せたから」


 気が気じゃなかったと言わんばかりに、長く深いため息をついてスミレくんは立ち上がった。お礼を言おうとして改めて見上げてみて思ったけど、本当に顔がいい。少し童顔寄りだけど、つり目で鼻筋がすっと通っていて薄い唇が弧を描いている。女性たちが黄色い声をいつもあげていたのも頷ける顔面。


「どうしたの?」

「ううん、ありがとうって言いたくて」

「ははっ、お守りできて光栄です白雪姫。なーんて」

「……それ、私だから耐えれたけど他の女性は一発ノックアウトだから気をつけてね」

「う、うん。……そうだね」


 私はカキラのおかげで免疫あるけど、ない人からしたら気絶ものだ。こんなイケメンに、ウインクなんてされたら心臓が持たない。あんなこと言ったけど、私だってそこそこ響いた。呪い殺されたいのか! と怒りたいくらいだ。


「しっかし、この竜どうしようか。カランちゃん夕食とか食べた?」

「ううん。まだだよ。このドラゴン食べれるの?」

「極上の味だよ。少し時間はかかるけど、俺が調理しちゃうね」


 それからは早かった。

 スミレくんは女の子が見ていいものじゃないからと言って、私を海に放置して戦闘用の薙刀で多分トントンと切ってる。ここ無人島だから、コンロとかが使えるか分からないよとも言ったけど、スミレくんはきょとんとした顔でこう返した。


「俺、炎属性だから燃やせるよ?」


 感動。無人島に必要な存在すぎて、拍手喝采だった。獲物を取られた嫉妬はこの海に流してあげよう。そう、水面に揺れる月を眺めているともぞもぞと肩の上の生き物が動き出した。


「んみゃ」

「あっしらたまちゃん、今夜は竜の炭火焼きだよきっと。絶対美味しいよ、スミレくん料理上手だから」

「みゃ〜!」


 わーい! と胴上げして、ふと気づく。スミレくんは私のリグレットメッセージを拾ったのかどうかを。おやつの時間くらいに投げたけれど、あの島に届くにはあまりにも早すぎる。じゃあ、私の居場所を既に特定していたとか?


 考えれば考えるほど疑問点が浮かんでくる。この子があの竜に狙われていたことも。でもそれは、今急いで解明するものでもないか。

 目覚めて早々、波乱な一日だったけど楽しかったな。瞼を閉じて、さざ波に思考を流すように深呼吸する。すると、後方からぱちぱちと焚き火の音がドラムのように入ってきた。こんがりとした塩の香りが風に乗って運ばれてくる。


「カランちゃん、ご飯できたよ。一緒に食べよ」

「うん、食べる!」

「みゃあ!」


 外で食べるお肉はとても美味しくて。やっぱり炎属性は優秀なんだなぁ〜とぼやきながら頬張れば、そんなことないよとスミレくんは笑って返してくれた。


「だって、さすがにこの量は俺たちだけじゃ食べきれないでしょ。その時は、カランちゃんの氷で冷凍しておける」

「た、たしかに!」

「と言っても、外に冷凍放置するのも俺以外が来たら大変だから、そこをどうするかになっちゃうんだけどね」


 にへらと笑うスミレくんは、少し困ったように眉を下げて空を見上げた。確かにそうだねって私も一緒に星空を見上げると、お腹の上に居たしらたまちゃんが首を傾げて鳴いた。


「んみゃ、んみゃみゃ」

「? なに、その子」

「ふふっ、この子しらたまちゃん。私をお屋敷に招待してくれた……あっ」

「みゃっ!」


 そうだ、家あるんだった。

つい、スミレくんに流されて途方に暮れちゃったけど、お屋敷あるんだった! 急いでスミレくんの手を掴んで、私は屋敷の場所を教えた。そして、日が昇る前に小切りにしたお肉を冷凍し、それを冷凍庫にしまう。

 スミレくんは終始何か言いたげだったけど、疲労が来たのか質問会は明日に回された。お風呂に入って今度こそ髪の毛を乾かした私は、この城で初めて目が覚めた部屋に戻ってきた。


「ここがカランちゃんの部屋?」

「うん。ダブルベッド並に大きいベッド付きだよ」

「ただのダブルベッドに見えるけど。まぁいいいや。そしたら俺は隣の部屋借りるから、何かあったらすぐ呼んで」


 お互いに、ひらひらと手を振ってパタンと扉を閉める。そのままふっかふかの布団にダイブして、大の字に寝転がった。

 肩の上にいたしらたまちゃんは、天井を見上げる私のおでこに乗っかって、覗くように身を乗り出す。


「どうしたの?」

「んみゃぁ〜」

「ふふっ、さては今になって竜を倒した実感が沸いてきたなぁ〜!」


 ありがとうと、頬擦りをするしらたまちゃんを両手でぎゅっと包み込む。

 この子がなんで竜に怯えていたのか、私は知らない。いつから、ここにいるのかも。それでも、小さな涙を流しながら安心したように擦り寄るこの子を見て、守れてよかったと胸の奥がじんわりと温まる。その気持ちが、夜の闇を少しだけ明るくした気がした。


「さてと、もう寝ようか。おやすみ、しらたまちゃん」

「んみ」


 波の音が子守唄みたいに聞こえる。まぶたが重くなって、意識がゆっくりと沈んでいく。


 どうか、明日も平和な朝が訪れますように。

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